想いが届くとき / unmasked lover その3
興奮を爆発させたイルカは厳しい状況に置かれているにもかかわらず、なおもジェシカを挑発した。それに対して冷静さを保ち続けていたジェシカは狂いのない攻撃を繰り出す。
接近戦を続ける両者の優劣の差は次第に縮まっていった。ジェシカのアイテルがイルカ独特の体術によって跳ね返されていたのである。
そこでジェシカは長期戦になることを考えてアイテルの使用をやめた。よって両者の争いは、ただの殴り合いに移行していった。
アイテルを奪われたことで戦闘力を削がれたジェシカは勢い任せに拳を振ることしかできなくなっていた。先読みがいかに優れていたとしてもイルカの神がかった身体能力の前ではまるで成果を上げられなかったのだ。
命を賭けた姉妹喧嘩はここにきて振り出しに戻る。精神面においてイルカに分があるだろうか。両者の拳は互いの警戒心が影響してかすりもしなかった。
彼女達の戦況を確認したエルノウとポチは、これを絶好の機とばかりにさらに掘り下げていくことにした。
ドラゴンはまだ朦朧としている。彼の意識にあるものは早急な回復を望むことのみだった。生き延びたからには足を引っ張るわけにはいかない。彼もまた、自分自身と戦っていたのである。
「だけどさ、王女に至宝が渡ったことと今の状況がうまくくっついていないよね。まだ取りこぼしていることがあるのかね」
「ジェシカがおぬしの記憶を欲しがっているということは、クリーツ技術で記憶の閲覧が出来るということなのだろう。正直そこまで完成していたとは思っていなかった。情報転送に毛が生えた程度だろうと勘ぐっていたが、開発を続けていたのだな」
「どうだろうね。でもここにある装置がその進化した試作機だったとしたら、一基しかないという説明も納得がいくよね」
「つまり、実機のある施設は別にあると」
「ジェシカに嵌められたんですね。面目ないです」
「リネン達が向かったのはそっちのほうだというわけか」
「全滅してないことを祈りたいね。これを結論にしてもいい気がするんだけど、どうでしょう?」
「リネン、か……」
「リネンちゃんが、どうかしたの? なにか気になることでも? そういえばおじさんが復活したのはリネンちゃんがきっかけだって前に言っていたよね。研究所襲撃事件の時だったっけ?」
「活動を再開したのはその時で間違いないが、我の意識の目覚めはもう少し前になる」
「まだ石像だった頃だね」
「石に見立てた超硬軟化合金だ」
「ちょう、こう、なん、か? すんごく硬くてすんごく軟らかいってことかな? ナーヴァルなんとかといい、おじさん時代の技術はどれもぶっ飛んでるよね。で? どうして目覚めちゃったの?」
「それが謎なのだ。ある時急に女性の声が聞こえてきて、その声から発せられる特殊な震えにナーヴァルエービーが反応、感知してしまったのだ。動力の再起動はすなわち我の意識の目覚めと繋がる」
「目覚めちゃったけどおじさんはじっとしていたんだよね。それとも軟らかいことをいいことにちょっと動き回ったりしてたの?」
「基本的にはなにもしなかった。だが、のちにそうと分かるリネンの声、言葉を聞く日常が繰り返された」
「まさに、変態、だね」
「否定はしない。まさしくリネンは我の目覚めを促した女神であるからな。発端がどうであれ、我は彼女の話を聞くのが楽しかった。そして彼女もまた、そうであっただろう」
「初耳だね。二人だけの秘密ってやつですか」
「たわいもない話だ。……しかし、あの時を除いては……」
「聞かせてくれるかい?」
「うむ、いいだろう。あれはファスークス襲撃のあった前日のことだ。リネンはとても悲しそうな声でその日のことを話しはじめた。これは彼女の心情に関わることであるゆえに口外することはなんとしても避けたかったのだが、……その日、彼女は強姦にあった」
「……それは、きついね」
「てんかんという障害を抱えていたこともあってか、彼女は己を卑下することがしばしばあった。そしてその時も同様の反応を示した。仕方がないと。責任は自分にあると言い出したのだ」
「リネンちゃんらしいね。あの子、優しいから」
「大事なことはこの先だ。実は彼女には想いを寄せ合う者がいた。その者からもらった大切な指輪を取られたことを非常に残念がっていたのだ。経緯は聞いていないが、おそらく強姦の際に抜き取られたのだろう。もう彼に合わす顔がないと嘆いていた」
「恋人がいたんだね。で? その相手の人はどうしちゃったの?」
「襲撃の犠牲になったかもしれない、と言っていた。おぬしが同行してからはそれ以上この話はしなくなった」
「邪魔してしまったんだね。あとで謝らないと……。でもさ、なんでその話なの? おじさんを復活させたこととなにか関係があるとか?」
「なにかが引っかかるのだ。我はなにかとても大切なことを見逃しているような気がするのだ」
「そういえば、リネンちゃんはお父さんを探したかったんだよね? まだ見つかってないよね?」
「アダル氏のことだな。クリーツ研究に関わっていたかもしれない人物。未だに他の者の口から名前すら出てきていない謎の人物でもある。この者の存在が鍵を握っているのだとしても、ここではおそらく答えを出せないだろう。ジェイサンか妻のサチテンに直接聞き出さない限りは……!! コトリ!!」
「おじさんも知っていたのか」
「こっちこそだ。どうやって知ったのだ?」
「イルカだよ。彼女からサチテンの本名を聞いた。サチテン・コトリー・クリートって」
「さっきまで、一緒だったのだ……」
「重大な見落としだね。で? 今はどこへ?」
「あの状況であれば、今もきっとリネン達と共にいるはずだ」
「するとこの件は後回しということになるのかな。結局、答えは出せなかったみたいだね」
「イルカの言葉を信じるならば、我らだけでなにかしらの結論を出せるはずだ。もう少し考えよう」
「うーん。他にあるとしたら、なにかなあ、異星人とか?」
「異星人、か。彼らは大体自分達の星でアイテルを習得した後この星に来ていると思うが、そのほとんどが今回のクリーツ騒動に反発していない事実は密かに引っかかっていた」
「おじさん、知らないの?」
「なにをだ」
「この島の施設がその異星人を軟禁する施設だったってことだよ」
「なんだって!? ……それでか、他の異星人達はここの者達を守るために口を閉ざしていたのか」
「でも不思議なんだよね。施設で暮らしていたみんなはクリーツ移行をされていないみたいなんだ。ある程度の自由と平穏を与えられて、静かに生かされている」
「おかしいな」
「どうしたの?」
「我はここに来る前、その施設を横切ったのだが誰もいなかった」
「みんな部屋に戻っただけだよ。たぶん」
「だとすると、クリーツ移行にはなんらかの条件がある可能性も考えられる」
「早計かもよ。あそこの人達はみんなクリーツに反対なんだって。ヒムカちゃんがそう言っていた」
「まさか、おぬしも会ったのか!」
「そういうこと」
「なにを言われたのだ」
「思うがままに行けと、そして記憶を取り戻してと」
「やはりそこに行き着くわけだ。なんとなく、見えてきたな」
「俺の記憶を蘇らせること。そのために知らなければならないこと。そこだね」
「アシュリ女王の件が糸口か」
「そういえばさ」
「なんだ」
「この四角くて縦長の鉄柱もとい、どでかい箱だけどさ、右側のほうにはなにが入っているのさ。もしかしてそっちも空っぽ?」
「そうだった。忘れるところであった。実はな、分からないのだ」
「分からないって、なんでなのよ」
「我の操作でも開かないのだ」
「それは滅茶苦茶怪しいじゃないですか。どれどれ、ちょっくら調べてみますか」
「やめておけ。おぬしにナーヴァルエービーを制御できるわけがないであろう」
「とりあえず、やってみなくちゃ分からないでしょ。うーん、よいしょっと」
「……ほれ、だから言ったであろうが」
「……やっぱり無理っぽいね。壊れてるのかな」
「中身は確認できないが、予想をすることは出来る」
「予想?」
「これの重量だ。左側の空洞のそれと開かない右側の箱の重量を比較すると、常に『五十二キログラム』の差異があることが判明している。つまり、この中にはその重量に相当するなにかが入っているということになるのだ」
「五十二キログラム、ですか。この形状といい、中の構造といい、これは……」
「やはり、おぬしにもそう見えるか」
「これは保管庫かもね。一人分の」
「もしもだ」
「は?」
「もしも、この中にあるのものが、おぬしの、愛した者であるとするならば……」
「……そんな、馬鹿な……」
「なにかに気づいたのか?」
「そんな、馬鹿なことって、あるのか? いや待ってくれ。慎重に考えたい。……おじさん、一つ質問!」
「いいぞ、言ってくれ」
「意識を別の身体に転送する際の条件についてだけど、おじさんの時代になにか制約みたいなものはあった? 例えば同一遺伝子の個体でしか出来ないとか、複製した身体にのみ適用されるとかさ」
「遺伝子には中枢記録媒体が隠されていることは知っているな」
「生物の違いを明確化させるための組み立て説明書みたいなやつだよね。言い方が違うけど知っているよ。俺の時代ではそれをクローナーと呼んでいた」
「基本的に同一種であれば他人であろうとも転送は可能だ。だが異星の純血となると記録が違うとみなされる。星単位で分化しているからだ。それ以外に制限はない。あるとするならば本人の意思、了承の有無であろうか」
「だよな。……そうか、そういうことか。ははは、なんてことだ。ははは、ははははははは、やっちまった。おいどうすんだよこれ、どうしようもないぞ!」
「気でも触れたか。しっかりしろ。話せ! なにがあった」
「アシュリだったんだよ。俺だったんだよ。でもアシュリだったんだよ。なんてことをするんだ。まさかそんなことをして会いに来るなんて」
「待て、我にも分かるように説明してくれ!」
「残念だけど、これだけは言えない。すまない。これだけは、無理なんだ」
「事情があるならば無理に言うことはない。しかしな、この中を見ないうちから断定してもよいのか? それとも記憶が戻ったのか?」
「……だよね。まだ見ていないもんね。はっきりしてないよね。俺はまだ、間違っていないよね」
「どうした、顔色が悪いぞ。横になるか?」
「いやいい。大丈夫だ。逆にすっきりしたくらいだよ。これでまた一つ地球を救う理由が出来たわけだし、イルカの狙いも少しだけ見えてきたような気がするし」
「……なにをするべきか、決まったようだな」
「おじさん、知らなくて、平気?」
「我が望むのは取り返しのつく未来だ。おぬしが何者であろうとも、我はおぬしを信じ抜くのみ。そして、あの人が結びつけてくれた未来に絶望の明日などあるわけがない!」
「いつか一緒に行こう。みんなで笑おう。話すのは、その時でいいよね? だから、それまでの約束として我慢してくれ……」
「我はドラゴンを回収する。隙を見てここを脱出するが、それでよいな?」
「確認するまでもないでしょ。俺っちは一人でも問題なし。後で行くかもしれないけど、リネンちゃん達を頼むね」
「任せておけ」
「イルカ!! 結論出たぞ!!」
「おせえんだよ、早いとこやってしまえよ」
「やっぱり、お見通しなのね。さすがは『00』使いだね」
「ゼロゼロ? なんだそれ? つうかマジで死ぬからよ、とっととやれ!」
「はいはい。それじゃあ、いきますよ」
ガズンッ!!
水槽の入った液体が飛び散り、後方の配線が火花を散らし、いたるところから煙が上がる。
エルノウはそれでも叩き続けた。渾身の力を込めて、何度も何度も、形が残らなくなるまで、繰り返し、繰り返し……。
「やめろおおおおお!!」
ジェシカがイルカの脇を退かしてエルノウを止めに飛んだ。
ポチはその隙を見てドラゴンを回収し出口へと逃げる。
イルカがほくそ笑んだ。
「ジェシカ、だっけ?」
「くっ!!」
「言っとくけどね、俺も『00』使いだから」
アイテル流が完全に消えてなくなったエルノウの全身から乾いた風が流れる。
ジェシカが突進してきた。
ゆっくりと腰を落として身構えた彼は、彼女の両手両足を攻撃もろとも受け流し、回し飛ばした。
「相手が強ければ強いほどその効果は絶大。それが00だから、覚えておいて」
ジェシカは空中で体勢を立て直し綺麗に着地した。悔しそうな表情をしてエルノウを睨みつける。
「最後の希望かもしれなかったのに」
「ほんと、君達二人は仲がよろしいね」
イルカはここぞとばかりに自身の回復をはじめた。全身の流血がみるみるうちに止まっていく。アイテル制御がなければさらなる治癒も出来ただろうが、今のイルカには止血だけでも十分な処置であった。
「エルノウ、手伝ってくれるか?」
「お姉ちゃんを倒すの? それとも説得でもするのかい?」
「殺さずに、動きを封じる」
「ちょっと待って」
「どうした。記憶が戻って気が変わったか?」
「そうじゃない。イルカ、君はもう忘れてしまったのか」
「忘れる? この私がか? 試そうとしたって無駄だ」
「君が俺をここに連れてきた目的だよ。お姉さんを救いにきたんじゃないのか? それなのに、今はまるっきり見当違いのことをしようとしている。これを理解しろというほうがおかしいってもんだよ。一体どうしたっていうんだ。予定変更か?」
ジェシカは二人の会話を黙って聞いていた。彼女もまた、回復を必要としていたのである。
そして運命の転換点が近いことを察知していた。未来に修正が加えられる際の独特な時間速度をジェシカは感じ取る……。
カチッ。カチッ。カチッ。
彼女の脳内の記憶が次元を超えて上書きされ、新たな世界が構築された。
「なにからジェシカを救うか、その違いだと解釈してほしい。あんたも知ってのとおり、この女は弱くない。だが万が一ということもある。死なれて一番困るのが私だということはもう知っているだろう。私はまだやらなければならないことがある。最後の賭けを実行するにはこいつがいろんな意味で邪魔なんだ」
「君達はまだなにかを隠しているね」
「聞きたいの?」
「聞いたところでどうせ成果はないんでしょ。ならば無理して話さなくてもいいよ。そんなことよりも、俺は納得がいかないんだ」
「いいわ。とりあえずその話、聞こう」
「気前がいいね。じゃあ遠慮なく言わせてもらうよ。まず俺やポチのおじさん、リネンちゃん達がここに連れてこられていることの説明についてだ。反クリーツの俺達を始末するために呼び込んだこの状況は一見して自然な流れのように感じるが、ある一点に注目するととても不自然な事実が浮かび上がる。イルカお嬢、君は答えられるかい?」
「一つだけか。私にはなにもかもがおかしいことのように見えるが……」
(……馬鹿! その答えでは相手の思う壺だ!)
「簡単なことだよ。ただ一つの疑問、それは侵入者に対するここの反応さ。見てごらんよ。こんなに長居しているのに警備の人が一人でも来る気配がない。まるでもぬけの殻だよ」
「ジェシカはここでは特別な待遇で通っている。客人とみなされているだけだろう」
「こんなに滅茶苦茶に暴れまわってもか? 普通だったら非常警報が鳴っているはずだね。でも鳴らない。おかしいと思わないほうがおかしいよ」
「警備はあらかた始末しておいたからな。それに、ジェシカだって邪魔者が入ってこられては作業がやりづらいだろう。警報装置を解除することくらい造作ないことだ」
「そうくると思ったよ。たぶんそうなんだろうね。だからなんだよ。全てが君達の都合のいいように運ばれている。ジェシカはちょっと前に未来予知が出来ることを白状したよ。未来が読めるっていうと普通の人だったら現在を自在に扱える人だと想像すると思う。でもこれはなんだい? お姉ちゃんの策略はいまや失敗に終わり、彼女は途方に暮れかけている」
「なにが言いたいんだ。私が諸悪の根源とでも言いたいのか?」
「君がずっと隠していたことだよ。回りくどいのはやめてここではっきりさせよう。君はズバリ、過去に行くことが出来る能力があるね?」
「根拠は?」
「今までの言動の全部さ。俺がリネンちゃんとおじさんと出会った時も、それからのことも君はなにもかも把握していた。コトリの部屋に行きドラゴンがいなかった時も君はいなくなった人物を『彼』と言った。あの状況でどうやって知りえるんだい? ここに潜入する時もだ。あんな簡単な変装で確実に中に入れるなんて普通だったら思わない。それらの疑問を解決させる結論は一つしかないんだ。『君は未来の出来事を過去に経験している』とね」
「仮にそうだと言ったら、あんたはどうする?」
「どうもしないよ。この不可思議な状況を正常に理解できると思うだけさ。そもそも俺が君をどうにかしようとしたって、君はまた戻るんだろ?」
「エルノウがそう感じたのなら、それでいい。私は私のやるべきことをするだけだから」
「動揺させちゃって、ごめん」
「もういいわ。どうせいつか話そうと思っていたことだから」
「そうじゃない」
「え?」
「君はある『確定的な未来』と闘っていることを今、白状してしまったことだよ」
「……」
「その未来はどうしても変えることが出来ないんだね。ジェシカと対立しているのはその未来をどうやって変えるべきかで意見が分かれていたから。俺の記憶を検索しようとしていたのはその確定的、いや、悲劇的な未来が訪れるまでの時間が足りなかったんだよね? でも君はどうにかして俺の記憶を呼び覚まそうと粘る。それでついさっき、俺の過去についての新事実を聞いた。君は興奮して笑い出した。あんなに血だらけだったのに」
エルノウとイルカのもとにジェシカが静かな足取りで近づいてきた。
「……たった一個の欠片が見つかっただけでこうも読まれるんだ。イルカ、星の意思が動き出したんだよ。あなただってなにかを感じはじめているはず。とうとう答えが出る時が来た。……私はこの件を降りるよ」
左肘を庇いながらジェシカが歩き出した。その方向は出口を目指している。
「お姉ちゃん、ちょい待ち!」
「……なによ」
エルノウが引き止めるとジェシカは後ろを振り向くことなく立ち止まり返答を待った。
「君にも一つ確認したいことがあるんだ」
「もう全部知ってるでしょ。なにも言うことなんてないわ」
「君が見る未来についてだ。これは俺の予想なんだけど、君はイルカの未来変更を『未来予知』することは出来ない。それで合っているんだよね?」
「私は双子の運命に引きずられるだけの存在だから。特別なのはイルカだけ。その子の決定が絶対条件の引き金となって私の思念に送られる。そういう順序よ」
「ジェシカお姉ちゃん」
「なによ、もう行きたいんだけど」
「君もやっぱり、優しいんだね」
「ただ疲れただけよ。だって私はあなた達とは違うんだから」
「今は未来、見えてる?」
「ええ。もちろんよ」
「もしかして、うまくいった?」
「さあ、どうかしらね。だってあなた、私の未来に干渉してくるのだもの」
「俺が?」
「イルカだってそうよ。あなたの存在、そしてあともう一つの存在は私達の未来に強く干渉してくる。予知してもあなた達の行動次第ですぐに方向転換がはじまる」
「もう一つ?」
「いずれ分かるわ。星の意思が決定する時が来ればその時に」
「教えてくれないの?」
「知らないほうがいい、っていう顔をしているけど? それでも聞きたいの?」
「……じゃあ、やめとくよ。これからどこへ?」
「イルカに託したから、私が死なないようにいられる場所よ。もとからそうする予定だったし」
「予定?」
イルカはエルノウの肩を叩いて首を横に振った。
エルノウは眉間に皺を寄せてイルカを見下ろす。
彼を見上げる彼女の目からは、うっすらと涙が溜まっていた。
「ジェシカ……」
「あなたならなんとか出来る。そんな未来が見えるわ」
「うそつき」
「私、もう疲れちゃったから、行くね」
「ああ、いろいろと、なんか悪いな……」
「いいのよ。ここまで来れたんだから、甲斐はあったよ」
「じゃあな、姉さん」
「未来を、頼んだからね」
まるでか弱い少女にでもなったかのようにたどたどしい足取りで去っていく。
二人はそんな一人の『協力者』を黙って見送った。
「……一つ聞いてもいい?」
「そうね。最初に約束したしね」
「憶えていたんだ」
「だって、守ってくれたから」
「でもこれはその質問じゃないよ」
「もうどうでもいいから早く言え」
「はい。君とお姉ちゃんは、はじめからこうなることを前提に行動していた。そうなんだよね?」
「だからなに」
「いや、別に、なんとなくそうかなあと思ってさ」
「そうよ。私達って即興がうまいから。それに、こういう状況を作らないとあんたと犬が腹割って話そうなんて気にならないでしょう? 実際にそうだったわけだし」
「やっぱり。でもなんかちょっと、切ないね」
「あんたのせいよ」
「なんか、ごめん」
「早く思い出せよ。本当にこの星、終わっちまうぞ」
「善処します」
「まあいいや。ところでさ、さっきあのわんころと喋っていたようにクリーツ装置のある場所は他にあるんだが、今リネン達がそこで白い軍団と交戦中だ」
「いきなりの展開ですね」
「あっちにもあっちの事情があるんだよ。それで今から合流するから準備するぞ」
「すぐに行かないの?」
「馬鹿か。アイテル使えなくちゃ止められないだろうが」
「00があるじゃん。それでも無理なの?」
「無理だ」
「断言しちゃっていいの? 俺っちまだ隠された力を持っているかもよ」
「次の敵は人じゃない」
「は?」
「説明はあとだ。とりあえず、アイテル補助器を回収しに行くぞ!」
「アイテル補助器? ん? どこかで聞いたような名前だな。あれ? どこだったっけ?」
「いいから、行くぞ」
「あはい」
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……これで、よかったんだ。そうだよね、お父さん……。
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