遠い日のはじまり……素晴らしい世界へ/we will remember not the words of our enemies, but the silence of our friends その2
ヒムカはいきなり『惑星勢力同盟』加盟についての話をはじめた。惑星勢力同盟とはその言葉のごとく他の惑星同士で協力関係を構築することにより外部からの圧力を抑止するための組織で、先日正式に各同盟代表の協議の推薦をもらったのだという。要するに、地球もその中に入れるかもしれないという話だった。ヒムカは秘密裏に異星と交信していて、未来に起こりうる侵略を未然に防ぐため今回の加盟を決意したのだそうだ。
「そんなこと勝手に決めちゃったら政府が黙っていないんじゃないの?」
「政府にはすでに報告済み。許諾も得てきた。と言ってもね、真面目に聞いてくれなかったわ。絵空事だと思っているみたいね。それで私は提案してみたの。こちら側で勝手に進めてしまってもいいかと。そうしたらそこの外交担当に聞いてくれたらしくてね、そうしてくれという回答をもらったわ」
「それって、ただの口約束なのでは?」
「心配はいらない。無能はあとで後悔するものだから」
「異星文明の宇宙船が大群で押し寄せてきたら、彼らには対応できないだろうからね」
「そういうこと」
「それで? さっきの話とどう繋がるわけ?」
「あなたには地球の代表になってもらうの」
「へえそうなんだ……って、マジでか!?」
「だって、お金持っていないんでしょ?」
「いやそうですけど、ちょっとでか過ぎませんか? そのお礼」
「早速なんだけどさ、同盟を作ったところの代表が早速あなたと面会をしたいと言ってきているんだけれど、今日暇?」
「……忙しくはないです。でも頭がとても、騒いでいます」
この世界の平和に貢献したかもしれない俺にヒムカが代表として指名することは、ある意味で理に適っているのかもしれなかった。このまま生き続けていても途方に暮れた時間だけが通り過ぎていくのは目に見えている。少々戸惑ったが悪くない話だと思った。
問題があるとすれば展開が急すぎるということだった。頼まれたからという理由のみで勤め上げられる任務でないことくらいよく分かっている。仮に申し出を受けたとして、自分の意思とは異なる話が進んでしまうような状況に陥った場合、果たして存在意義を維持できるだろうか。考えれば考えるほど深い穴の奥へと決断が沈んでいく。
自信を失った己の未来を想像すると怖くなった。いずれにしても無責任な返事だけはしたくない。
もしここで彼女の申し出を断ったらどうなるだろうか。それもまた恐怖に繋がるような気がした。せっかく掴みかけた過去を知る人物を失ってしまうことは可能な限り避けておきたかった。
こういう時は自然の流れに任せてみるのもよい。そう思った。なによりヒムカは俺にとっての生き証人だった。少し気が合わないような、そんな気がしたが認めたくない考えの片隅に喜びも隠されていた。それが表に出てくるかどうかは今後次第だろう。
最終的にヒムカの指名を受け入れた。ただし条件をつけた。それはヒムカが常に同行することだった。
彼女は自分も結構暇だからと言い俺が提示した条件を呑んだ。
昔から異星人との会話はあまり得意ではなかった。かの英雄様が『ニホンゴ』を宇宙に広めてくれたおかげで言語による食い違いは起こらなかったものの、それが却って苦手を助長する材料にもなっていることが克服をさらに遠ざけている要因でもあったのだ。
不思議と緊張が溢れてくる。地球代表という言葉の響きが俺の背中を強く圧迫していた。
「まずは君が地球代表に選出された意味について聞こう。さて、どう思うかね?」
「はあ、意味ですか。そうですね、最終的に行き着くところは偶然なのではないでしょうか。知的生命体はみな平等に生まれてきます。あなたも私もです。代表に選ばれるまでの道は確かにあったでしょう。ですが、それは単なる出会いの一つであって、ここでのあなたとの出会いも同じです。全てが意味を持って無意味に流されるだけだと思っています」
「今の地球をどのように思い、どう感じているかね?」
「総じて安定、と言いたいところですがまだまだでしょうね。星との共存、協調が鍵になっていくと思っています。欲望を外から制御するのではなく、内から理解してもらうように修正を図りたいです」
「同盟に入るからにはこちら側が提示する規則を守ってもらうことになる。問題はないかね?」
「とりあえず、こちら側の政府……ええと、世界を管理している人達の説得をしてもらっていいですかね? 私の今の身分ではどうにも言うこと聞いてくれないみたいなんです。彼らとの連携なくして今後の協力関係は成り立ちませんから」
「……今日君と話してみて感じたことがある」
「聞かせていただけますか?」
「やはり、地球には『英雄』が代表にふさわしいということだよ」
不合格という言葉は俺の体に良く馴染んでいるらしく、夢のような展開は想像通りの結果となった。ヒムカが残念だと口にする反面、顔が笑っていたのがなによりの証拠だった。
なんとなくそうなるだろうとは思っていた。
この顔に合格なんて言葉を言わせる要素はこれっぽっちもない。
そう、俺は英雄様を引っ張り出すきっかけに過ぎなかったのだ。
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英雄復活の段取りを済ませた俺達は英雄保存委員会館の中にいた。館長に事情を説明すると目を丸くしてすぐに通されたのだった。
お目当ての人物は見に覚えのある四角い鉄柱の中に納まっていた。そしてヒムカが見物人として集めたのは、かつて世界を守ろうと命を賭けた仲間達だった。俺とヒムカだけが知っている、あの彼らだった。
なぜ自分達が呼ばれたのかを全く理解していないみたいだったが、彼らはみんな古代の英雄の目覚めを見られるということで興奮しているようだった。
あの日、救われない世界で涙を流した者達が今は無邪気な笑みを浮かべている。
俺はその光景に耐え切れなくなって涙を流した。
大泣きする俺を見て一堂が滑稽だと指を差して笑う。
……これでいい。これでよかったんだ……。
館長の震えた手が保存容器を操作すると、ゆっくりとその蓋が開いた。英雄が復活したのである。
目を開けたその視線の先に俺は立っていた。
彼を説得できるのは自分しかいないということらしい。
「……あれから、何年、経ったのだ」
「そうだね。大体、二年くらいかな?」
「……相変わらずの、くだらない冗談だな」
「そこはお互い様でしょ。なんでまた、英雄なんてものになっちゃうかね。もしかして、目立ちたがり屋さんなの?」
「地球を愛するがゆえのことよ。そういうおぬしもだろう。再会が意味するもの、つまり、その時が来たということか」
「ちょっとばかし事情が変わってね。でも進む方向は同じだよ。それで、君の力を貸してほしくてね。ほら、立てるかい?」
手を差し伸べると彼もそれに応じて固く握り締めてきた。
「おかえり。また一緒に語れそうだね、テメロム」
「待たせてしまったな、エルノウ。会いたかったよ」
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会館を出た俺は、門の前に立って空を見上げていた。
とても静かな空、大きな雲、全身を伝わる緩やかな風。
それらが全身に浸透して、地球と一つになるひとときを悲しく過ごす。
「全てが、終わったんだな……」
「おつかれさん」
ヒムカだった。彼女も一仕事を終えて開放感に浸りたかったのか抜け出してきたみたいだった。
「ヒムカ」
「なに?」
「君には感謝しているよ」
「どうしたのよ急に」
「いや、なんというか、なんとなくだよ」
「変なの。まあ、それがあなたの持ち味なんだけれどね」
「今日はご機嫌だね」
「当たり前でしょ。あの英雄が目を覚ましたのよ。すごいことじゃない」
「だよね」
「そういうあなたはいつにも増して元気ないじゃない。どうしたの?」
「なんか、終わったんだなってさ。そう思っていたんだよ」
「そうね。でもはじまりでもある」
「胸に染みるよ」
「ところでさ」
「ん?」
「今から暇?」
「昼食かい? 少し早いと思うけど」
「そうじゃない。私の生まれ故郷、あなた興味ない?」
「君は確か異星の生まれだったね。まさか今から行くとか言わないよね? 遠いところは勘弁だよ」
「あれ? そんなこと言ったっけ?」
「言ったね。憶えているよ」
「ああ、あれのことかな。そのことだったらたぶん、解釈の違いよ。私はこの世界の星で生まれたから、『あの世界』の星とは違うっていう意味だよ」
「つまり、どういうこと?」
「私はこの星の純血だよ」
「ますます意図が掴めないな。でもいいよ。それで君の故郷はどのあたりなんだい?」
「ここの裏側、かな」
「すると、今でいうところのエルナスあたりだね」
「行く?」
「ああ、行こうぜ」
「とりあえず私が世話になった人達に会いに行こう。あ、でもまたあなたの知らない人達ばかりかもしれない。それでも大丈夫?」
「平気さ。誰の笑顔か分からなくたって俺にとっては最高の笑顔なんだから……」
「……そうよね。それに、あなたとエル・ノーが入れ替わっていることは私しか知らないことだし、02との再会になんの違和感も生じないしね……」
……彼女の瞳を真っ直ぐに見た。これまでしていなかったことだった。
彼女も俺の目をじっと見つめていた。その目には、涙が浮かんでいた。
おそらく、再会してからずっと見続けていたのだと思う。気づくのが遅すぎた俺に痺れを切らしていたのだろう。その顔は不満を混じらせた、しかしとても幸せそうな優しい笑顔だった。
二人の見つめ合う時の蓄積が、その奥に繋ぎとめていたものを現実に解き放つ。
待ち望んでいた瞬間が、やっと訪れたのだ。
「……アシュリ、君だったんだね」
「……もう、気づくの遅いよ」
「ごめん。でも、本当に、よかった……」
「やだ、泣かないでよ。こっちまで悲しくなっちゃうじゃない」
「……ずっと、待っていたんだ。これくらい、許してくれよ」
「……私も、あなたに会いたかったよ。アズハ」
「苦しかったか?」
「ううん。たくさんの人と出会ってたくさんの思い出をもらってきたから、とても幸せだったよ」
「これからは、もっと幸せにしてあげるからな」
「うん。私も、あなたのことをいっぱい幸せにしてあげるね」
彼女のつぶらな瞳は俺の顔を映していた。
俺もまた、彼女にはそう見えているのだろう。
姿は変わってしまったが、そこにいるのはまさしくアシュリだった。
「……やっぱり、この身体のこと、気になる?」
「そりゃあ、まあ、多少はね」
「……この人は、私にとって大事な人なの。未来を諦めないことを教えてくれたたった一つの宝物なんだ……」
「あとで、聞かせてくれるかい? その話」
「……うん。でもすごく長くなるから、覚悟しておいてね」
「ああいいよ。いつまでだって、付き合ってやる」
笑顔がとても綺麗だった。
透き通った白い肌が、雄大な雲のように柔らかく俺の心をほぐしていく。
遠い日の彼女と全く同じ心がそこにあった。
「……あのね、アズハ」
「どうした」
「……この未来、大切にしていこうね」
「……ああ。ゆっくり育てていこうな」
「……アズハ、私……」
……もういい。もう、いいんだ。
「……辛くなったら、いつでもおいで。これからはずっと近くにいるんだから」
「……ごめんね。ごめんね、アズハ」
彼女が苦しみ続けた心を、この不器用な心で全部包もうと思った。
どんなに時間がかかっても、この笑顔だけは守らなければいけない。
それが人生のたった一つの望みになったとしても、必ず成し遂げてみせる。
俺は彼女のことを、誰よりも愛しているのだから。
「……あのさ、アシュリ」
「うん」
「君のこと、抱きしめても、いいか?」
「もしかして、遠慮してたの?」
「まあ、なんとなく、ね」
「……じゃあ、早く、して。もう、我慢できないよ」
「……実は俺も、そうだったんだ」
「……なんだか、変な感じだね」
「……フフフ」
「……へへへ」
ぎこちなく腕を絡めながらゆっくりと身体を寄せ合う。
抱きしめ合った身体は十万年の時を越えて一つに重なり、大きな思いの塊となって成就した。
無限の心が愛によって結実したのである。
先に刻まれる時に、本当の未来がはじまる。
夢のようなひとときの向こうに待っている、現実という夢を目指して……。
もう絶対に離しはしない。これからはずっと一緒にいよう。
ここまで来れたんだ。きっとどんな困難でも乗り越えられる。
だから、悲しみの日々はここで終わりにさせよう。
「……ひとりぼっちはもう、嫌なんだからね……」
彼女は胸の中でも涙を流し続けていた。
俺はそのなによりも大切な人に向けて一つの言葉を送る。
あの時交わした約束のように、揺るがない心をこの胸に誓って。
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最後までお付き合いいただきありがとうございました。




