2.城へ
レミクシア家は代々宮廷魔法士を輩出する由緒正しい伯爵家である。魔法士の強さは軍事力と直結するため、国内で力を持ってきた一族。当代のローベルツ・レミクシアの魔法士としての実力も折り紙つきであり、現在は宮廷魔法士の一部隊を束ねる長で多忙な日々を送っている。
そんな一緒に馬車に乗る父親を横目に見ながら、リディアは思う。父親と同じ制服というのも複雑なものであると。自分の希望で宮廷魔法士になったので仕方がないと納得しているし、父親が嫌いなわけでもないが、リディアも今年で17になる娘なのである。
「リディア。」
そんなことを考えていたリディアにローベルツが声をかけた。リディアは一拍遅れたものの、いつもの笑顔で返事をした。
「部隊の所属の希望は出したのか。」
「はい。第1希望は青色で出させていただきました。」
宮廷魔法士は4つの部隊に分かれており、それぞれ赤、青、黄、緑と色で分かれている。
赤の部隊は戦闘を専門とする部隊。
青の部隊は防御を専門とする部隊。
緑の部隊は治癒を専門とする部隊。
黄の部隊は魔法の研究を専門とする部隊である。
ちなみに、ローベルツが長を務めているの青の部隊である。
「やはりそうか...」
娘の解答を聞いたローベルツの顔は暗い。
「どうかしましたか。」
「いや、新入団員が来た場合、普通は長である私の元に連絡が来るはずなのだが、来ていなくてな...」
初期配属の希望は大体通るはずなのだが...と首をひねるローベルツ。
「父上、ちゃんとあの机に山積みになった書類に目を通しました?」
アレクがそうローベルツに尋ねた。
「あのゴミ屑はいいんだよ、誰かやってるから。」
長にとってはあるまじき発言だが、アレクシスは「さすが父上。」と感心したように言う。こうやってレミクシアの血は受け継がれていくのだとリディアは納得する。リディア自身もその一端を受け継いでいることは否定しないが。
「青ではないとすれば赤でしょうか。私の魔法は攻撃としても優秀だと思いますので。」
「赤...だと良いな。」
そういうとローベルツは少し不機嫌そうに窓の外を見始る。
「そういえばリディア。」
アレクシスがリディアに声をかける。
「我らが魔王陛下が今年の宮廷魔法士試験を見学してたの知ってるか。」
「本当ですか、お兄様!?」
「あぁ、キースから聞いたから間違いない。今年の宮廷魔法士合格者はお前だけだからな。案外出世早いかもしれないぞ。」
「私なんてまだまだひよっこですから...」
リディアがふと父親の顔を見るとローベルツの表情は先程よりも曇っていた。
「お父様?」
「嫌な予感がする。」
そして、ローベルツの嫌な予感は当たることになるのである。
それからしばらくして。白亜の城がリディアの視界に現れた。
魔王が治める黒の国。
その黒の国の真ん中より少し東に位置する王都の中心部にあるのが王宮である。
黒の国の名前とは対照的なその白亜の城は見るものを圧倒させる美しさを持っていた。そして、宮廷魔法士達が勤める宮はその王宮の一番端にあった。
「ここが...」
宮廷魔法士試験の時に1度訪れたことはあるが、改めて目にするその城にリディアは感動をおぼえていた。
今日から私はここで働けるんだ、と。
幼い頃から少女が働くことを夢みた場所は少女の夢を裏切らない素敵な場所だった。
「じゃあ、父上。俺は先に行ってます。」
「ああ。」
アレクシスが去った後もぼーっと城を眺めていたリディアにローベルツが声をかける。
「リディア、遅れるぞ。」
「あっ、はい、お父様!」
我にかえったリディアは慌てて父親の後を追う。宮の中の装飾も素晴らしく、キョロキョロと辺りを見渡しながら、父親を見失わないようにリディアはついていった。
その道中、いかにも強そうな魔法士たちに次々に挨拶をされる父親はそういえば偉い人だった、とリディアは今更なことを考えていた。
「ここだ。」
父親に連れてこられたのは魔法士達の勤める宮の最上階にある1番立派な扉の前だった。この部屋の主である魔法士長は、この国の生ける伝説とも言われる最強の魔法士である。
緊張を高めるリディアとは裏腹にローベルツは「入るぞー」とノックもそこそこに扉を開けた。
「おっ...お父様っ!?魔法士長様のお部屋の扉をそんな乱暴に開けては失礼では...」
「ん?老いぼれの爺さんの部屋だから、そんなにかしこまらなくて大丈夫だぞ、リディア。気軽に...」
ローベルツがそこまで答えたところで、さっと身を避ける。
その次の瞬間、さっきまでローベルツの頭があった場所の壁には羽ペンが突き刺さっていた。
「誰が老いぼれじゃと?」
「ローベルツ爺さん、羽ペンに加速と軌道を示す魔法かけるなんて、殺意を感じさせるからやめたほうがいい。」
「初めから殺す気じゃ、ばかたれ。」
白いあごひげを蓄えたこの部屋の主、ドイザント・ジークスが手をあげると、壁に突き刺さった羽ペンが彼の手の中に戻っていく。
父親がいつもの態度で国を救った伝説の魔法士様に接するので内心恐々だったリディアだが、ドイザントの飄々としたその物言いに呆気にとられた。リディアもこの父親が1つの団のトップを務められる場所なのだからそれなりだろうとは思っていたのだが。
「で、朝から何の用じゃ、ローベルツ。」
「今日から入団する娘のリディアを連れてきた。」
「ほう。」
ドイザントの視線が動き、リディアを捉えた。その値踏みするような視線にリディアの背筋が思わずすっと伸びる。
「お主が噂の『闇魔法の愛し子』か...よいな。」
ぼそっと呟かれたその言葉に肯定が込められていることに、リディアの緊張がほぐれる。
「実際に魔法を使うところも見てみたいのぉ」と呑気そうに言うドイザントに痺れを切らしたローベルツが言う。
「爺さん、リディアの所属はどこだ?まさか、紫とかは...」
「お見事、正解じゃローベルツ。」
紫。耳慣れない色の部隊にリディアは首をかしげる。宮廷魔法士の隊には4色しかないはず...。
「なんで、よりにもよって、リアムのところに!」
「リアムが『この子くれないと仕事しない!』って言うからなぁ。仕方なくじゃ仕方なく。」
「あんなところに可愛い娘をやれるか!」
ローベルツの猛抗議を魔法士長様は飄々と受け流す。
「お父様、私はどこの部隊でも頑張らさせていただきますから...」
控えめにリディアがそう言う。本心では父親と違う部隊の所属になり、少し、かなりホッとしているリディアである。
「娘もこう言っておるぞ、ローベルツ。」
「いやいや、紫の増員の話は聞いていたが、新米のリディアが行っていいところじゃないだろう!」
「儂もそう思ったんじゃがな...リアムのやつ、試験会場で彼女をえらく気に入ったらしく、あろうことか陛下を試験会場まで引っ張っていって、『絶対うちに欲しい』と説得したらしい。試験の翌日には試験結果より先に紫への入団許可証が届いたのじゃよ、陛下の署名付きでな。断れんじゃろう、これは。」
「リアムのやろう...」
「僕がどうかした?」
どこからともなく部屋に現れてそう声をあげたのは、リディアの身の丈より大きなローブを着た少年だった。
その少年にローベルツは苦虫を噛み潰したような顔をし、ドイザントは「待っておったぞ」と声をかけた。
その少年はリディアを目で捉えると笑顔で挨拶をする。
「はじめまして。君がリディアだね。僕はリアム・ルートリヒト。紫色の隊長だよ、よろしくね。」
どう見てもリディアより年下にしか見えない少年から発せられた言葉にリディアは驚く。そのせいで、挨拶が一瞬遅れた。
「は、はじめまして。リディア・レミクシアと申します。よろしくお願いいたします。」
とっさの癖で、優雅に膝を折る貴族の挨拶をしてしまってからその礼が場違いであることに気がつき、リディアは慌てて頭をさげた。
「も、申し訳ありませんっ。」
「いやいや、そんなにちゃんとした礼をされると偉い人になった気がするから悪くない。それより、ちゃんとしたお嬢様なんだねー。」
「おい、リアム。それはどういう意味だ。」
むっとした声でローベルツが言う。
「いやー、僕は試験でしか見てないけど、あの魔法結構ヤバかったよ?あんな魔法使う人がこんな大人しめなお嬢様だなんて思わないじゃん、ほら。」
リアムの言葉に当の本人であるリディアは苦笑する。
まぁ、本人はご令嬢らしく振舞うことを目標としているご令嬢なので、その評価はあながち間違っているわけではない。
「うちの娘は大切に大切に育てたんだから、お嬢様なのは当たり前だ。」
「いやー、ローベルツの娘っていうから、余計こう。」
「あぁ?」
2人が揉めるような口調になった時、城内に始業を知らせる鐘が鳴り響いた。
「おっ、そろそろ時間じゃのう...リディア・レミクシア。」
「はいっ。」
ドイザントに呼ばれて、リディアは伝説の長老の元へと向き直る。
「今年の新入団員はお主1人だけじゃ。難関な試験を突破し、入団したことを祝福しよう。おめでとう。」
「あ、ありがとうございます!」
「宮廷魔法士は実力こそが全てじゃ。家柄なぞは関係ない、お主をみんな見てくる。力不足だと判断されればここにお主の居場所はなくなるじゃろう。」
リディアはドイザントの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「新入団員で紫に配属されたのはお主がはじめてじゃ。リアムに駄々をこねられたのもあるが...お主ならやっていけると判断した。期待しておるぞ。」
「はい!リディア・レミクシア、精一杯頑張らせていただきます。」
ドイザントの硬い表情が崩れて、優しい微笑みに変わる。
「これで、入団の儀は終わりじゃ。リアム、頼んだぞ。」
「はーい。行こう、リディア。」
リアムがアリシアの手を取る。ここで、ローベルツに鋭い視線を向けられるが、気にせずリアムはリディアを連れて、部屋から出て行った。
「あの、リアムのやつ...絶対に許さん。」
2人が消えた扉を睨みながらそういうローベルツにドイザントが呆れながら言う。
「それでじゃ。報告があって付いてきたんじゃろう。はよせい。」
「お、よくわかったな爺さん。さすがだ。」
「何年お主を見てきとると思っとるんじゃ。」
ローベルツが持ってきた鞄の中をゴソゴソと漁り、数枚の資料を取り出して、ドイザントの机の上に置いた。
「ほぅ...白の国の軍の計画書か。この計画書を見る限り、戦争する気満々らしいのぉ、向こうは。」
「白の巫女が見つかり、向こうは勢いづいてる。黒の巫女がまだ見つかってないこっちは国の守りが弱まってるからな、攻め時だ。」
その計画書に目を通しながら、ドイザントはため息をついた。
「黒の巫女様が見つかれば、戦争は回避できるのかのぉ...」
「それはしらねぇよ。とにかく青は国境沿いの防衛計画の練り直しを始める。いいか?」
「それはお主に任せよう。頼んだぞ。」
「承った。」
そういうと、ローベルツはさっさと部屋を後にしていった。
残されたドイザントはすっかりと冷めたお茶を飲む。
「また戦争が始まるかもしれんとは...人間は愚かじゃのぉ...。」