5月に吹く風の中でGを語る
10話位で完結予定、短期集中連載で完結(予定)
「先輩、この部屋って文芸部の部室ですよね?」
「ああ、その通りだが?」
「なんで連邦の白い奴のアニメが上映されてるんですか?」
季節は初夏、とある地方に存在する高校の文芸部にはTVがおいてある。既に21世紀に入って10年は過ぎているのに未だに古臭いブラウン管が入った24型の立方体が棚の上に鎮座していた。
その上にはアンテナはなく、三毛猫がごろごろ喉を鳴らしながら昼寝をしていて、その下の厚いガラス画面の中で新人類に覚醒した主人公が真っ赤な巨大兵器を素手で殴り倒している光景が映し出されている。
「別に彼は連邦軍に所属してる訳じゃない」
「それは知ってますけど、そうではなくて」
カタカタとノートパソコンに文字を打ち込んでいる男子の方はごく普通の少年。目立って不細工でもなければカッコ良くもない中肉中背。派手に制服を着崩すこともなければ、逆にボタンを上まで止める程かっちりもしていない。ちょっと目を放せば風景に溶け込むタイプ。
対してぼーっとブラウン管を見ている少女と呼ぶには大人びた、それもダメ人間の香りが強いセーラー服の女性は印象的だった。黒髪ウェーブヘアーに黒縁メガネ、その下の瞳にはだらけようという強い意志が感じられ、そもそもセーラー服の上に白衣を着込んでいる。
場所が化学部だとか、ロボコン部とか、そういう白衣を着る事に意味がある部活ならまだしも文芸部で、それも普通にプリンターとノートパソコンが存在している汚れる可能性が少ない処で纏うのは完全にコスプレの範疇でしかない。
「真面目に活動してしっかり成果を出さないと、マイナーな同好会に部室奪われますよ?」
「それは困る、そうなると私はどこでロボアニメを見ればいい?」
「見てても良いから、手を動かしてください。手を……」
後輩は一台のノートパソコンを指さすが、白衣セーラの先輩は大きくため息をつく。
「そっちはネットワークに繋がってないじゃないか」
「繋がってたらアニメ見るでしょ? アニメ」
だって見たいんだもんと駄々をこねる先輩を無視しながらノートパソコンを開いて起動する。
古いバージョンのOSは既にサポートが終わっているが文章を打って物語を紡ぐだけなら問題は無い。
「うー、だって私は昨日も深夜まで小説を書いていたんだぞ?」
「二次創作だと文芸部的に小説を書いたことにはなりませんからねぇ。書いてください」
普段使って居るものよりもずっと古いバージョンの起動画面に、少しだけ懐かしさを覚えながらパスワードを入力してデスクトップを開く。パスワードは1234PASSWORDという情報セキュリティという言葉に喧嘩を売っている文字列なのだが、内部の流出したとしても過去に在籍していた先輩な皆様の黒歴史が公開される程度でしかない。
「皆が愛してくれる我が作品は認められない、何故だ!?」
「面白くとも学校の部活動における成果としては認められませんよ」
二次創作が一次創作に劣るということはない。しかしそれがファン心理であっても他人が作品を元にしているのは確かであって、たとえ千人単位で読者が付いて居たとしてもその作品そのものが直接的に成果として認められるわけでは無い。元作品が持つ魅力があってこそという部分が大きい訳であり、文芸部的に新人賞やコンクールに応募できないのが致命傷である。
「面白く無いのか、私の作品が?」
「面白いから一次創作も書いて欲しいんですよ」
その言葉にそうか、面白かったのかと彼女はニヤリと微笑む。折角普通にしていれば10人中8人、いや7人…… 惚れた弱みと身内贔屓を除けばまぁ5人は美人と呼べるレベルの顔が非常に残念なことになってしまうがそれでも魅力的に感じてしまうのは完全に参ってしまっているという事なのだろう。
うむむと唸りながら、カチャカチャと物語を紡ぎ始めた先輩から目を放しふとテレビを見やると物語は終わってエンディングが流れていた。もっとエンジンが掛ってくれれば良いのになと思いながら自分の作品を書き進めていく。内容はごく普通の文芸部でダメな男の先輩に恋をしている女の子の物語。
当然自分と先輩をモデルにしているのだけれども、性別を逆にしている為か鈍感な先輩はその事に気が付かず何故ロボットを出さないのかと指摘してくる。
ただ、ここでこの作品の裏にある意図に気づかれてもそれはそれで困ると思いつつ、彼は5月の爽やかな風を感じながら先輩に執筆を促すのであった。