私の知らない他校の制服 -第2回ー(全7回)
放課後、となりのクラスのD組に呼ばれた。
D組の女子、D女たちは菓子パ(ーティー)をよくやっている。
誰かの誕生日に合わせて始めた催しだったが、最近は用事が無くても集まり、お菓子を食べながら話す。
入学したての頃は、学校でお菓子を食べられるなんて!と高揚していたけれど、それが当たり前になると有り難みも薄い。ただ惰性でカロリーを貪っているダメな集団は、平日の昼間に実りのない話をするおばちゃん像に重なる。
将来なりたいものが何も浮かばない私でも、なりたくないものはそういうものだとハッキリしている。
今日、そんな集まりに消極的になっていた私を誘ってくれたのはラモだ。
私が人間関係を面倒臭がっていることを心配して、久しぶりに誘ってくれたのかもしれない。
引きで見ていて好ましくない集団だと思っていても、一人一人は悪い子ではない。私以外に”追々試”を受けた人はここでしか出会えていない。
おそらく学力のレベルでいったら、ラモより私と近い人たちかもしれない。会話もそれなり弾む。
でも、ラモの誘いがなければ絶対に行かないと思う。
私が派手めな格好になってから、D組に入ると一瞬違う空気になることを、私は感じているから。
教室移動や昼休みにすれ違う彼女たちは、私と目を合わすわけでも合わさないわけでもない形で軽く会釈する。1学期の頃は手を振って名前まで呼んでくれていたのに。
全員と仲が良いままでいる必要なんて無いわけで、時間が空けば空くほど、こうなるのは仕方ない。
そんなブランクがあっても、この菓子パという集まりに参加していると、久しぶりに女子の集団の1人になれているような気がする。
会話があっちこっちに散らかるのも心地よい。単に、私は寂しがり屋なのだ。
「ユタカ、こっち来て来て」
「ユ~~タ~~カ~~」
放課後のD組は私たちとユタカと呼ばれた男子しか居なかった。
ユタカは廊下側の席で、スマホのゲームをしていた。
いったん「え?」とこっちを見たが、すぐにゲームに戻った。指の動きを見るに、アクションか音ゲーの類だろう。
家に帰ってやればいいものを、女子しかいない集まりが行われている教室に残ってまでゲームをする理由があるのだろうか。
彼がいるせいで、私たちの会話にも少し制限がかかる。
聞かれて困る話や恥ずかしい話、つまり、一番楽しい話がしづらい。
「ユタカ~~、こっち来てって~~」
結果、私の目の前の子(名前がすぐに出てこない)は、ホームであるこちらに呼んで彼をイジることにしたようだ。
ユタカがスマホを持ちながらこちらにやってきた。
「何?」
「ちょい、そこ座って。ゲーム続けていいから」
近くにある椅子を引き、私の隣に座ってゲームを続けた。
ユタカは背が低い。髪の毛は洗いざらしというか、寝癖をつけたまま学校に来るような子のようだ。眼鏡で少し猫背気味。オタクっぽいというかコドモっぽい。
自分からは会話を振らず、聞かれたことだけに答える。
「彼女はいるのか」「好きなタイプは」「この中だと誰と付き合いたい」など、ただのイジり要素しかない質問を続けるD女。
少しかわいそうかなと思った私は、初めてユタカと会話しようと思った。
「なんで、教室に残ってゲームしてたの?」
「調子良かったから」
わかんねえよ。答えになってねえし。
ゲームに戻ったユタカからは、それ以上の説明は無かったし、知りたければこちらからまた質問を続けなければならない。
なぜ、こっちが会話をリードしなければならないのか。しかも、割と普通にラモとユタカは話をしていた。しかも全然分からない将棋の話。少しイラっとした私は、それ以上ユタカに話を振らなかった。
誰かが昔流行ったデスソースという激辛のソースを持ってきていた。
クラッカーに少しつけて、悶絶している。もちろん周りは爆笑だ。
ユタカは、辛いものが得意だというので、目の前の子(名前がまだ出てこない)がデスソースクラッカーを作って渡す。
それを食べたユタカは何ともない様子で、本当に辛いものが平気なようだ。
舌がバカなんじゃないのかと私は思った。
何となく私もそれを食べる流れになった。元々、ノリが悪いのは皆も分かっているが、せっかくラモが呼んでくれた場所の空気を悪くしたくない。
私は大の甘党で、辛い物が人一倍苦手だけれど、デスソースクラッカーを食べた他の子達のリアクションが大きすぎる気もしていた。
ならば、スマートに食べて皆と同じような反応をしようと思った。
それが甘かった。
いや、辛すぎた。辛いというか舌が痛い。痛さが続き、自分のほうじ茶のペットボトルを飲み干してもなお、痛みは治らなかった。
走って廊下のウォータークーラーまで行くも、使用禁止の貼り紙がされていて使えなかった。
さらに走り、流しまでたどり着いて、普段動かさない蛇口を上に向けて水をたくさん飲んだ。うがいまでした。
水が鼻に入ってえずいた。
私が、走ってD組の教室を出るとき、笑いは起きず、皆の心配そうな声が薄く聞こえた気がした。多分、危なっかしい子だと思われただろう。
でも、誰も私を追いかけてはこなかった。
流れる水道の音と、遠く聞こえる吹部の合奏。
少し落ち着いて窓の外を見ると、道場を持たない弓道部が駐輪場の横でよく分からない練習をしていた。
私は泣いた。
自分が何をしているのか、分からなくなった。
このまま帰ってしまおうと思ったが、携帯はD組に置きっ放しだ。
「亜子、大丈夫?」
暦の上で9月が秋だといっても、実際は真夏のまま。
まだまだ外は明るい。電気の消えた廊下に浮かぶシルエット。外の光が彼女の輪郭を作る。
私を迎えに来たのは、やはりラモだった。
丁寧に私の携帯まで持って来てくれていた。このまま私がフェードアウト出来るように、気を使ってくれたのだ。
そんな優しいラモの気持ちに応えたい。
「あの中で付き合うとしたら、私はラモが良い」
「亜子が男になったら考えてやるよ」
私は笑顔でD組に戻ることが出来た。
他の子も皆、私を心配してくれていた。
ユタカは居なくなっていた。




