私の知らない他校の制服 -第3回ー(全7回)
翌日の放課後、ラモはダンス部の深夜練に出るから夕方は暇だというので、スタバに誘った。
マックやサイゼは、うるさくてあまり好きではないからスタバかデニーズによく行く。出費はかさむが、仕方ない。
私の家はお小遣い制+αで、+αとは、高い買い物や必需品(服も含まれる)は相談すればお金をくれる。
アルバイトを原則禁止してくれた校則のおかげで、お金に不自由することはない。
スタバで大きくて甘いものを注文して、夕飯が食べられないと流石に怒られるので、小さいやつをいつも飲んでいる。ラモも私に合わせて同じようなものを合わせて飲む。
ラモは、中1から使っているという少しボロい手帳を広げつつ、
「やっぱ、ランドに行きたいっていう人の方が多いから、ランドになるかもね」
と、相談を切り出す。
10月の学祭が終わった後、打ち上げも兼ねてクラスでディズニーに行くことになった。
ラモはダンス部優先で、クラスの出し物に参加出来ないので、代わりに何か手伝うよ、ということで、学祭の打ち上げ係を買って出たらしい。
夏休み直前に、クラスの女子の少数でディズニーランドに行ったことがある。
私はその帰り、次はディズニーシーに行きたい、とラモに言った。
しかし、今回は多数決なら仕方ない。ランドでも十分楽しい。でも。
「やっぱシー、行きたい。2人で行かない?朝からじゃなくて、夜だけのやつでいいから」
ただでさえ忙しいラモを困らせるようなことを言い出した私。
ディズニーはアフター6、午後6時以降の入場なら安いし、学校が早く終わる日なら、平日でもギリ行ける。
「あー、ちょっと待って、うーん」
ラモは手帳を確認している。
まあ、平日は無理だろうと私も思うが、どうせ無理ならさらに
「次の日曜は?」
思いつきの勢いに任せて、さらなる注文を重ねる私。
「次の日曜は無理。部活、夕方にあるから」
なぜか、スケジュールを睨んでいるようには見えなかったが、そんな注文は無理だと分かってて聞いた。
ラモによると、10月に空調だかなんだかの工事で午前授業の日があるらしい。
私は把握していなかったが、ラモはきちんとメモをしていた。やっぱコイツすげえ。
行くとなると、10月に2回もディズニーに行くのか。うん、悪くない。
多少強引に誘ってしまったが、その午前授業の日に、2人のデートは仮決定となった。
その週の日曜日の夕方。
リビングで勉強を始めたはいいが、それを机に広げたまま、もう横になってスマホをいじってしまっている私。
ママが作る夕飯の匂いで集中出来ないと、そういうことにしておこう。
「キミさ、ちょっと暇ならキッチンペーパー買ってきてくれない?」
とママが大きめの声で私に言う。
暇なら?暇に見えたのか私は。
机に広げたままの数Aのプリントに睨まれたような気がした。
私は立ち上がり台所へ。
ママが濡れた手で千円札を手渡してくれた。
「アイスも買っていい?」
「じゃあ、皆の分も買っといて」
キッチンペーパーがいくらかは知らないが、お釣りで買おうと思っていたミニストップのソフトクリームは200円を越えるので、それを4つも買うとなると現実的ではない気がした。
ちなみに自分の財布は持って行かない所存です。
家から近いコンビニはセブンとミニストップ。どちらも大体同じ距離くらいだ。
どうせソフトクリームの線は消えたので、セブンイレブンに行くことにした。少し大きな店舗なので、キッチンペーパーは売っていそうだ。
今日はもう外出しないつもりだったので、上は中学の時の卓球部のポロシャツ、下はこれまた中学の家庭科で作ったハーフパンツ。
コンタクトも外していて、家でしか使わない眼鏡をかけていた。
ここまでくると、履ける靴ならなんでも良いので、パパのクソダササンダルで歩いて行くことにした。
大きなサンダルを少し擦りつつ、夕方を歩く。
私の背には「荒谷第二中学校卓球部」と明朝体で書かれた文字。私はまだ15歳なので、ド金髪であること以外は中学生に見えるだろう。
どうせ誰に会うことも無いので、どんな格好でも構わない。
実際、ママのおつかいなんて子供のすることだよな。お釣りでアイスも買おうとしてることだし。
日曜日の夕方は心地良い。
押し寄せる月曜日の足音で憂鬱になる人も多いかもしれないが、私は、日曜日の夕方にしかない匂いがある気がして、それを感じながら見慣れた住宅街を歩くのが好きだ。
キッチンペーパーは普通にセブンイレブンに売っていた。
アイスは箱で売っている”何本入り”みたいな適当なものを買った。
拙い裁縫がされたポケットにお釣りをしまい、家に戻ろうとした。
大きな街道を挟んで反対側の歩道。空いているバスが何度か行き来した。
その反対側の歩道にラモが居た。
最初は似ている人かと思ったが、目を凝らして見るとやはりラモ本人だった。
問題は2つ。
ひとつは、ラモの前に立つ背の小さい初老の男性。父親にしては年がいっているように見える。そしてラモはうなだれたまま、何か揉めているように見える。
初老の男性がラモの手を掴もうとして、それをラモが振り払う。
事案だ…いや、事件だ!
手を振り払った後もラモはその場から動かず、男性に何かを言われているようだった。
私は動けないまま、ラモと初老の男性は同じ方向へと歩いていくのを見ていた。
問題はもうひとつ。
ラモはブレザー、制服を着ていた。
私の知らない他校の制服を着ていた。
そのせいで、最初はラモに似ている人だと思った。
だって今日、この時間、ダンス部の練習があるからと、私はラモから聞いていたのに。
ラモは私に嘘をついてまで、私の知らないことをしている。
たとえ何かの事件だったとしても、私は見ているだけで何もしなかった。
反対側の歩道は、5車線も離れた遠い場所。
私は、ラモではなく、溶けてしまうかもしれないアイスの心配をした。