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第六章

第六章


春川という名前の通り、春の春川はとても綺麗だ。

優しい日差しに煌めくせせらぎ。それに添えられたピンク色の桜がなんとも美しい。

美しいなんて言葉がオレに似合わない事はよく分かっているが、自然とそんな言葉が出てしまうのだからしょうがない。

さすがは観光地といったところだ。


そして今日からめでたく三年生、転校してから2ヶ月しか経っていないが、色々あった気がする。

高校最後の一年間、進路等まだまだ色々ありそうだが、なんとか頑張って卒業したいと思う。


そして桜の木漏れ日が、ほんのり暖かいいつもの通学路を学校へと向かう。

「何、ボーっとしてるんですかぁ?」

この甘ったるい話し方は・・・ユッキーだ。

「先輩、今日から三年生ですねぇ。ユッキーも今日から二年生になったんですよぉ。てへっ。」

てへって・・・。

そりゃオレが三年生になったらユッキーは二年生でしょうよ。

「ユッキーなんだか嬉しいんですぅ。ちゃんと大人の階段を登ってるんだなぁって実感するじゃないですかぁ。」

そういうもんかねェ可愛いから文句はないけど・・・。

そんなユッキーと学校へ向かっていると、後ろからオレの髪をワシャワシャしてくるヤツ等がいた。

ヤツ等と言えば・・・そう、コタッキーとやべっちだ。

「ういーっす。朝からギャルとデートかーい?」

相変わらずハイテンションなヤツ等だ。

「バカ、頭グチャグチャになっちゃったじゃねーかよ。」

「いーじゃん。オレ達みたいに頭盛ったほうがかっこいいよ。」

冗談じゃない。オレはお前らみたいなギャル男になるつもりなんて、全くない。普通が一番いいんだ。

「おはようございます。今年度もよろしくお願いします。」

髪を手グシで直していると、なんだか正月みたいな挨拶が聞こえてきた。

・・・ブタ大好きのサエブーだ。

「チョリーっす。サエブーおひさー。」

「サエさん、おはようございますぅ。」

朝からなんだか揃っちまったな。これでアイツが来た日にゃあ・・・

「へーっくしょん!んあぁっ!」

校門に続く坂道の入り口から女子の大きなクシャミが聞こえた。

女のクセに大きなクシャミをするヤツだ。

花粉症か?大きなマスクをしてメガネを掛けて・・・って、よく見りゃ姫乃じゃねーかよ。

まぁ、姫乃以外でも花粉症でマスクをしているヤツはこの時期多い訳なんだが、田舎の人達は花粉症になんてならないんじゃないかって思ってたよ。こんな大自然に囲まれていても、なる時にはなるもんだな。

そんな姫乃がこちらに気付いて歩いて来た。

「お前、こんなとこで何やってんだよ。学校行かねーの?」とりあえず、挨拶代わりに言ってみた。

どうやら知ってるヤツを待ってたみたいで、「何だか勢揃いって感じね。このまま河原で焚き火でもしちゃう?」

オイオイ、メガネとマスクで表情がよく分からないが、コイツの事だから本気なんだろうな。

進級したばかりで、いきなりバックレる訳にはいかないだろう。サエブーが早速姫乃を叱る。

「ダメでしょ。今日から三年生なんだからちゃんと学校に行かないと、新入生だって来るのよ。先輩としてそんなんじゃダメよ。

いい?今年は高校生活最後の年なんだから・・・」

「っもう!うるっさいわね。分かったわよ。」

サエブーの押さえ込み一本勝ちだな。さすが幼なじみのサエブーだ。

しかし姫乃のヤツはしょっちゅうサボってるクセによく進級できたよな。けっこう頭いいのかな?そういう風には見えないけどね。

「ぶへーくしょんっ!」

どうでもいいけど、コイツのクシャミは下品なクシャミだな。うるさいし。

「あーもう、花粉症がヒドいから今日は帰る。」

花粉症だけが原因じゃないだろうに・・・。

「姫さん帰っちゃうんですかぁ?」

ユッキーが淋しそうに言うが、姫乃は逆方向へスタスタと歩き始めた。

「ちょっと、姫乃!いきなりサボっちゃダメでしょ!」

サエブーの声に後ろ向きのまま手を振る。

「姫さぁん!始業式が終わったら河原に行きますからぁ!」

後ろ向きのまま今度は親指を立てた。

ユッキーのおかげで、どうやら今日も河原集合らしい。

何だかんだ言ってオレ達は姫乃を中心とした仲間になっていた。オレもそうだが、みんなも居心地がいいのだろう。


始業式は朝9時半から始まり、お昼前には終わる。この学校は進路でクラスが分かれているので、クラス替えはない。三年生になっても、あまり新鮮な気分はしないが、教室だけは変わる。

ウチの学校は一年棟、二年棟、三年棟の三つからなっており、三年棟が一番眺めが良い。

この窓から眺める春川は、この学校の三年生だけの特権だ。

三年生になってこの事だけは正直嬉しかった。


今日は掃除もなく、始業式が終わったらすぐ帰れた。

三年棟の入り口でコタッキー達を待っていると、ユッキーがやってきた。

「先輩、姫さんにハムカツパン買っていきましょうよぉ。」

この子はホントに姫乃が好きなんだな。アイツの事をお姉さんみたいに思ってるんだろうな。

「そうだな。ハラ減らして待ってそうだしな。」

そんな事を話しているとサエブーが三年棟から降りてきた。

「あら、二人で待っていてくれたんですか?」

「まぁね。まだバカ二人組は来てないけどね。」

こんな事なら、奴らの教室に寄ってくりゃよかったよ。

「先行ってる?オレ、アイツ等とパイオツ寄ってから行くからさ。」

「いいんですかぁ?」

「いいよ、いいよ。二人で先行っててよ。アイツも暇だろうからさ。」

サエブーとユッキーは、それじゃあって事で先に河原に向かった。

それから五分もしない内にコタッキー達が降りてきて、オレ達は学校を出た。

「マジ、早く行かねーとハムカツパンなくなっちまうよ。」

コタッキーが踊りながら言ってきた。

お前らを待ってたから遅くなったんだよ。売り切れてたらお前らのせいだろ。

「あっこはリアルにパンの数を増やしゃあいいんだよ。」

やべっちも踊りながらそんな事を言う。

どちらにせよ、今回はオレのせいじゃない。

五分も歩くとパイオツにたどり着いた。思ったより混んではいない。

これなら売り切れてはいないだろうと中に入ってみると、オヤジが奥の茶の間でテレビを見ていた。

とりあえず暇らしい。

「うぃーっす!オヤジィ、ハムカツパンちょうだい。」

やべっちがいつもの調子でパンを頼む。

「あいよー。」

オヤジは茶の間からゆっくりとこちらへ来た。

「さっきラッシュが終わったとこだよ。」

どうやらさっきまで混んでいたみたいだ。

「ハムカツパンは・・・五つしかないけど大丈夫?姫乃ちゃんに頼まれたんでしょ?」

さすがはオヤジ、よく分かっていらっしゃる。

「大丈夫っすょ。あるだけで。」

足らなければジャンケンなり、釣り勝負なりすればいい。それなりに楽しいからな。いい暇つぶしになるよ。

オレ達はハムカツパンを手にパイオツを出ようとした。すると入り口から見慣れないヤツが勢いよく入って来た。

ウチの学校、というよりこの時代には珍しいヤンキー風で、綺麗な金髪にラインの入った頭、ダボダボのズボンにネクタイなどはせずにワイシャツは出しっぱなし。

今時珍しい格好だ。こちらに睨みを利かせ、オヤジの方へ歩いて行く。危ないヤツだ。一年生か?ああいうのには関わらない方がいい、オレ達は外に出た。

しばらく歩いているとコタッキーとやべっちがチラチラと後ろを気にしだした。

「何だよ。」

オレも気になり振り向いてみると、さっきのヤンキーがこっちに向かって歩いて来ていた。しかも若干早歩きにも感じる。そして明らかにオレ達を見ている。

これは帰りの方向が一緒というより、狙われていると思った方がよさそうだ。

「ちょっとー、せんぱーい。ねぇ。」

ヤンキーがオレ達を不良独特のダルそうなトーンで呼んでいる。

あまり関わりたくはないが、オレ達は先輩であり三人もいるんだ。ナメられる訳にはいかない。

オレは自分の中にある不良像でヤンキーに挑んだ。

「あん?何なのお前?一年?」

両手をポケットにつっこみ、相手を下から上へ見る。それを二回繰り返した。オレの中ではかなり不良っぽい。

「はい?お前とか言われてもアンタに世話になった覚え無いんすよね。」

さすが本物の不良だ、完全にオレは・・ってかオレ達はビビって次の言葉が出ない。かろうじて出た言葉は、「・・まぁ、そうだよな。新入生だもんな。」

情けねェ、年下にビビるなんて・・・。やべっちとコタッキーは、聞こえるか聞こえないか分からない位の声で、「これから世話になるかもしんないじゃんかなぁ。」とか言っている。


「おめぇ、翔太じゃねぇ?」

ウチの二年のヤンキー達が一年のヤンキー君を囲んだ。

ナイス二年!オレ達はホッとした。

そりゃあそうだろう、ヤンキーはヤンキー同士バイオレンスな学生生活を送るのが世の常ってもんだ。オレ達みたいな一般ピープルに関わってはいけないだろう。

ヤンキー君を囲み、二年達は笑いながら話している。

「おめぇ、翔太だよなぁ?春川西中のさぁ」

「こいつかよ、この辺の中学シメてたヤツって」

「おめぇ、中学で有名だったからってウチで生意気してたら、マジやっちまうよ」

完全に不良の会話だな。一年のヤンキー君もさすがにビビって何も言えないみたいだ。

オレ達はそそくさと立ち去ろうとした。

すると、今まで黙っていたヤンキー君は、いきなり二年の一人の髪の毛を掴み、そのまま顔面に膝ゲリをかました。

鼻からの流血が酷い。

オレ達は口を開けたまま固まった。

ヤンキー君は鼻血を出して転がっているヤツを更に蹴りだした。残りの二年も止めようとするが、ヤンキー君は止まらない。

そして、「オレに関わんないで下さい。別に高校で生意気しようなんて思ってないから」二年を睨み付けながら凄んで言った。

完全に二年達はビビっている。

「分かったよ。」

それだけ言うと転がっていたヤツを肩に背負って帰って行った。

止まっていたオレ達は我に帰り、とりあえずこの場を去ろうと歩きだした。

「せんぱーい、どこ行くんすか?」

やっぱりオレ達に用があるらしい。

オレは腹をくくって聞いてみた。

「な、何の用なの?」

「それっすよ。ハムカツパンっすよ。売れ切れてたから一個分けてもらおうと思って」

少しビックリした。

そんな事で追いかけて来たのか。

余裕ができたオレは、「わりぃ、オレ達も数足りねぇんだよ。また明日買いに行くんじゃダメなのか?」

「明日休みじゃないっすか」

そうなのだ、今日は金曜日だから明日は休みなのだ。

春川高校が休みならもちろんパイオツも休み。ウチの生徒しか利用しないからね。

「ダメっすか?」

「分かったよ。一個やるよ」

ここで恩を売っておくのもいいだろう。また何かあった時に役に立つかもしれない。

オレはそんな不純な動機でヤンキー君にハムカツパンを渡した。

その時、緊張していたせいかハムカツパンが手からすり落ちた。

べチャッ!

時間が止まった。

地面に落ちたハムカツパンは見事に逆さまになり、その半分はヤンキー君のテッカテカの靴に乗っていた。

ソースでべチョべチョの地面と靴。

オレはゆっくりと視線を上げた。

鬼の形相になったヤンキー君はオレの胸ぐらを掴み、「そんなにパンをくれんのがイヤなんすか?」と言うと殴りかかってきた。

もうダメだ。死んだかもしれない。諦めたオレは歯を食いしばり目をつむった。

グァンッ!

殴られた音はするが痛みはない。

目を開けるとヤンキー君が鼻血を出していた。

誰だ?周りをみると先に河原に行っていたユッキー、サエブー、そして姫乃がいた。


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