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Eins

 月日が経つにつれ、少女は幾度となく激しい吐き気と、全身の倦怠感に襲われていた。それらの症状は我慢することも難しく、ときには草陰で嘔吐せざるをえないこともあった。不憫に思った村の女が、行商の伝手をたどって街の医者を呼び寄せた。そして、診察の結果、彼女の胎には新しい生命が芽吹いていることがわかった。

 小さな村ゆえにその噂はすぐに広がり、その日は小さなお祝いが催された。しかし、お祭りの雰囲気が漂う周囲の様相に反して、少女の顔色はますます悪くなる一方だった。準備に忙しい今なら、逃げ出すことができるかもしれない。そう考えた少女は、家の隅で震えながら日が沈むのを今か今かと待ち侘びていた。

 待ちに待った日没を迎えたとき、少女は用意していた濃紺のローブを羽織って、裏口の扉をそっと開けた。辺りを窺うように頭だけを戸口から覗かせ、人影がないことを確認しながら、慎重に外へ出る。後ろを振り返り追っ手を気にしながら、足早に村を離れようとした少女の正面に、いつぞやの屈強な男が立ちはだかった。少女はわずかな怒りを覚えたが、片眉と口角をあげた印象的で下卑た男の笑い声が、あのときの恐怖を彷彿させる。手足の震えは夜更けを待っているあいだよりもずっと強くなり、心臓が早鐘を打つ。目の前にある畏怖の権化から逃れるために、脚をそっと後ろに出した。しかし、少女の悪い予感は裏切られ、男はゆっくりとその身を引いた。まるで、長年連れ添った伴侶をエスコートするように。

 少女はその男を疑わなかったわけではないが、ここを通り抜けなければ村を抜け出すことができないのもまた揺るぎない事実だった。男の気が変わらないうちにと、意を決して彼の懐を一目散に駆け抜けた。すれ違いざまに男の口角が不気味に上がったように見えたが、それを気にしている余裕を、今の彼女は持ち合わせてはいなかった。

※次回は、6月8日に公開予定です。

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