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3.紫


王宮魔法士長の部屋を出たリディアはリアムに連れられるまま城の長い廊下を歩いていた。


リディアはこの国の女性の中では身長は小柄な方だ。そのため、リディアは時々未成年に間違えられては機嫌を損ねていのだが...そんなリディアとあまり身長の変わらないリアムが彼女の上司だということに彼女は幾ばくかの不安を覚えていた。


しかし、リアムの名乗った家名、ルートリヒト家といえば貴族世界では有名な侯爵家である。リディアももちろんルートリヒト家の当主と後継ぎには挨拶をさせてもらっているため知っているが、リアムに出会ったことはない。同じ家名の別の家だろうかとリディアが考えていた時だった。


「リディア、不安そうな顔してる。僕みたいなちっちゃいのが団長だから?」


まるで心の中を読まれたかのような言葉ににリディアはドキッとする。顔には出していない、出していないはずである。


「いえ、そんなことは...」

「そう?僕の出自を簡単に述べとくと僕はルートリヒト家の五男だよ。」

どおりで会ったことがないはずだとリディアはそれを聞いて納得をする。


「だから後継ぎとかじゃないんだけどね、城での階級は父親と兄達より上だから家ではちょっと疎まれてる。だから社交界とかも行ってなくて、リディアが知らないのも無理はないよ。」

「そうだったのですね。」

「でも、実力は本物だから安心していいよ。本当は団長なんてしたくないんだけど、陛下に頼まれて断れなくて...あ、着いた。」


リアムが足を止めたのは城に数多ある似たような扉のひとつの前だった。扉には紫色のリボンがつけられており、それがこの部屋の主を示していた。


「ここが今日からリディアの職場になる部屋だよ。」

明日からこの部屋にたどり着けるだろうかと絶大な不安を抱きながらリディアはリアムに「入って入って!」と促されるまま部屋に足を踏み入れた。


「帰ってきましたね。」

その部屋は無人ではなかった。部屋の片隅には机に座り、その机に積まれた書類を処理していく銀縁の眼鏡をかけた青年。その青年にリディアは見覚えがあった。


「キース様?」


サラサラの銀髪をなびかせる彼は紛れもなく、彼女の知り合いのキース・ザッハルトその人だった。


「リディア嬢、お久しぶりです。」

キースはリディアに向かって貴族らしい優美な礼をした。


「え、2人知り合いなの?」

そんな2人の間で首を傾げるリアムにリディアが説明をする。


「私の兄の友人で、幼馴染です。私が幼い頃によく遊んでもらっていたんです。」

「アレクとは友人ではなく、腐れ縁です。リアム、この間も説明したでしょう、さては聞いていませんでしたね!」

キースのがリアムを責めると、リアムは耳を塞いで知らんぷりの態勢である。


「リアム!」

どうやらキースはこの団長様にとても苦労させられているらしいとリディアは察した。アレクシスにリアムにと手のかかる変人達の世話役にされるのはキースが一重に真面目で面倒見がいいからである。


「リディア嬢。」

リアムへの小言が一通り終わったのか、キースがリディアに呼びかけた。


「我々の仕事について何か聞きましたか。」

「いえ。そもそも紫という色の部隊を初めて聞きました。」

何も説明しなかったな、とキースがリアムを睨むがリアムはそっぽを向いてしまう。


「立ち話もなんですから、座ってお話しましょう。」

そのキースの言葉で3人は部屋の中央に置かれたソファーに腰をかけ、キースは話を始めた。


「まず、紫の部隊についてですが、正式名称は魔王陛下直属の魔法士部隊となります。」


リディアがその意味を理解するのにたっぷり十数秒かかった。


「え...陛下直属の部隊ですか。」

フリーズから立ち直ったリディアがキースが言ったことの繰り返しとなったのは仕方のないことであろう。


「はい、陛下直属の魔法士部隊となります。」

「それって、とてつもなく偉いのでは...」

「そうですね、城ではトップクラスの役職になります。」

「ということは、キース様。私、入団初日にお父様とお兄様の役職を...」

「はい、超えました。」


ここでリディアは再びフリーズ。

「お兄様はともかくお父様の役職を...」とぶつぶつ呟いている。


「レミクシア伯爵はそんな小さいことを気にするお方ではないでしょう。」

「ローベルツだからね、大丈夫だよ。」

「お父様が気にするかどうかではなく、私の心の問題です!」

リディアがその衝撃から立ち直ったのは数分後だった。


「大丈夫ですか、リディア嬢。」

「はい、なんとか。」

いつの間にかキースが準備してくれていたお茶を飲み、必死で心を落ち着かせるリディア。


「というか、リディアここまで来るときに気づかなかったの?途中で魔法士達が勤める菖蒲の宮から出たじゃん。ここ、魔王陛下のいらっしゃる黒薔薇宮だよ。」

「お城に来たのは試験の時だけなので、明るくなく...全く気付きませんでした。」


そう言うリディアに「それなら後で城の中の見学でもしましょう。」と言うキースをリディアは心の中で崇めた。

やはりキースはとてもいい人だと再認識し、これで明日からこの部屋にたどり着かないという最悪の事態は避けれそうだとリディアは安心した。


「私たちの仕事内容については、簡単に言うと陛下の護衛です。黒薔薇宮の守りを固めることや陛下が式典に出たり、どこかにお出かけになるときに一緒に行き、御身をお守りするなどですね。」

「あとは、陛下のお茶の相手かな!」


キースの言葉に続くようにそう言ったリアムの言葉を華麗に流してキースは続けた。


「普段の仕事は黒薔薇宮の周りに張ってある障壁の維持になります。しかし、維持作業なので、そこまでやることはありません。なので簡潔に言うと、めっちゃ暇です。」

「だから、紫は今まで僕とキースの2人だけだったんだよねー。」

どうやら、あまり仕事がないのは本当なのだろうと理解したリディアだった。


「私は仕事しないのは嫌なので、魔法士たちの事務作業の手伝いをしてます。」

「僕はお散歩して、お菓子貰って食べて、時々訓練してる。」


「え...それなら私は何をすればよいのでしょう。」

戸惑いながらリディアがそう尋ねるとリアムが待ってましたとばかりに言う。


「リディアがすることはいっぱいあるよ。まず、黒薔薇宮のつくりの把握でしょ、ここを覆っている障壁について教えなきゃだし、護衛の仕方でしょ、僕との魔法の相性もあるからそこも訓練しないと...」

「あと、魔法技能ももちろんですが、城に勤めるのですから城の仕組みも知りませんとね。書類の見方などの事務作業も学んでほしいところです。」

覚えるべきことを山のように言われて、リディアは仕事があったという安心感に浸ればよいのかどうか悩む。


「でも、安心して、リディア!魔法技能や知識は僕が教えるし、書類仕事とかめんどくさいのはキースに習えばいいよ。」

「リアムもいい加減に書類仕事を覚えてほしいのですが。」

「暇だからね!いっぱい学べるよ!」


なかなかここでの仕事は大変そうだとリディアは感じたが、キースという顔馴染みがいたせいか、リアムの人懐っこい性格のせいか、リディアの心に不思議と不安は生まれなかった。リディアは決意を新たにし、期待に胸を膨らませて返事をした。


「はい。頑張らさせていただきます。」


そのあと、リディアはキースに案内してもらって城を一周した。おかげさまでリディアは紫の部屋までの道順はバッチリである。

加えて、これからお世話になるであろう黒薔薇宮勤めの人々にも挨拶をする。会う人会う人がとても優しく彼女に接するので、リディアの心は安心感が広がったが、一方で城は怖いところという先入観との違いに困惑していた。


「黒薔薇宮の人々は優しいでしょう?」


城の中を歩きながら、キースがリディアにそう尋ねた。


「はい。城はなんというか、もっと怖いところだと思ってました。」

リディアの素直な感想に声をあげて笑ったのはキースである。


「素直な子ですね、リディア嬢は。たしかにそうです、城は権力が欲しい貴族達の思惑などが渦巻いていてとても怖いところです。なのですが、ここ、黒薔薇宮だけは例外なのですよ。」

言葉の意味が理解できずに首をひねっているリディアに対して、キースが説明を続ける。


「黒薔薇宮で勤めるためには必ず陛下の許可がいるんですよ。側近はもちろん、文官や使用人の1人に至るまで必ず陛下と謁見します。陛下がそこで信用したものしか採用しないのですよ。だから、この宮は陛下の御心を知っている者しかいないですし、そのために人が簡単に辞めたり、入ったりできません。そのため、皆の絆が強いのです。城とは思えないほどにあたたかいのは陛下の人柄のおかげですよ。」

「そうなのですね。」


まだ謁見したことのない魔王陛下。


陛下は怖い人だとリディアは勝手に思い込んでいたのだが、話を聞く限りそうではないような印象を受ける。


「城に勤める者は皆、この黒薔薇宮で働くことを目標にするのですよ。貴方は半年ぶりに黒薔薇宮へ入ることを許された人です。」

「半年ぶり...!?そんな、私みたいな新人が入っていいところではないのでは...。」

「大丈夫ですよ、陛下が許可を出したのですから。それに貴方なら大丈夫ですよ。」

小さい頃からリディアを見ていたから言えるキースの言葉。彼は優しい笑みを浮かべて続けた。


「胸を張りなさい、リディア。貴方はもう立派に黒薔薇宮の一員なのですから。」


実は、彼女は陛下直属の部隊と言われて、全く実感が湧かなかったのだ。それは彼女が城で働こうと思った時に目標としていたところを遥かに上回るものだったからである。

しかし、キースの言葉を受けて自分自身がどのような立場を承ったのか、その責任の重大さを感じてきた。


「私、頑張らないとですね。」


誰に対するでもないその言葉はリディアの心に確かに楔を打ち込んだった。


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