Neun
唯一、少女の鬱屈した世界に射す光におずおずと手を差し伸べる。そして、今まで触ったことのない、滑るような肌触りが、彼女の新しい扉をゆっくりと開いた。
文字に縁遠かった少女が諦め半分で眺めた紙片に書かれている文字は、発音こそ定かではないものの、なぜか意味だけが容易に読み取れるようになっていた。そして、驚きよりも強い高揚感に衝き動かされて、食い入るように内容を読み進めた。
招待、集会、歓迎。
蚯蚓がのたくったような書体で書かれた文字の大きさはバラバラで、特に大きく書かれていたその三つの言葉が、平凡な道程を歩めなかった少女の進路を暗示しているようにも見えた。
彼女が文章にあらかた目を通し終えたころ、文字を構成していたインクが線虫を彷彿させる動きで紙片の上を這いまわり、少女は驚いて紙から手を離した。次の瞬間、歪な地図が紙片に浮かび上がった。
蠢いていた太い線や細い線はやがて一定の図形になってまた動かなくなった。
文字だらけのときに比べて幾分かわかりやすくなった紙を覗き込むと、少女が生まれ育った村、少女が捕まった街、近くの大きな河の流れが見て取れた。それからもう一度、全体を俯瞰したとき、河を挟んで反対側に目的地と思しき印に気が付くことができた。
そうして、直前まで憂き目を見続けていた彼女は、目下の道標を得られたという束の間の安堵に身を委ね、月明かりに映える翡翠色の暗夜の灯を思い出しながら、遠くに響く猛禽類の鳴き声を子守唄にして、村を出てようやく安らかな眠りについたのだった。
※次回は、8月3日に公開予定です。




