12月に愛を囁いても、先輩はロボット物を愛してる
「先輩、進捗どうですか?」
「だ、大丈夫だ。ちゃんと寝る時間は確保出来る! 最悪朝一コンビニに行く手もある!」
物事は思う通りには進まない。たとえばクリスマスに向けてちょっと良い感じのお店に下見にいったり、たとえば告白の為に良い感じのプレゼントを用意したり、たとえば告白する為に最高の場所とシチュエーションと言葉を用意していたり、そんな努力が全て告白対象の手によって吹き飛ぶこともある。
切っ掛けはコミケに出る知り合いが売り子をやってくれるならスペースを半分分けてあげるからなにか書いてみない? と白衣セーラ先輩がオファーを受けけた事。ただし時期が12月の半ばである。それでも下手な事を考えずに小説投稿サイトに上げている有名どころの二次創作作品を紙の同人誌としてまとめるだけならまだ間に合う目はあった。
調子に乗った先輩が今書いてるオリジナルロボット物の序盤と設定資料集を纏めた50Pのコピー本を作ろうなんて事を考えてしまった為に地獄が始まってしまった。そもそも初めて作る同人誌で50Pという桁違いの厚み、イラストや漫画でないという事を考えてもキャパオーバーになりかねない量。
そしてそもそも時間が無いのだ、実質使える時間は休日込の一週間。どうせ半分以上投稿してる小説を改稿すればそれで終わりなのだからという甘い見積もりは、改めて設定を練り直した事によるエンドレスな書き直しによって完膚なきまでに後輩の考えたクリスマスプランと共に叩きつぶされた。
「先輩、コーヒーでも飲んで一休みしませんか?」
「だ、だがしかしだなぁ」
「10分前位からキーボード叩けてないのは分かってますから」
あうあうと言葉にならない文字列を呟く今は白衣を隣の椅子にひっかけているセーラー服の先輩に背を向けて備品である急速電気ケトルを片手に外に出た。辛うじて二人分の体温とこっそり持ち込んだ電気ストーブで温まっていた部室と比べると、誰もいない廊下は冷たくて身を振るわせる。
(うう、割と二人合わせて5000円のディナーは痛かったんだけどなぁ・・・・・・)
週に2~3日アルバイトで月2~3万の収入があっても、キャンセルの効かない五千円は痛かった。辛うじて副部長の伝手により3000円で売れた為、致命的な致命傷ではないが高校生の金銭感覚では理不尽に消費されると心が穏やかで無くなる金額である。
(まぁ、サプライズで先輩を驚かそうとしたのが悪かったのかもしれませんけど)
流石に白衣セーラ先輩も事情を知っていれば、素直に付き合ってくれたかもしれない。ただし半分以上原稿に気を取られた状態で。そうなればロマンチックな空気は台無し、告白とデートで同人誌は確実に間に合わず誰も得をしない状態になるのは目に見えている。だから後輩は見え無い場所でため息をついて着文を切り替える。
時刻はまだ15時05分、辛うじて序盤の改稿はすんでいるので後は設定資料集をまとめれば終わり。
勿論それにどれくらい時間がかかるのかとか、50Pのコピー同人誌にいったい幾らかかるのかとか、そもそも買う人が存在するのかという懸念はあるがそれは重要な事では無い。
「夕方までに終わればワンチャンあるかなー、いやそもそも終わる可能性は低いしなぁ」
そんな事を呟きながら手洗い場の蛇口をひねって水を注ぐ。人によっては気にするかもしれないが今は白衣セーラではない先輩も、そして後輩も一度煮沸するなら水道水を飲んでも気にしないタイプなので問題は無い。ケトルの半分まで水が溜まった事を確認し、一度リフレッシュした先輩がバリバリ作業を進めてくれればと思いながら後輩は部室に足を向けるのであった。
「いやぁ、まさか普通に家に帰れるとは驚きだな!」
「ええ、まさかあそこから持ち直して今日中にコピーまで終わるとは思っていませんでした」
時刻は午後20:00。あの後茶請けの菓子がないからとふと思いついて半分ネタで鞄に突っ込んでいたかつお節を先輩に投与した結果、一気に覚醒した先輩が2時間程で20P分の設定を纏めてしまったのだ。それを二人で下読して1時間。その後休んでもう一度誤字をチェックするので1時間。そして学校前にあるコンビニのコピー機を占領し一時間かけて同人誌を印刷し終えて店から出てきてこの時間である。
「しかし、あれだな・・・ モグ。コンビニの肉まんは何故こんなに美味いんだろうな、もぐもぐ」
「先輩、食べながら喋るのは止めてくださいよ」
ここまで無理に付き合わせたと、今は白衣を鞄にいれて白いコートを上から着込んだ先輩に無理やり奢ってもらったピザまんを片手に後輩ははぁとため息をついた。本来予定通りであれば学校の屋上で告白していた筈だったと思うとピザまん片手に学校前のコンビニで駄弁っている自分達の今の姿は――
「これはこれで、悪く無いって思っちゃうのは惚れた弱みって奴ですかね」
「ん? なんだ、何か言ったのか?」
さっきの一言を気にしてか、ももももと肉まんをかじっていた先輩がこっちに目を向けた。まぁラブコメでよくある黄金の難聴パターン。ロボット物ではあまり見ない展開だが後輩だってオタクである以上最低限の知識は持っている。それに沿うならなんでもありませんと言ってこの場はお開き、しばらく今まで通りの日常を続けるのがパターンである。
「ええ、僕は先輩の事が好きですって言ったんですよ」
黒ぶちセルフレームの向こう側で先輩の瞳が上を向き下を向き、ううむと唸って、顎を手に置き暫く思考を回してだいたい10秒程、何か納得がいったのかポンと手を叩いて先輩は顔を輝かせて言い放つ。
「ああつまりLoveではなくLikeだな!」
「逆です」
再び先輩は空転を開始する。夜空を見上げそのままくるっと背を向けてうんうんと唸って30秒、スマホを取りだしてまた戻し、頬が赤く染まった状態で後輩の方に向き直るが顔を直視することが出来てない。
あーうと無意味な音がでて、うううと顔を更に赤くして、無理に視線を合わせようとして失敗し、一刺し指でくるくるとウェーブがかかった長髪を弄ってようやく言葉を紡ぐ。
「つまり、どういう事だ?」
「いやぁ、折角のクリスマス。実は先輩に告白しようとディナーコースとか良い感じの告白とか色々考えて一か月前から準備してたんですよね。まぁ突然の同人誌作成によるデスマーチで潰れました」
「え、その・・・・・・ ごめん」
ぺこりと頭を下げる先輩は、状況を半分も理解せずにそれでも自分が後輩の計画を完全に叩きつぶしたという事だけは分かっていたようで、けれどそんな言葉を後輩は望んではいない。
「あー、いや、いいんですよ。これで気づけましたもん。俺が何されても先輩の事が好きだって」
「その・・・・・・ まって! まってくれ! 何時から!? え、え!?」
「出会って初日から」
「一目ぼれ!?」
「あの強制連行からの流れでひとめぼれは無いです」
あう、と顔を下げて指をモジモジさせるコートセーラ先輩。地味に色が白いのは白衣イメージだからなのだろうなんて無意味な事を考えながら次の言葉を待つ間に、学校とコンビニの間にある道を何台か車が通り過ぎていく。
「なんで、どこがだ?」
「ロボットアニメを楽しそうに語るところですかね、それで参っちゃいました」
「つまり、その・・・・・・ ロボットアニメはそこまで好きでは無かったのか?」
少しだけ寂しそうに先輩が呟く。自分目的で部活に参加しているだけでロボット物についてはそんなに好きでは無かったのかと、そういう気持ちが湧いて来たのだろう。自分だけワイワイ盛り上がって相手はそんなにでも無かったと、無理に自分が付き合わせてしまったのかと寂しそうな顔で問いかけて来る。
「まさかぁ、好きですよロボット物。ただし世界で2番目に、出来れば先輩が僕に対して・・・・・・ 好きだと思ってくれている位には、たぶん僕はロボットアニメやロボット物が好き、だったらいいなぁと」
黒ぶちセルフレームの向こう側で先輩の瞳が上を向き下を向き、ううむと唸って、顎を手に置き暫く思考を回してだいたい10秒程、顔を真っ赤にしながら先輩は――
「その、ごめん。私は君の事が嫌いでは無い。好きだと言っても過言では無い。けれどそれはLikeであってLoveじゃないと―― たぶん、思う。すまない、私にとってのロボットと同じレベルで私の事を好きだと言ってくれる君の好意と釣り合いが取れているとは思えない」
そう、後輩からの告白を正面からバッサリと切り捨てた。ふぅ、と息を吸う。かなりショックで頭がぐらぐらするし今すぐ泣きながら後ろを向いて帰って布団にくるまりたい程最悪な気分で胸が潰れそうになっているのが分かる。だがこの展開は予測済、ずっと前から切り返しの言葉は考えてあって――
「先輩は、僕といるのは楽しくないですか?」
するりと口から飛び出した。
「楽しいに決まっているっ! 先輩達が受験の為8月で部室に来なくなって! 頭を下げて幽霊部員を集めて、ほとんど一人でロボットアニメを見ながら小説を書くだけの半年がどれだけ辛かったか! 君が来てくれてからの半年がどれだけ輝いていて、楽しかったのか! ああ、君が望むなら幾らでも語ってやる!」
それに対して先輩は爆発した、顔を真っ赤に、半ば泣きながら、辛うじて他のものが顔から出るような事は無かったが一歩間違えばもっとぐしゃぐしゃで酷い顔になっていたかもしれない。勿論そうなっていたとしても後輩は先輩の事が嫌いになる事は無いのだが。
「じゃあ付き合いましょうよ」
「何故そうなるっ!?」
やや跳躍した結論に大きな声を上げる先輩。だがここまで来れば逃げたい気持ちも収まった。後はごり押しでゴールまでもっていくだけでいい。
「先輩って誰か好きな相手いますか?」
「・・・・・・その、男の人という意味では。うん君の事が一番好き、だな。うん、アニメのキャラをそういう目で見るオタクも多いが、私はそういうタイプではなく人間関係とカップリングを楽しむ派だし」
顔を真っ赤にしたまま、視線を四方八方に向けつつそれでもどうにか目線を合わせようと一生懸命な先輩に一歩踏み込む。びくりと体を震わせるが先輩は後ろに下がらなかった。
「じゃあ、ロボットアニメがアニメのジャンルで一番好きじゃないと見ちゃいけないんですか?」
「そ、そんな事は無い! 魔法少女物が好きでも、ヒーロー物が好きでも、アイドル物が好きでも! ロボット物を見たいと思ったら見てもいいに決まっているじゃないか!」
「じゃあ、ロボット物が一番好きで、それより恋愛の優先度が低くても、相手の事が好きだったら付き合っても良くありませんか?」
「それはその、不誠実では?」
もう一歩、足を進めながら食べかけのピザまんをこっそりポケットに突っ込む。傍から見るとマヌケな絵面かもしれないが、この先もっとマヌケを晒すよりはまだマシだという判断である。なお先輩はその事実を認識していないようなので問題は無い。
「大丈夫です、そもそも僕はそういうロボット物を愛してる先輩が楽しそうで好きになったんですから」
精一杯の決め顔を目指し、だけど恐らくは真っ赤でいっぱいいっぱいな顔である事を自覚しつつももう一歩踏み込んだ瞬間、先輩がはっと自分の手に視線を向ける。食べかけの肉まんがそこにあり、おろおろと周囲を見渡し一瞬目が合って、いそいそと食べかけのそれを包み紙に包んでポケットに詰め込んだ。
それを指摘せずにスルーして、そのまま先輩を抱きしめる。幸いな事に先輩は抵抗しなかったし肉まんとピザまんの匂いよりも女の子特有の良い匂いが後輩の鼻をくすぐった。
「それで、先輩。僕と付き合ってくれますか?」
「り、リテイクだ」
抱きしめたまま、後輩は固まる。正直な話はいかイエス以外の返答を考えて居なかったので、頭が回転を止めて混乱状態に陥って、背中につぅっと汗が流れるのを感じる。
「リテイクだ、ああリテイクだとも! こんな事態になったのは私が悪いのは謝るが、謝るがこのタイミングでこの展開はない! ここでイエスと応えてみろ。一生折角の告白が肉まんに支配されるぞ! それは断固として拒否する!」
「えっとつまりどういう事でですか?」
焦りで緩んだ両手をするりと抜け出し後輩に背中を向けて、コートセーラ先輩は語りを続ける。
「つ、つまりだ! もっとちゃんとした! ロマンチックで、出来ればロボット物の要素もある最高のデートでもう一度、ちゃんと! 告白してくれ! 返事はちゃんとハイで応えるからな! 多少ダメでも妥協するし、よっぽど酷かったらもう一度リテイクを出す!」
言葉の途中でくるりと回り、こちらに目を向け胸を張り最後まで無茶なようで甘々な要望を先輩は口にする。その意味を理解した上ではぁとため息をついた。けっこう我儘だとは思うがけれどこう言われて引いてしまうようのは男ではないし、ある程度事前に立てた計画の流用も可能である。
「ほんと、我儘ですね先輩」
「なぁに、私がロボットを愛するように私を愛してくれているのだろう? ならそれ位の事はしてくれ。わたしもまぁ、その、ちゃんと・・・・・・ 望むような形で応えられるように努力する・・・・・・ からな?」
先ほどまでの偉そうなドヤ顔は途中からしぼんで消えて、赤面しながら後ろし出す。暫く口の中で言葉を纏めて、あーでもない、こうでもないと、どうにか話を続ける。
「そも、それから金銭的に厳しいならその、此方から出す・・・・・・ のは男性のプライドの問題があるだろうからせめて割り感くらいは、その――な?」
「じゃあ付き合ってからのデートは割り勘でお願いします。けどまぁ付き合う前の、告白の為のデートは全部こっちで出しますよ。後輩で年下ですけどそこはまぁ男の意地で」
「そうか、うん・・・・・・ じゃあ期待しているからな?」
そう満面の笑みで、先輩が伸ばした手を反射的に掴んでしまった。一瞬どうしようと思うもそれを察してかちょっと頬を赤くして言葉を続ける。
「その、先輩後輩以上、こ、恋人未満だからな! 家に送る程度は期待していいだろう?」
「先輩、ぶっちゃけ先輩後輩の時からそれやってます」
「う、うるさい! 手をつないだりはしてないだろうっ!」
半分拗ねたように、それでも嬉しそうに手をつないだまま。先輩は後輩を引っ張って家に向かう。はははと笑いながら、さてどんなデートプランでいつ仕掛けようかとそのまま引っ張られることにした。
なおこの後、告白の為のデートでもうひと悶着あるのだが、何だかんだで無事に終わって副部長が砂糖漬けになりブラックコーヒーを愛飲するという事実だけは変化することはないという事実を記してこの物語の幕を閉じる事にする。
終わったぁ! 本来月一更新でクリスマスに完結させようと思ってたんですがね。色々あって凍結状態になってた話を無理やり突貫工事で完結させました。出来は兎も角完結させたことを喜びたいと思います。