第五章
第五章
「ハァ・ハァ・・ハァ・・」
まったく、パイオツまで10分で行って帰って来れる訳ないだろ。10分でやっとパイオツに着く距離だっつうのに・・・。
しかも、川から道路に出るまでの道はかなりの勾配で、心臓が16ビートで体中に血を巡らしてる様だよ。
おかげで体は暖まったけどね。
まったく姫乃のヤツ、ダッシュで買って来いとかぬかしやがって自分が負けたらどうするつもりだったんだ?
ヤツの事だから何だかんだ言い訳して、買いに行かないんだろうけどさ。
例え行ったとしても、絶対にダッシュなんてしないハズだ。
間違いない。
もう急ぐのは止めた。ゆっくり行こう。
周りを見ると、ちょうど下校時刻と重なり、生徒達がウジャウジャいる。
カバンを河原に置いてきた為、手ぶらなオレは、少しだけ浮いてる様に感じる。気恥ずかしいのでポケットに両手を突っ込み、斜め下を向いてパイオツを目指した。
そして、やっとの事で着いたパイオツは予想通り混んでいて、買うに買えない状態だった。
これじゃあ例えダッシュで来たとしても10分では無理だったハズだ。姫乃も納得するだろう。
・・・いや待て、まさかこの混雑を避けるためにダッシュを強調していたのか?
やけにダッシュ、ダッシュ言ってたもんなあ。多分そうなんだろう。
でもそんな事は知ったこっちゃない。こちとら罰ゲームとは言え、自腹切ってアイツ等に買ってってやるんだ、礼を言われても文句を言われる筋合いはない。
何はともあれパンを買わなきゃ始まりもしないし、終わる訳でもないので、とりあえずオレはパイオツの中に入った。
パイオツの中はもちろん混雑していて、容易にパンが買える状態ではなかった。とりあえず並んではみたものの、レジのオヤジまではかなり遠い。ヘタすりゃオレの番まで来ないうちに売り切れちまいそうだ。
それはマズい。買って来て遅いなら話も分かるが、遅くて、しかも買って来なかったとなると、何を言われるかたまったもんじゃない。
何とかしなければ・・・。
よく見るとオヤジまで二番手の位置に見覚えのある姿があった。
あの小さい、いかにも後輩っぽい女の子は・・・ユッキーだ。
この後輩っぽいってのは小さい、可愛らしい、何か妹っぽいっていうオレの個人的感覚で、他にも姉っぽい、親っぽい等の勝手なオレ独自の感覚がある。だから他人には分かりづらいと思うが、今はそんな事どうでもいい。なんとかパンを買うのをユッキーに頼めないだろうか?
ただ、ここで叫んで買うのを頼んだとしたら周りのヤツ等はどう思うだろう?
きっと大ひんしゅくだ。
これだけみんな待っているのに、割り込みの様な行為は人間的にどうだろう?
たしかにオレはマジメなヤツではない。でも、そんな人の道に外れた行為をやっちまう程、オレは悪でもない。
どうすればいいんだ?
オレがグズグズと迷っている間にユッキーは会計を済ませていた。
「あっ、先輩。こんにちわぁ。」
ハムカツパンを片手にユッキーがこっちへやって来た。
「先輩もハムカツパンですかぁ?もう売れ切れちゃいますよぉ。」
ユッキーに言われずとも見れば分かる。どう考えてもオレはハムカツパンを買えない。
そしてどうする事も出来ない。きっとあの三人にボロクソ言われてしまうのだろう。
「先輩、いいですかぁ?この時間、つまり放課後にハムカツパンを買うにはぁ、もっと早く来なきゃダメですぅ。
みんな最後のチャイムが鳴ると同時に来たりしてますからねぇ。中には授業サボってまで買いに来る人だっているくらいなんですぅ。それだけこの店のハムカツパンは人気がありぃ、かつ春校生にとってはレアな食べ物なんですぅ。ただの調理パンだと思って甘く見てはいけないんですぅ。」
三人に言われる前にユッキーにもボロクソ言われてしまった。ハムカツパンを買えないだけで、何でこんなに言われなきゃならないんだ?
「ユッキーも前にぃ、姫さんに同じ事言われたんですぅ。」
やっぱりアイツか・・・。
アイツはどんだけハムカツパンが好きなんだか・・・。
しかしそんな事言っても、パンを買えない事に変わりはない。
しょうがない、三人には謝って明日にしてもらおう。
「先輩、姫さんにパン買って来てって頼まれたんですかぁ?」
そうだよ。そうだよ。ソースだよ。オレがわざわざハムカツパンを買いにこんな混んでるパイオツに来る訳ないっしょ。
とりあえず、「罰ゲームでねェ、負けちゃったんだよ。」
負け犬感たっぷりに答えた。
「いいなぁ、ユッキーもゲームしたかったなぁ。」
「ゲームって言ったってただの釣りだよ。」
なにせユッキーには釣りがとても似合わない。釣りと言うよりは金魚すくいとかが似合う気がする。
「いいんですよぉ、釣りでも何でもぉ。みんなで遊ぶのが楽しいんじゃないですかぁ。」
無邪気な笑顔がやっぱり後輩っぽくて可愛い。
オレはユッキーの可愛らしさを再確認したところでバカ三人が待つ河原に戻る事にした。
すっかり客が引いたパイオツの外に出ようとするとオヤジがオレを呼び止めた。
「転校生のおにぃちゃん、パン買ってかないの?」
はぁ?そりゃあ買ってかないとボロクソ言われるし、買いたいけど見た感じ残ってないじゃんか。
「さっき姫乃ちゃんから、転校生君が行くからハムカツパン二つとコロッケパンとっといてくれって電話があったんだよ。」
電話で予約済みとは・・・、さすがパイオツのハムカツパンをレア商品というだけはある。さっきのユッキーの話にもうなずける程だ。
オレは姫乃が予約した貴重なハムカツパン達を大事に抱えパイオツを後にし、ユッキーは姫乃と遊びたいらしく、そのままオレに付いて来た。
「ハムカツパン予約しておくなんてぇ、さすが姫さんですよねェ。尊敬しちゃいますよぉ。」
そんな事で尊敬できるなんて、さすが姫乃信者だな。
「そう言えばユッキーと姫乃って昔から仲が良かったの?」
ユッキーは少し下を向いて、「姫さんと初めて会ったのはぁ、ユッキーが高校に入ってからですぅ。」
小さい頃からの知り合いだと思ってたから少し意外だった。
「ユッキー、中学の頃いじめられっこさんでぇ、高校は遠い所にしようと思って春川にしたんですぅ。
でも高校でもいじめられちゃって・・・。」
なんか変な事聞いちゃったな・・・。
「それでよく学校サボって河原に行ってたんですぅ。」
なるほどな、そこで姫乃と出会った訳だ。
「ユッキー、なんだかいじめられキャラなんですよねぇ。自分じゃ分かんないんですけどぉ、鈍くさかったりぃ、見てるとイライラするみたいで・・・。」
「でもほら、ユッキー可愛いし、妹っぽいから可愛がられるんじゃない?」
それが同性の同級生にはムカつく原因なのかもしれんが・・・。
「それでね、授業サボって河原に行ったら姫さんが焚き火してたんですよぉ。」
その頃から焚き火してたんだ・・・。
「最初、なんか怖かったんですけどぉ、焚き火に呼ばれたんで行ってみたんですぅ・・・」
「それで悩み相談とかしたんだ。」
「いいえ、何も喋んなかったですよぉ。焚き火に誘ってきた時も手招きだけだったしぃ、ずっと二人で焚き火にあたってましたぁ。」
「へェ、あんま喋んなかったんだ。」
姫乃にしちゃあ意外だな。
「あんまりというか全然ですね。それから、しばらくしてハムカツパン買いに行くよ。って姫さんが言ったので、はいって答えたのが最初の会話ですかね?」
うーん・・・会話ではない気がするが・・・。
なんだか青春映画の男同士みたいだな。
ほんと変わったヤツだ。
「それ以来、姫さんとは仲良しさんなんですぅ。ってゆうかユッキーが姫さんにくっついてるって感じですけどね。」
なるほどねェ、姫乃はユッキーのお姉さん代わりってことなんだろうな。
ユッキーとのんびりまったりトークをして歩いていると河原が見えてきた。
遅かっただのなんだのと言われるだろうが、知ったこっちゃない。罰ゲームとは言え買ってきてやったんだ。文句あるなら自分達で行きやがれ。
ユッキーと河原に降りて行くと、やべっちとコタッキーは相も変わらず焚き火の周りでパラパラを踊り、姫乃は知らない女と話しながら釣りをしていた。
ウチの制服を着ているから同級生だろう。
「あっ、サエさんだぁ。」
ユッキーは知っているらしい。
また可笑しな姫乃軍団の一員じゃないだろうな・・・。