スライム転生した親友
『なぁ、お前はたのしめてるか?』
机に頬杖を付いたまま、退屈さを紛らわすためにそんな事を聞いてみた。
『もちろん、最高としか言いようがないさ』
そう答えたのは半透明の液状生物、所謂スライムである。
彼は今、全裸の女性を包み込んでぷるぷると震えている。
『そうか…ならいいんだが』
1度全身を包み込んでしまえばろくな抵抗もできずに消化されるのだろうなと考えながら、どうやって暇を潰すかに頭を悩ませていた。
まだ息のある女性が声を出したり身体を跳ねさせたりするが防音にはこだわった事もあり、外へと音が漏れる事は無いだろう。
『そろそろ砂が落ち切るぞ』
これはあくまで商売なのだから時間はちゃんと測っている。
『おぅ、了解』
女性の反応が大きくなったようにも感じるが、それを言うのは野暮というものだ。
居心地のよい環境を作るのも永く営業を続ける秘訣だと思う。
「看板…下ろしてくるか」
この世界に来てからはまだ季節が一巡りほどだが、それなりに生活は安定している。
このまま穏やかな日々を過ごせればいいんだが……
「スライムになりたい!」
彼のその言葉を聞いた時、彼が最近ネット小説にハマっている事を思い出していた。
彼がどんな願いを持とうともそれは彼の自由だ。
が、が、が、だがしかし!
何事にもタイミングというものがあるのだ。
願いを聞こうと言われて人を辞めたいなどと言ってしまえば禄なことにならないならないと気がつくだろう普通は!
──ふむ、よかろう
そしてそれを受理されてしまっているじゃないか!
小説で夢見る世界に触れられて興奮するのはわかる。
だが、せめて冷静に考える事をしないと1日を生き延びることすら出来ないかもしれないんだぞ!
と、彼の性格を鑑みて頭が痛くなる思いをしているが当の本人はとても嬉しそうだ。
まったく、お前はそういう奴だったよな。
──して、君はどうする?
っといけない。どうやら自分で最後のようだ。
このよくわからない空間にいるのは三十人ほど。
記憶が正しければ同じ夜行バスに乗っていたはずだが気が付くと何も無い、それこそ窓や扉すら無い部屋の中に居た。
状況を理解するより前に声を出したのは、つなぎ目の見えない白いローブを身に着けた老人だった。
人によって見え方が違うことから人ではない存在であると認識するまでに時間は掛からなかった。
彼は三つの事を教えてくれた。
一つ、上の世界へは戻れない事
二つ、記憶を持っていくか選べる事
三つ、一人一人願いを聞く事
全体の7割ほどが記憶を持っていくことを選んだだろうか?
俺もその中の一人だ。
しかし、少しだけ気がかりなことがある。
目の前の老人は聞き入れるとか、尊重するとは言っているが一言も願いを「叶える」とは言っていないのだ。
気がついて考え直すと彼は人に生まれ直すことができると言っていないような気がする。
他の人は勇者になりたいとかハーレムを作りたいとか、欲望のままに願いを口にしていたが、あまり良い結果になるとは思えない。
「彼が人の世界で生きていけるようにサポートしたいですね。心配なので」
俺は当たり障りのない願いを伝え、その言葉を聞いた老人は少しだけ目を細めたような気がする。
叶うかどうかは別にして、あまり欲望に素直なものは辞めておく。
多分それくらいが丁度いい。
──では、諸君らに神の加護があらんことを
老人の言葉で意識が遠くなる。
願わくば、この選択が間違っていませんように……
暖簾をくぐって外へ出ると通りに人影は見えない。
元々人通りが多い訳では無い事と月が真上にある事を考えれば当然と言えるだろう。
明かりのない夜道を好き好んで歩くものと言えば裏稼業の人だと思う。
満月ではないが薄らと影が落ちているような時期だ、松明がなくとも看板を片付ける事くらいは出来る。
「失礼、今夜はもう終わりですか?」
看板を下ろして息をひとつ吐くと背後から声が聞こえた。
「えぇ、既に仕事は終わってます」
振り返ればそこに執事調の男が立っている。
明かりなどがないことを考えると人に見られたく無いのだろう。
「明日は通常通りで?」
「少し遅くなりそうですね」
「わかりました、失礼します」
会釈をして男は立ち去る。
俺は後ろ姿を見送って店へと戻る。
さぁ、長い夜になりそうだ。
この店を構えるにあたり、一つだけ条件があった。
それはスライムを連れているという特異性に関わる話なのだが、親友であるスライムについてこの街の領主が詳しく知っていることが原因だ。
先程の会話にあった「明日の営業」とは仕事を頼めるかどうかを指し、「遅くなる」というのは可能であることを表している。
いちいち言葉に出さないことで後々言い逃れができるようにしているのだ。
表に出してはならない事も世の中にはそれなりにあるってことだな。
店の戸締りをして地下室へと降りると男が1人待っている。
「それで、どれ位あるんだ?」
どんな場所にも後ろめたい事はあり、語られる事の無いものが存在する。
「箱一つだ」
彼の隣には1m四方の箱が置かれている。
「たしかに承りました」
男は頷いて部屋を後にした。ここの地下室には仕掛けがあり、下水道と繋がっているのだ。
この箱の中に何が入っているかはわからないし、知ることもない。
もし、情報が漏れることになれば簡単に俺の首は胴体とサヨナラするだろう。
そういうものであり、ひ弱な民が偉い人に逆らえるものでは無いのだ。
『今日は1箱だ。宜しくな』
俺は念話で親友に声をかける。
『おーう、任せとけ』
どこからとも無く現れた親友が箱の中に滑り込み、箱の中身を跡形もなく消化するだけの簡単な仕事だ。
立派な店を持てた対価と思えば安いものであろう。
こうして今日も問題なく一日が終わる。
なんと素晴らしい人生だろうか!
感想、お待ちしてます。




