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8.執務室


キースに拉致されたリディアが連れてこられたのは、黒薔薇宮で1番大きな割合を占める部屋、執務室であった。


黒薔薇宮には第1執務室から第3執務室まで、陛下の政務を補助する執務室が3つ存在する。

その中で最も責任が重く、なおかつ城1番の激務とされるのがミランダ率いる第1執務室である。


「ミラー、戻りましたー。」


キースがそう言いながら、第1執務室の扉を開いたときにはそこはまさに戦場だった。


「昨日の書類どうなった!?期限は今日だったでしょ!?」

「もう内務の方に回したぞ!まだ返ってきてないからその後は知らん!」

「例の日程調整は!?」

「まだ折り合いついてません!」


部屋全体に響き渡る声。

宙を舞う書類。


誰もキースとリディアの存在に気づいていなかった。


「今、何かあってるんですか?」

「えぇ、夜会の調整や議会の開催などあって、今ここはめちゃくちゃ忙しいんですよ。」


いつ来ても忙しそうな第1執務室なのだが、今日は特に忙しいようである。

こんな激務の日にはキースやリディアもこうして執務室を手伝わされるのであった。


本当は人手を増やすのが1番なのだが、黒薔薇宮という場所柄、まず人を選定するのが大変であること、ミランダのお眼鏡にかなうほどの人材であることなどの条件から難航しているのだ。


そんなドタバタな部屋の1番奥、部屋を隅々まで見渡せる場所に座っているのがこの部屋の主であるミランダである。


部屋の騒々しさとは対照的にミランダの周りは恐ろしいほどの静けさを保っていた。しかし、彼女の机の上に積まれた書類は物凄い勢いで処理済みの箱に放り込まれていく。


「ミラ。」


近づいてキースがそう声をかけると、書類とにらめっこをしながら、キースに答える。


「なに、キース。」

「書類を内務に投げて来ました。次の指示と助っ人を連れてきたので、その指示も。」

「助っ人?」


彼女は顔をあげ、キースの隣に立つ人物を認識すると、顔を一気に輝かせた。


「リディアちゃん!」


一瞬後にはリディアはミランダの豊満な胸の中に顔を埋めさせられていた。すっかり定番である。


「ミラねぇさ、ま...くるしいです...。」

「あぁ、ごめんなさい。キース、良い仕事するじゃない!褒めるわ!」


リディアを解放するとキースを大絶賛し始めるミランダであった。


「そうね、キースはさっきの案件の細々した書類があそこらへんに転がってるから処理してくれる?」

「わかりました。」


ミランダが指差した方向にあるのは、またしても書類の山。


「あそこの1番左端に積まれてるのがそれだから、よろしくね。あと、リディアちゃんは...私の膝の上にのってくれてたらそれでいいんだけど...」


「ミラ。」


キースの冷たい視線がミランダに突き刺さる。


「わかってるわよ!全く!みんな冗談通じないんだから!」


そういうと、ミランダは手元にあった書類を引き出しから取り出した封筒に入れて、ロウでとめると、笑顔でリディアに仕事を言う。


「リディアちゃん、申し訳ないんだけど、これを内務のほうまでお願い。これ、担当者がどこの誰か分からない書類なの。探し出すの時間かかるかもしれないけど、よろしくね!」


人使いが荒いミランダであった。




そんは書類を押しつけられたリディアがやってきたのは城の中心部にある内務省。通称、牡丹の宮である。


国の政のほとんどはこの内務省が行なっており、予算の作成、法案の作成、地方運営などなどその仕事は多岐にわたる。

当然、人も部署の数も桁違いに多く、牡丹の宮は城で1番の大きさである。


「・・・どこだろう...。」


内務省にたどり着いたリディアは『案内板』と書かれた板を眺めていた。


「ミラねぇ様、『どこの部署が担当してるかわかんないから頑張って探して!』っておっしゃってたけれど...。」


ということは、つまり、この広い内務省の中でこの書類の担当者をピンポイントで見つけなければならないということである。


「とりあえず、この部署に行ってみましょう。」


そう決めたリディアは封筒を胸元にしっかりと抱くと、目的の部署へと歩き出したのであったが、


「ここじゃないよ。向こうの部署じゃない?」

「は?そんなのうちが担当してるわけないじゃない、あっちの部署よ。」


などなど、部署をたらい回しにされること数回。



「一体、どこの誰がやってるの...。」



疲れ果てたリディアであった。



大きなため息をついて、リディアは近くの廊下の壁に背中を委ねる。しばしの休憩である。


廊下には皆揃いの制服を来た人々がせわしなく行き来している。内務省は国の機関であり、貴族平民関係なく、能力によって登用している。そのため、身分差が出ないように制服を採用しているのだ。



「ほぅ、レミクシア伯爵令嬢ではないか。」



そう声をかけられて、ぼーっとしていたリディアは顔を上げた。彼女に声をかけたのは、しゅっとした体型の少し歳をくった男の人だった。

その男の後ろには部下と思われる人たちが数人ついており、制服についている役職を示すバッジは高位なものなので、どこかの貴族の役人なのだろうということは推測できたのだが、リディアにはその顔にさっぱり見覚えがなかった。


しかし、リディアにとってこういうことは珍しくはない。理由は簡単で、リディアは分かりやすいからである。


金髪はこの国ではそう珍しいものではないのだが、内務省という場所は女子が少なく、魔法士のローブを纏っていて、そのローブの胸元には黒薔薇宮の人間であることを示すバッジまでついているとなれば、彼女が誰であるかはすぐにわかるのだ。


しかし、リディアは自分の仕事の関係者と重要ポジションの役職者という最低限の人物しかまだ覚えられていないため、相手のことが分からないというのは多々あり、こうして困った事態に陥る。


そういう時は、

「ごきげんよう。」

笑ってごまかすに限るのである。


「君の噂はよく聞いている。ぜひ一度話したいと思っていたのだ。」

「ありがとうございます。」


当たり障りのないことを言おうと心に決めていたリディアはそう言って、頭を下げた。

早くこの場を去りたい、リディアの心はその一心である。


「どうだい、今からお茶でも。」

「申し訳ございません。ただ今仕事中でして。」


リディアはそう言って頭を下げる。


「それはそうだ。急なことを言って申し訳なかったな。」

「いえ。」


そう答えたリディアの視界に男の胸につけてある家紋が入った。


あの家紋は、確か。


「機会があればぜひまた話をしよう。」

「えぇ、ぜひ。」

「では、失礼する。」


クレリーヴァル侯爵家。


去っていった男はそこの当主だったはずとリディアは記憶を掘り起こした。

爵位は侯爵だが、侯爵家の中での印象は薄く、そのためリディアもすぐには思い出せなかったのだ。


男が去ったあと、しばらくぼーっとしていたリディアだったが、


ゴーンゴーン。


鳴り響く鐘はリディアにシオンとの約束の時間が迫っていることを教えていた。


「・・・急がないと。」


そう呟くと廊下をはし...らない程度に早歩きで進むのだった。


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