Zwei
少女は走って、走って、走り続けた。口の中に鉄の味が広がって、ひりつく喉の痛みに耐えながら、できるだけ遠くへ、遠くへ。生まれ育った漁村の寒さに耐えるための着衣は、走るほどに重く感じ、それはいっそ脱ぎ捨てて走ったほうが早いのではないかとさえ思うほどだった。どれだけ走り続けたのか、村での生活で身に着いた耐久力のおかげで、疲労感も少なく、とにかく人のいる場所まで走ろうと決めた。
初めて村を出た少女の目に映るものは全てが新しく、走り過ぎてしまうには惜しいほどに好奇心を刺激するものばかりだった。蔦の絡まる木々、大きな角の野生動物、極彩色の鳥、群生する不思議な形の茸、視界の隅を流れて行く景色に後ろ髪を引かれる思いで、明かりの見える場所まで一気に走り抜けた。緊張で晩餐もろくに喉を通らなかった少女は、空腹からくる吐き気のなか、息を荒げたままで、正の走光性を持つ生物のように、おぼつかない足取りで明かりのほうへ吸い寄せられていく。
少女が安堵したのも束の間、街の入口まで目前に迫った瞬間、少女の四方は鎧の兵士に囲まれてしまった。驚きを隠しきれない少女に向かって、容赦ない尋問が行われる。濡れ衣を着せられ、否定の声を荒げる少女は興奮のあまり、その場に嘔吐してしまった。囲む兵士たちはまるで少女そのものが汚物であるかのような視線で彼女を見下し、これぞ証拠と言わんばかりに地面に飛び散った吐瀉物を力強く指差した。自身を守るようにか細い腕で両肘を強く抱く少女に対して、兵士たちは容赦なくその衣服を剥ぎ取り、痩せた身体にそぐわず僅かに膨らんだ胎を露わにする。大粒の涙を流して嫌がる抵抗も空しく、幼気な一人の少女は断罪のために投獄されてしまうのだった。
※次回は、6月15日に公開予定です。