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それは虎穴ではない / trick or tora tora tora その2



 数日後、スチートから北西に約二百キロメートル離れたところに位置する『ビルダン』の高級宿泊施設の一室は血みどろのリネン達を床に貼りつけた。たった二人の交渉役に五人のアイテル使いは負けたのである。

 その中でセフメットは命を落とした。彼はナヴィガトリア中心メンバーの中で唯一シャット系のアイテルを深く理解している者だった。その事実にいち早く気づいた交渉役の一人が真っ先にその戦力を削ったのである。細身で柔軟な肉体から発せられる美しいアイテル流はその輝きを限界に到達させることなく暗闇に落ちた。

 エルノウはこのセフメットが現代を支えるアイテル伝道者になるかもしれないと密かに期待していただけに、その刹那の選択を激しく後悔した。またセフメットを助けようと陣形を乱したドラゴンは相手のオープンアイテルの餌食になり全身の骨を折った。



 リネンには太郎がついていた。エルノウの予想に反して太郎は健闘した。しかし交渉役の若い男の狂気には敵わず、リネンの腹部に深い傷を作った。

 結果的にポチの悪い予感は現実のものとなってしまった。予想できなかったことがあるとするならば、それはリネンですら帰還不能の事態になるまで深刻化してしまったことだった。つまりポチは選択を誤ったのである。



 この絶体絶命の状況を打開したのはエルノウが度々その目と感覚で捉えてきた『青き閃光の者』だった。会場に入り込んできた青き者は、禍々しくも強力なアイテル使いに二秒で退散させたのである。その凄まじい暴力はエルノウの脳裏に微かな記憶を呼び戻したような気がした。

 太郎とエルノウはその青き者に対し早々に礼を言い立ち去ろうとした。だが相手はエルノウ達を次の標的にした。

 リネンとドラゴンの傷はさらに深刻度を増していく。エルノウは太郎にリネンを連れてアジトに戻るよう指示し、太郎がそれに従うとエルノウは青き者を本気で睨みつけた。


「右腕一本、これで帰ってくれよ……」


 太郎達が脱出すると相手は青い発光を解いた。するとそこには若い人の女性の姿があった。目鼻立ちが綺麗に整った、口の右下についているほくろが印象的な小顔の美女だった。

 エルノウはわずかの動揺も表に出さず、かつての実力を右腕に解放させ女性の懐に突進した。

 彼はその最中腕が熱く焼け焦げていくような感覚に襲われた。一方の若い女性も真剣な表情のままエルノウの攻撃に備える。二つの力の衝突はビルダンの街全体に振動と轟音を響き渡らせた。



 太郎は背中に背負ったリネンの腹部を自身のアイテルで覆い被せながら全力で走っていた。アイテル流を全てリネンに使っているため貧弱な太郎の足はその精神力に委ねられた。彼は朦朧としながらもアジトではない場所を目指す。


「リネンさん、死なないで!!」


 アジトには既に誰もいない。協議の参加メンバーの中でこの事実を知っていたのは太郎だけだった。それは出立の際ジャロスに直接指示を出したのが太郎だったからである。


「エルノウさん、ドラゴンさん、なんとか逃げ延びてください!」


 彼は走った。

 リネンの暖かい胸をその背中に感じながら死ぬ気で前に進む。

 太郎とリネンの頬が何度も擦れた。

 彼は悲しさの中に嬉しさの絶頂があることを素直に喜んだ。

 やはり、自分の考えは正しいと再認識していた。



 リネンは激痛と闘いながらも昨日のポチとコトリと交わした会話を思い出していた。二人の話をより深く理解していたらこのような事態にはならなかったはずだと、彼女は後悔していたのだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「ブラウ・ビット?」

「そうだ、もしもの時はこれで敵を殲滅するのだ」

「でもエルノウさんがくれたアーカ・ドライヴがあるし」

「あれはシャット系のアイテル補助器だ。あれでは今のリネンには逃げることしか出来ないのだ」

「シャット系?」

「そうだ、アイテルには大きく分けて三つの種類が存在する。『オープン』アイテルと『シャット』アイテル、そして『ヴォイド』アイテルだ」

「じゃあこれはなに系のアイテルなの?」

「それはヴォイド系の補助器を兼ねた『兵器』だ」

「この棒が? なんかゴムみたいにふにゃふにゃだよ」

「アイテルの話に戻そう。三系統のアイテルにはそれぞれ変換順序と浸透法則がある。まずは変換順序の説明からしよう。そのアーカ・ドライヴを例にするとシャットアイテルは発動したままオープンアイテルに移行することは出来ない。つまりシャット中にオープンは使えないということだ。それに対してオープンはシャットに移行できるがヴォイドには出来ない。シャットはヴォイドに移行可能だ」

「複雑でよく分からないけど、三竦みみたいなものなのかな?」

「残念だがそうではない。ヴォイドアイテルだけは両方に移行することが出来る」

「なるほど。じゃあこのブラウ・ビットってやつは優れものってことだね」

「万能ではないがはじめはその程度の認識でいいだろう。次は浸透法則についてだ。これは単純に言えば攻撃と防御の関係性についての法則だと思ってほしい。まずはシャットからだ。これはシャットとオープンにのみ攻撃が当たるようになっている。つまりヴォイド系の防御には効力がないということだ。続いてオープンはシャットとヴォイドにのみ攻撃可能、ヴォイドはヴォイドにしか効果がない」

「これもちょっと複雑すぎてすぐには全部理解できないよ。ええと、アーカ・ドライヴはシャット系でブラウ・ビットがヴォイド系だから、あ、そうか。この組み合わせならどちらも両方使えるんだ」

「だな。とりあえずだ、リネン、それを使ってみろ」

「う、うん分かった。まだ慣れてないけど、ふん」

「どうだ」

「うわわ、形が変わった!」

「そうだ、このブラウ・ビットは使用者の意思に合わせてその形状を変える武器だ。いざという時、なにかに襲われそうになった時にそれを使うがいい。ちなみにそれはアーカ・ドライヴと違って形状を自由に固定できるから好きな形にして身につけておくのだ」

「ありがとう、ポチ。必ず無事で帰ってくるからね。お留守番よろしくね」

「ああ、しかし無理はするなよ」


「あれあれ~お二人さん、なにを話していたのかな?」

「あ、エルノウさん」

「おぬしがリネンを裏切った時のことを考えて対策を練っていたところだ」

「おうおう、そいつは穏やかじゃないね、どれどれ、なにをもらったのかな? お兄さんにも見せて見せて」

「はい、これです」

「おいばか……」

「ほう、これは。ヴォイド系のアイテル専用武器じゃないですか」

「おぬし、聞いていただろう」

「ばれた?」

「はい」

「ふうん、しかしねえ、これってさ、確かに第三者に対しての攻撃にはもってこいの武器だけどさ、リネンちゃんにはまだ早いでしょうよ」

「そうなんですか? でも私さっき使えましたけど」

「ロボのおじさん、あんた『アイテル流』について説明していないでしょう?」

「なぜおぬしがそれを知っている」

「だっておじさん独り言多いし、もう結構憶えちゃったよ」

「この地獄耳が」

「あのねリネンちゃん、アイテルっていうやつにはさ、力の加減みたいなものがあってさ、その中でもヴォイドアイテルっていうやつはそれはそれはもう膨大な力を使わないと攻撃なんて出来ないのよ」

「そうなの? ポチ」

「今はな、だがこの戦乱を生き抜くためにはいつか理解しないといけない能力だ。使えない今のうちから感覚を磨いておいたほうがよい。それと、もしもの時のためだ」

「それってさ、本気で俺を疑っているってわけ?」

「まあ、そういうことでも構わない。我は常に可能性について最善を尽くしているだけだ」

「私、これいらない」

「どうしたのだリネン」

「エルノウさんを常に疑っているなんてそんなの、悲しいから」

「さすがはリネンちゃん、普通はそうだよね。やっぱりこのおじさん、変だよ」

「おぬしには勝てぬわ」

「うん、それも知ってる。でもねリネンちゃん、それは持っておいたほうがいいと思う。絶対に俺はリネンちゃんを攻撃しないけど、必ずしもリネンちゃんを守りきれるとは言い切れないからね。自分のことは自分で守る。支え合うということは自分がしっかり立っていることが前提だと思うんだよ」

「そうですね。そう言われればそうかもしれません。はい、分かりました。ポチ、やっぱりこれもらうね」

「うむ、そうしてくれ。しかしエルノウよ、おぬしは極々まれによいことを言う男だな」

「でも、疑っているんでしょ?」

「うむ」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「ねえ、ネンちゃん」

「なんですか、コトリさん」

「『テメロオとコーネリア』の話って、知ってる?」

「いいえ、はじめて聞きますけど」

「そうなの、今どきオカルトに興味がない子も珍しいわね」

「たぶんそれはコトリさんだけだと思う」

「そう? 確かにうちはオカルト大好きだけど」

「あの影結い人もそうでしたっけ?」

「そうそう、ネンちゃん記憶力良いのね。あの馬鹿エルノウとは違って」

「あまり自覚していないですけど。ところでさっきの話は?」

「うん、大昔の書物を研究していた人が発見した記述でね、確か……」




『テメロオという男、コーネリアという女、多く深く交わりし時、その足を付けし地の運命は常に乱となり、大いなる変化がもたらされるであろう』




「……なんかさ、想像できない? 今の世界ってまさに乱って感じじゃん。もしかしたらさ、この世界のどこかにもテメロオとコーネリアがしっぽりやっているんじゃないかと思ってさ」

「でもその話、オカルトなんですよね」

「あー今馬鹿にしたでしょ。絶対に馬鹿にした。オカルトが馬鹿にされたよー」

「でもなんか夢があっていい話だと思います」

「そう? そうだよね。馬鹿にしてないよね」

「はい」

「あーよかった。オカルト馬鹿にされなくてよかったわー」

「でも」

「なに?」

「それを証明することって実際に出来るんでしょうか。大昔の人はどうやってそんなこと調べたんだろう。ちょっと気になります」

「そう言えばそうよね。誰かが時間をかけて世界が混乱する時を待って検証でもしたのかね。あらほんと、これ不思議ちゃんだわ」

「だからやっぱりこれは……」

「あーあーネンちゃんそれ以上は言わないでー」

「ふふふ。はい、分かりました」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 リネンは今、誰かの温かい背中に守られてどこかへ運ばれているという事実をおぼろげながら感じていた。激痛が頭蓋骨から突き出てきそうな感覚の中、運んでいる主を特定しようとするも、結局それが誰なのかを知るまでには至らなかった。



 彼女は小刻みに揺られる背中の上で本能的に静寂を求めた。それは不明の人物の暖かい頬の感触でさえ、至福と思えるような欲求だった。

 さらにリネンは、死の淵を彷徨いながら本能的に興奮していた。

 誰でもいいから死なせないでほしい。彼女はそれだけを願っていた。



 このような状況下で身体的興奮を自己防衛に選んだことは本当に正しい判断だったのか。それは深い眠りへと落ちていくリネンにも、死を覚悟して逃走を続ける太郎にも、この時点では分からないことだった。



 結果的にクリーツ財団との協議は事実上破綻した。そして会場に選ばれたビルダンの高級宿泊施設は建物の三分の一を失い死傷者は百を超えた。

 第39世界政府はこの事件をナヴィガトリアの犯行と断定した。その内の一人の死体が発見されたことが決定的な材料となったからである。報道にエルノウとドラゴンの顔は出てこなかったが、生きていることを知る術は当人以外にはなかった。



 こうしてリネン、エルノウ、ポチは分断されたのだった。



 これは誰の力によってもたらされたのか。

 星の意思とでも言うのであろうか。

 その真実を知る者は……一人いた。

 『この者』もまた、世界に導かれて力を得た人の意思の一つであった。




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『三系統のアイテル』


 アイテルには大きく分けて三種類の系統が存在している。


「オープンアイテル」

 物質的な空間制御能力。火を起こしたり水を凍らせたりすることが出来る。


「シャットアイテル」

 非物質的な空間制御能力。空気を操ることにより素早く動いたり空を飛んだりすることが出来る。


「ヴォイドアイテル」

 非物質的な空間に物質を生み出す能力。身を守るための防壁を作ったり自由な形の武器を生み出すことが出来る。




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