6.魔法訓練
『黒薔薇宮の金色の妖精』
それが入団から3ヶ月ほど経った現在、リディアに付けられた2つ名である。
ふわふわの金髪にその背の小ささから彼女自身も同じような子がいたら妖精と呼びたくなるとは思うものの、自分自身が呼ばれるのは恥ずかしいからやめて欲しいというのが彼女の心情である。
ちなみにこの2つ名を広めたのはミランダなのだが、そのことを彼女が知るすべはなかった。
「では、今日はここまでにしましょう。」
キースのその言葉にリディアは心が解き放たれるのを感じる。
「ありがとうございました。」
先生であるキースにリディアがお礼を言う。
午前中はキースに『王宮で生きるために必要なこと』講座を受けるのがリディアの日常となっていた。キースの授業内容は多岐にわたり、国の仕組み、政治、財政、会計、法律、人事...extという感じである。
リディアは自身が興味持つ魔法科目以外で机につくのが苦手である。
加えてキースの指導はスパルタで。
リディアがこの午前中の講義から解放されて喜ぶのは仕方のないことであろう。
「お疲れのようですね。しかし、3ヶ月で基本的なことは一通り抑えれましたから、リディアはよくやっていますよ。」
キースのお褒めの言葉にリディアの顔が輝く。
「本当ですか!」
「はい。しかし、まだ会計科目はダメですね。もう少しやらなければ。」
「数字を見るのは苦手です。」
「その数字が大切なのですよ。横領などの不正を見逃すわけにはいかないのですから。」
キースの家であるスコールズ家は魔法士よりも文官を多く輩出している家である。『スコールズ家に掛かれば見抜けない不正などない』と影で言われるほどスコールズ家の文官は優秀なのだ。
キース自身も魔法士ではあるが、その教えを幼い頃から受けており、文官としての一通りの仕事は並みの文官以上にできる。キースの魔法力は宮廷魔法士の平均ながら、彼が紫に若いなりに抜擢されたのはその文官としての能力が評価されたからである。
「わかってます。」
それでも机に向かった地道な作業は苦手なのである。暗記系なら得意なのにな...とリディアが思っていた時だった。
「リディア、あそぼう!」
扉をバン!と開けて、リアムが姿を現した。
「リアム、もう少し静かに扉を開けなさい。」
「はいはい、もう退屈な授業終わったんでしょ?リディア連れてくよ。」
「終わりました、団長。行きましょう!」
一刻も早くこの空間を抜け出したいリディアがそう言った。
「じゃあ、キース、いってくるね!」
「いってきます!」
リアムが入ってきた時と同じぐらいの騒がしさで部屋を出て行く2人。
1人残されたキースはため息をつくばかりだった。
「あの魔法バカ達は...」
そんなキースの呟きなどつゆ知らず、紫の部屋を出たリアムとリディアが廊下を歩いていると、城に鳴り響くのはお昼を告げる鐘。
ここからお昼の休憩時間が始まるのだが、2人の昼休憩はまだ先である。理由は簡単で、昼休憩の時しか訓練所が広々と使える時間がないからである。というより、2人の魔法力が強すぎて、訓練所にほかに人がいると危ないため、昼休憩時の訓練所は2人の完全貸切、他の者は安全のため立ち入り不可と城の管理者によって定められたのだった。
2人が訓練所に向かうと、朝の訓練を終えた騎士達がぞろぞろと食堂に向かう途中だった。
「お、紫の団長に妖精ちゃんじゃねぇか。」
「今日も訓練か?がんばれよー。」
口々にそういう騎士達にリアムが「ありがとー。」と言いながら通っていく。リディアは黙礼をして通り過ぎた。
「マジで可愛いよな妖精ちゃん。」
「あれは本当に妖精だと思うんだよな、俺。」
黒薔薇宮から普段出てこないリディアに会えるのはこの訓練の時間だけなので、騎士達にはこの朝最後と昼一番の訓練場での訓練は妖精に会えると最近人気なのである。
「さてと、リディア。」
広々とした訓練場。
王宮勤めの騎士や魔法士達が訓練できるよう王宮内に設置されたものである。その中心に2人がたった。
「今日はリディアの苦手とする光魔法の対処訓練をします。」
「う...はい。」
リディアの魔法は闇魔法。光魔法との相性は最悪である。
リディアが嫌そうな顔をしてしまうのも無理はない。
「よし、じゃあリディアいくよー。」
次の瞬間、リアムの雰囲気が変わった。先程までの童顔と低身長を活かした幼い雰囲気はどこへいったのか。彼の眼差しは真剣そのものである。
リアムの足元に魔法陣が現れる。リアムの呪文によって魔法が完成してきているのだ。そして、魔法陣が光ったかと思うと物凄い光量の光の矢がリディアの四方に形成された。
いきなりこの量って、きついと心の中で思うリディアだが、それでたじろくほど、リディアは甘く育てられてはなかった。
リアムが軽く微笑みながら、攻撃魔法を発動させた瞬間、リディアも自分の得意魔法を発動させる。
リディアの周りに黒い影が現れたかと思うとリディアを襲っていた光の矢はその影に触れると徐々に光を失っていき、やがて消えた。
闇魔法を利用した絶対防御。
どんな魔法もどんな物理攻撃も、全てを飲み込む闇に飲み込まれる。
これがリディアの最大の強みであり、彼女が王の守護を目的とする紫に抜擢された最大の理由である。
「んー、まだ遅いなぁ。」
リアムが言っているのは光魔法がリディアの闇防御に飲み込まれるまでの時間である。その他の魔法に比べると闇魔法と相性の悪い光魔法を飲み込む時間は圧倒的に遅い。
「少しずつは速くなってるんだけど、光魔法に光魔法の攻撃重ねがけされると破られそうだよね。」
「きついです。魔法は維持できるとは思いますが、光魔法だと吸収できずに中に通られる可能性があります。」
「だよねぇ...よし、じゃあリディアの吸収の限界に挑戦しよう!」
「えぇー!」
キースに負けず劣らず、リディアの魔法の先生のリアムもまたスパルタであった。
「よし、じゃあ行くよリディア。さっき光の矢は30本しかなかったから、とりあえず次は50ねー。」
「はい、お願いします!」
この世界の魔法は魔力があれば誰でも使える基礎魔法と先天性の属性魔法に分けられる。
属性魔法は火、水、土、風、光、闇の六属性。
魔法士の資質は元々持っている魔法量と基礎魔法をどれだけ使えるのかによってランク分けされる。その上に属性魔法を扱える魔法士は最高位の魔法士の称号を手に入れることができるのだ。
しかし、属性魔法を持っている者は宮廷魔法士でも珍しい。
例えば、キースは宮廷魔法士であるが属性魔法を使えない。しかし、それが魔法士としては普通なのである。
一方で、レミクシア家は代々水属性を持っている。そのため、魔法士一族として大きな力を持っているのである。
「リディアー、防御のスピード落ちてるよー!」
「団長も魔法の発動スピード落ちてますよ。」
属性魔法を持っている者の割合としては火水土風光を持っている者がほとんどで、闇属性を持っている者は圧倒的に少ない。
リディアは闇属性を扱えるだけでももちろんすごいのだが、それに当人が持っている膨大な魔力量、ローベルツによって鍛えられたその技術によって宮廷魔法士の中でも5本の指に入るほどだ。
「あ、団長!疲れたからって風魔法使うとかずるいですよ!」
「リディアもしれっと闇属性の攻撃魔法放ってくるのずるいよ!それ、捌くの大変なんだから!」
リアムは風と光の2属性持ちである。2属性持ちも闇属性持ちと同じぐらいのレアである。
特にリアムは風魔法においては右に出る者はいないと言われているほどの使い手。王付き魔法士団の団長様の名は伊達ではないのである。
「団長、練習だからいっか、じゃないんですよ!新魔法の試し打ちここでしないでください!暴発したらどうするんですか!」
「リディアが吸収してくれるでしょ。あ、城壊したら修理費給料から天引きね。」
「団長ー!!!」
属性魔法はそもそも扱うのが難しく、加えて魔力を結構食う。それをあっさり扱い、なおかつ威力が全く落ちず、高等魔法を発動させるリアム。
闇と相性が悪い光魔法を攻略し、攻撃魔法より魔力を消費する防御魔法を連発するリディア。
「魔力底なしの化け物たちが...」
2人の訓練を見ようと集まったギャラリー達からそんな呟きがもれるのも仕方のないことであった。
このギャラリー、2人が訓練を始めた頃は紫に入った新入団員はどんなものだろうと見に来た魔法士数人から始まったのだが、やがて「現在魔法士最強の男、リアムと互角に戦っている少女がいる!」という噂、その少女が妖精のような容姿という噂から爆発的に増えており、最近ではお昼ごはんを食べ終わった後の暇つぶしの定番となっていた。
「よし、じゃあ今日はこれで終わり!」
昼休憩が終わる鐘の音とともにリアムがそう言った。2人の訓練なんだかよくわからない泥沼試合もここで終わりである。
「ありがとう...ございましたぁー。」
リディアはヘロヘロである。
リアムの新魔法が予想以上の威力であったのだ。城を壊さないように魔法を相殺したリディアの技術はさすがであった。
パチパチパチと拍手が沸く。
ギャラリーと次の時間に訓練をする騎士達である。
その拍手にリアムが礼をする。その隣でリディアも貴族の優雅な礼をした。
「よし、じゃあ昼ごはんを食べに行こう。」
「はーい。」
そうして魔法に関して人間の域を超えている低身長コンビは黒薔薇宮の食堂に向かうのであった。
ここから、第2章 遠征編が始まります。
よろしくお願いします。