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それは虎穴ではない / trick or tora tora tora その1



「つまり、俺達には協力しないということか?」


 ナヴィガトリアとリネン達は無事彼らのアジトに到着した。場所は彼ら主要メンバーがかつて在籍していた児童養護施設の地下。内装はこの時代ではごくありふれた家庭的な調度でまとめられており、リネンはこれを見た時ファスークスの事件以来はじめて反射的に笑みをこぼした。

 彼女は安堵した気持ちに後押しされてナヴィガトリアに自分達の思いを打ち明けた。すると返ってきたのはドラゴンの眉間の皺だった。

 その反応を見たポチがリネンの説明を補足する。


「我々が直近で片付けておきたいことはリネンの冤罪を晴らすこと。そして彼女の父親の行方を捜し、会わせることだ。そのためにはまず、ジェイサン・クリートとの面会を果たさなくてはならない」

「おいさっきからこの犬型ロボットがべらべらとうるせえんだけど、どうしてお前ら止めねえんだよ」


 筋肉質のガラームがポチの電源を切ろうと体中を触るのに対し、ポチは優しく抵抗する。金髪のジャロスは話に興味がないのか一人浴室へと消えていった。セフメットは会話に参加しつつも手の平に広げた書物から目を離さない。


「必要とあれば俺は協力するよ。もちろん、リネンちゃんの護衛が最優先になるが」


 元気よく挙手をするエルノウの後ろで、ガラームとポチの絡み合いが激しさを増していく。

 ドラゴンはまだ納得していないと言わんばかりの表情でリネンを見た。


「父親と会って、その後どうするんだ? 二人で穏やかに暮らしてそれでおしまいではあるまい」

「はい。そのことなんですけど、まだ皆さんに話していないことがありまして、実は私、知っているんです。ファスークスの秘密の研究を」


 ガラームとポチの動きが止まった。

 それにより部屋全体がしんとなり、浴室からジャロスの楽しそうな歌声が響いてきた。


「リネン、詳しく聞かせてくれ。どのような秘密なのだ?」


 ポチがまるで犬のようにリネンの膝の上に乗り出してきた。突然の動物らしい反応に目を丸くさせる彼女。その間にナヴィガトリアにも分かるようリネンの職業について簡単に説明するエルノウ。そして、我に返ったリネンが話を続ける。


「クリーツについての技術なのですが、公には全て完成していると謳っているけれど、あれは嘘なんです」

「どういうことだ!? ではあれか、クリーツの存在そのものも出鱈目だとでも言うのか?」


 ドラゴンの眉間がさらに深くなる。


「違います。記憶の全転送と意識活動再開は私達から見れば成功しています。でもその記憶情報をまた人の脳に移植し直すことが出来ないのだと思います」

「思う?」


 セフメットがはじめて口を開いた。


「はい。ただし私は掃除屋だったので説明できることはここまでです。クリーツ技術のどこに欠陥があるのかなんて全く分かりません。でも、今話したことは間違いないと思います」


 書物に視線を戻したセフメットの隙間を埋めるようにポチが会話の中に入る。


「意識を人の身体に戻せないということは、要するに未完成だということなのだな。なるほど、これでは証明にならない。全人類を説得するには確かに弱いな」

「ええと、この犬のおじさまが言いたいことはですね、果たして本当に人の意識が保持されているのかという証明でありましてですね、新規の参加者を得るための信用が今のリネンちゃんの話で失われてしまうということですよ」


 次にドラゴン。


「だから秘密裏に研究を続けていたというわけか。そしてなぜかその研究施設が爆破され研究員が殺され、俺達が犯人に仕立て上げられている」


 そう言いながら顎をいじっていると、世話役の太郎が落ち着きのない様子で帰ってきた。


「おお、太郎ちゃんいいところで来た。大至急全員分の飲み物出してくれ」


 ガラームの剛腕が太郎の肩を回って強引に首を締めつける。


「はいはい今出しますからやめてください。苦しいですから」


 リネンはさらに続けた。


「詳しいことは聞いていませんけど、もしかしたら再移植の方法を解明したかもしれません」

「それはないね」

「ありえないことだ」


 エルノウとポチが同時に否定した。

 二者は顔を見合わせて、ポチがその理由を説明する。


「それでは辻褄が合わない。むしろその逆なのだろう。絶対に不可能だという結論に達した。だからその証拠もろとも抹消したのだ」

「ではこれから奴等はどうするつもりなんだ? どうやって新規の信用を得る?」


 反応したのはドラゴンだった。次にエルノウが口を開く。


「そんなの簡単っしょ。一度クリーツの世界に行ったらもう現実の世界には戻りたくなくなりますよ~、とかいう宣伝文句で売り込めば……いや、待てよ」


 エルノウはなにかを思い出したように頭を掻きながら控えめに続けた。


「あ、そうだ! 君達だよ。君達が利用されたんだよ。あの世界政府とかいう人達に」


 そう言うと部屋全体がまるで弱者達が心を寄せ合ってただ集まっているかのような、誰もが無力を痛感する、そんな空気に変化した。


「少し話を戻そう。リネンさん、あなたはそれで俺達になにを言いたいのだ?」

「はい。忘れていました。つまり、私は誰かにとって重要な人物だということです。それは使い方次第であなた達を有利な立場に導けると思うんです」

「取引というわけか。そのかわりにそちらの要望を叶えろと」

「私は影結い人ではありません」

「ああ言っちゃったよ」


 即座にエルノウが反応した。ガラームは話に飽きてきたのかまたポチを触りはじめていた。


「問題はない。むしろあのテストはその人物の能力を把握するためのものだ。使えない者は正直に申し出れば良いだけのこと。なにはともあれグリーンの放出だったので合格であることに変わりはない」

「ありがとうございます」


 リネンはドラゴンにあらためて会釈した。


「ドラゴンさん」


 後ろから太郎が飲み物を運んできた。

 ドラゴンが太郎に軽く礼を言うと一つ咳払いをして一同を再度注目させた。


「実は、俺達も一つ言わなくてはならないことがある」


 リネン達は今まで見せなかった緊張をドラゴンの眼差しから感じた。


「近々クリーツ財団側と話し合いの場を設けることになった」

「は? なんだそれは」


 思わず本音を発してしまったエルノウに覆い被さるようにポチが修正に入った。


「平和的解決を果たすために我が身を削るつもりか。持ちかけたのは、あちら側だな?」

「そうだ。ついさっき決まった」


 リネンは大事そうに容器を持っている太郎の顔を見ていた。特徴的な彼の垂れ目顔が大人しそうな表情をより一層際立たせていた。

 太郎はリネンの視線に気づくと目を合わせた。互いが場違いな席に着いている妙な波長の一致が生じたのか、二人の間に笑顔が交わされた。


「エルノウ、少しいいか?」

「おう、なんだい?」


 ポチはエルノウと二人だけで会話することを望んできた。ナヴィガトリアのメンバー達に異様な緊張感が発せられたがポチはそれを無視して部屋を出た。


「どうしたのかな? またオイル不足になっちゃったのかな? ちょっと行ってくるね」


 エルノウは気まずそうな態度を装いながらポチの後に続いた。


「どうする」

「なにが?」

「まだ分からんのか」

「だからなに?」

「クリーツ財団という組織のことだ」

「ああ、あれね。うん、そうだね。で、なに?」

「奴等のほうが組織に接触してきたということは先の声明のアイテル発光が見えていたということになる。つまり奴等もアイテルの存在を知っていて、なおかつナヴィガトリアの能力を脅威と思っていないことだ」

「と、言いますと?」

「とぼけるな。アイテル理解に必要なこと、前におぬしの口が言っていただろうが」

「人とはなにか、この星とはなにかを知り星の外の世界を許容する潔さを持った者だけが習得することが出来るもの。確かに言ったけど」

「おぬし、まさか『星の意思』について忘れたわけではあるまいな」

「星に逆らう生き方は星によって滅ぼされる運命にありってやつでしょ。おじさんが言うアイテルってやつもお星様のおかげで使えるわけだから、クリーツっていう悪者が使えるのはおかしいって言いたいんだよね?」

「そういうことだが、そういうことではない」

「なんと!」

「奴等の後ろに異星の者がいるかもしれない。いや、いるに違いないのだ」

「異星人がいるとなにか問題でも? まあ、宇宙の英雄だったあんたが言うんだからそれはきっととてつもなく具合がよろしくないんだろうね。俺にはいまいちピンとこないや。詳しく聞かせてよ」

「問題なら山積みだ。まず、相手側の勢力が未知であるということだ。少なくとも、財団が送り込むであろう刺客のアイテル傾向を掴むまでは下手な行動は避けるべきだ。仮に異星文明の特定に漕ぎ着けたとしても、そやつらの真の目的を知るまでは無意味な刺激になりかねない」

「だって、クリーツってまずいものなんでしょ? そんなものを世に広めようとしている奴等に加担している時点で俺達の敵になるんじゃないの? 真の目的なんて本当にあるのかな。必要悪にしちゃ規模がでかすぎるよ」

「安易な断定はのちの死に繋がることを知れ。これは我が生身の時代に学んだ言葉だ。おぬしも憶えておくがよい。そして今の会話は可能性の話だ。最悪はこの星、もしくはこの星の知的生命体は滅びる。我はそうならないように行動しなければならない」

「リネンちゃんのことはどうするのさ。もしあの子がナヴィガトリアとクリーツの話し合いに参加したいと言い出したらあんた、そばで守ってやらないのかい?」

「それは、難しい質問だ」

「やっぱりね。だから俺を呼び出したのか。彼女とこの星の未来を天秤にかけると、とても悲しい現実があらわになってしまうと」

「今まで言っていなかったが、この装備では彼女を守ってやれないかもしれない。強化にはもうしばらく時間がかかる。我も無駄死には避けたい。ゆえにそれまでの間はおぬしに守ってほしいのだ」

「思っていたよりも強そうな敵が出てきたから今回の接触に参加しないというわけね。なんかさっきの言葉とすごく矛盾しているような気がするんだけど」

「すまない」

「まあ、構わないよ。実際俺強いし、リネンちゃんを背負って逃げることくらいは朝飯前だしね」

「ある意味で適任ということか」

「ああ、そうだね。俺、無益な暴力とか大嫌いだし、弱いものいじめとかはもっと嫌いだし」

「おぬしはもしかしたら信頼に値する者なのかもしれないな」

「安易な断定は危ないですよ」

「そうだったな、忘れるところだった」


 二人が部屋に戻るとドラゴンの口から話し合いに参加するメンバーが伝えられた。

 リネンはポチとエルノウの同行を条件に参加を名乗り出たがポチは不参加という形で纏まった。参加メンバーは、ドラゴン、セフメット、太郎、リネン、エルノウの五人となった。




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