11月に先輩もロボットも関係なく恋愛を相談する
「あれ~ 後輩。かつぶしは何処いった?」
「かつぶしって…… あああのネコの名前でしたっけ?」
11月の半ば、文芸部室に意外な組み合わせが揃っていた。普段は漫画研究部のエースをしながら幽霊部員として文芸部にも所属している副部長。そして部長の白衣セーラ先輩を除けば唯一真面目に活動している部員である後輩。副部長が顔を出すのは週一ペー、それも基本部長とセットで現れる為、この二人の組み合わせは滅多に無い。
「そーそ、折角好物のカツオ節持ってきたんだけどなぁ……」
「折角ここにいるんですから、猫を弄るより先に書きましょうよ」
「やーだよ、漫研で描くのに疲れてリフレッシュしに来たんだし」
かつぶし~ どこいった~ と猫なで声で机の下や棚の上を副部長は覗き込む。後輩に背を向けて屈んだ時はスカートの中身がちらりと目に入ったがしっかりとスパッツでガードされている。普通はこれ位ガードが固いもんだよなと、胸とかパンツとかブラジャーとかよくちらりと見えてしまう白衣セーラ先輩の緩さが不安になった。
「というか今日はまだ見て無いんですけど?」
「甘いね、あの子ならどっかに挟まっていてもおかしく無いよ?」
そう言いながらロッカーの中まで調べ始めたが結局見つからずにはぁ、とため息をついてパッケージングしたカツオ節の袋をずいと差し出してくる。透明フィルムに赤の縁取り、一袋3g以下の容量で手軽に使えて便利なアレ。
「食べる?」
「食べません」
テンポよく返された否定の言葉に対し、だよね人間はカツオ節をむしゃむしゃ食べないよね。そんな事をするのは部長位だよねと呟きながら鞄の中にそっとしまう。後輩は一瞬だけ考え込んで副部長が白衣セーラ先輩を人間にカテゴリーしてない事に気が付いた。
「食べるんですか、部長が」
「うん、小分けのスナック菓子感覚で」
女子高生がスナック感覚でカツオ節を食べるのは絵面としてかなりシュールであるが、そもそもセーラー服の上に白衣を着ている時点で十分に変な感じなので一周まわって安定感があるようにすら感じる。
とりあえず鞄の中にかつお節を入れておこうと決意した。
「そーやーさ、後輩君」
「何でしょう、副部長」
「部長の事、どれ位本気で狙ってんの?」
暫く無言の時間が続く。カチカチと壁掛け時計から針の音が10回ちょっと聞こえた後でようやくあーと彼の口から言葉未満の何かが飛びだした。そしていー、うー、えー、と訳の分からない事を呟き一回唇をぺろりとなめてようやく意味のある文字の羅列を口から取りだせた。
「どれ位本気って?」
「いやほらちょっとセフレにしたいなーとか手頃だからとか押せばいけるんじゃないかなーみたいな、そういう感じで狙ってるなら親友として止めようかなって。あの子いろいろ隙だらけじゃん? 行動パターンは兎も角、そこそこ見た目だけなら、まぁうん、性格で台無しだけどカワイイし」
いつの間にか副部長は机の上に座って値踏みするような視線を向けている。どうやら自分で思った以上にさっきの言葉で脳味噌がショートしていたらしい。しかし友人だからと心配しているのは分かるのだがあんまりな物言いには少しだけ反感が湧いたが、客観的に見れば事実なのでぐっと飲み込む。
「ぶっちゃけ、そういう対象として見るなら副部長の方がおっぱい大きいですし。それに――」
「それに?」
牽制半分、本気半分の言葉を副部長は華麗にスルーする。もし部長にこんなことを口にすれば面白いように慌てだすのだろう。
「何より、普段から白衣着てるのは無いですわー」
「あーうん、それはちょっと否定できないかなぁ」
「けど、先輩って凄い楽しそうなんですよね」
立ち上がって窓の方に向かう。3階から見下ろすと裏庭の端っこで三毛猫が歩いているのが見えた。下に居ますよとあとで副部長に教える事を決意しつつも、自分がどれだけ白衣セーラ先輩の事が好きなのか
頭の中で考えると自然に口が動きだす。
「まぁ初対面で半分無理やり拉致られるようにここまで引きずられてそっから放課後までノンストップでロボットアニメ鑑賞だったんですけどね。割と美人で可愛くて好みの相手であっても許される範囲を超えてる気がしなくもありませんよ」
「そ、そんな強引な手段で部員になったの?」
どうやら4月に部長主導で行われた部員勧誘については副部長は何も知らなかったようで、くるりと振り返って顔色を確認すると机の上に座ったままダラダラと汗を流していた。まぁ同じ方法で部員を集めようとしたのを必死に後輩が止めたからこそ騒ぎにならなかったのだけれども。
「まぁ最初は変な先輩に捕まったなーって思ってたんですよけどまぁ、見せてくれる作品はセンスもいいですし結構話も合いましたし、はしゃぎながら作品を笑顔で見てる姿が凄く魅力的で、僕も楽しくなっちゃったんですよ」
たぶん今自分の顔は真っ赤になって居るのだろうと後輩は思う。気づかれている自覚はあったが改めて言葉にして他人への好意を形にするのは年頃の青少年にとっては恥ずかしい事である。
「うわぁ、うわぁ、なにもう何かお腹いっぱいなんですけど……」
「けどまぁ、あの人鈍感ですし、その上でちょっと最初の1ヵ月くらい振り回されたお礼も兼ねて良い感じに恋愛的にちょっかいかけたり、思わせぶりな態度をとったりして遊んでたんですよ・・・・・・本当に」
「ほーんと、イイ性格してるねぇ。それで最終的どうするの?」
先程までの値踏みするような視線は完全にノロケに参ってげんなりした物に変わってしまっているが、それでも親友をどうするのかと副部長は尋ねて来る。どうやら圧倒的なノロケ力で実は遊んでいたわけでは無くヘタレゆえに最後の一歩を踏み込めていなかったという事実は看破されなかったらしい。
「いや、クリスマスに舞台を整えてから告白する予定なんですよ。成功すると思います?」
「ほう、成功すると良いねぇ。その前に私の体をエロイ視線で見てたってあの子に言っておくけど」
攻守一転、ノロケ話で稼いだ優位性は最初のジャブで放った言葉にひっくり返され、ギブアップした後も言葉のマウントポジションで下にいたかつぶしが部室に帰って来るまで延々とからかわれたのだった。