想いが届くとき / unmasked lover その2
クリーツ装置らしきものの近くに移動したが出口からさらに遠い位置に立つことになった。脱出するにはイルカとジェシカの間をすり抜ける必要があるため、いざという時の効率を考えると最善の位置取りとは言い難い。エルノウは疑いの目を向けつつも、彼女の指示通りドラゴンを注視することにした。
イルカはエルノウとポチの反応を見ていささか穏やかな目をした。彼らが定位置に立つのを確認すると、すぐにジェシカと向き合い直す。
ポチはそんなイルカを見て時間の使い方の妙を感じ取っていた。最小の手数で最適の結果を作り出す。不確定要素がみるみるうちに整列していくさまは、まるで知りつくしている事象を過去にならって再配置しているようだった。
彼女は過去に『未来』を見たことがあるのかもしれない。ポチが正解を浮かべた瞬間が訪れたのである。
だがそれはあまりにも遅すぎた発見だった。事態を組み立て直すには時間が足りず、しかも通り過ぎてしまっていたのだ。
真相を裏づける材料も手元にはない。ゆえにポチは彼女の可能性を想像の一枠に留めることしか出来なかった。
ポチの視線はもう、イルカから離せなくなっていた。
そして、彼女達が静かに口を開く。
「なにはともあれ、丁寧な誘導、ありがとうございます」
「あなたは納得しないでしょうけど、これは命懸けの賭けだったんだから」
「失敗していたら、まあ不可能だろうね。もっとも、今だってうまくいくかなんて確証持ててないでしょうに」
「どうして来たの?」
「興味があるとでも? 笑わせんなよ。そんなものを当てにしたところで起こることは回避できない。うちが来たのはあんたを止めるためだ」
「邪魔をするつもりなら、こっちだって覚悟は出来てるんだから」
「なんだそれ。そんなにうちの出現が予想外だったってか。未来、見えているんだろう? 状況の変化に対応しきれていないのか。それとも本当に『アレ』だけで全部が終わるとでも思っていたのか?」
「そこから先を、見ていないから」
「急に意味深なんだな」
「何度試しても見えないの。でも、アレによって地球は取って代わるとは感じている。どうして見えないのか。私がいなくなる未来だからかもしれない」
「つまり、うちも死ぬということか。にわかに信じられないがな。もしくはどちらかの力が失われるか。まったく、障害も同じところにあり、か」
「だから、確かめたいの。彼の記憶にはきっとこの世界の危機を打ち払う方法が埋め込まれているはずだから」
「すごい自信だな。無かったらどうするんだ。というか、本人の意思は無視かよ。暴力でどうにかする前に一度でも話し合ってみたらどうなんだ。なにか掴めるかもしれないだろ?」
「彼とは話したわ。でも意識領域内の記憶にそれらしきものは見当たらなかった。『同一軌道』の事実がある限り、彼で間違いないはずなのに」
「記憶が戻るまで待てないのか。そうか、アレは今日だったか。状況を作るために時間をかけ過ぎたんだな。まあ、それだけの強者だろうしな」
「理解してくれないのね。同じ身体で構成されている者同士なのに。こんな最後は本望じゃない」
「勝手に言ってろ。こっちの気も知らずに綺麗事抜かしやがって。とにかくエルノウはうちがいる限りお前には渡さない。最悪二度と口を利けない体にしてやる」
「やっぱり、避けられないようね。でもあなたに勝算はあって? この前みたいになるのが目に見えていると思うけど。まあいいわ、来なさいよ」
「ところでさ」
「なによ」
「さっきサチテンから聞いたぜ。お前、うちのふりをして『オーマ』とリネンをぶつけたんだってな」
「その名前まで調べていたのね。だから? どうしたのというの?」
「自作自演、まさか利用されていたなんて思いもしなかった。行動に制限を加えてまでそうさせる理由が分からなくてね。なぜそんなことをさせた?」
「質問の意味が飲み込めないわ。あなたならよく分かっているはずなのに」
「ああ、分かっているさ。でもあの件に関してはどうしても『知りえない事実』があった。それとも、お前は知っているのか?」
「知らないから、やるしかなかったのよ」
「だろうな。しかしむごいことをする。結果的に星はそれを許さなかったがな」
「そろそろ時間切れよ。決着をつけましょう」
「さて……エルノウ! ポチ! 聞いていただろう。話し合うなら今しかない! 五分、いや十分持たせる。お前達で答えを導き出せ! この星が孕む問題と打開策を!」
「え?」
「どういうことだ?」
「……これ以上は、言わせない!」
ジェシカが仕掛けてきた。
エルノウ達に強力なオープンアイテル流が飛ばされる。
咄嗟の判断でそれを打ち消すイルカ。
「お前達の胸に眠らせている秘密の記憶だ!」
連続で攻撃が飛ばされる。
アイテルを使えないイルカはそれを素手で直に振れて弾き飛ばした。
両手からは赤い血が流れている。
「エルノウ……」
「秘密……ね」
イルカはよそ見をしながらなおも攻撃を受け続けた。
「間違ってもそこから離れるなよ! こっちだって体張ってるんだ。簡単に死なれては困るからな!」
イルカはジェシカに接近戦を仕掛けた。攻撃はことごとく避けられる。だがそのおかげでエルノウ達に向けられる注意は薄まった。
アイテルに包まれた巨大な拳がイルカを襲う。守るものがなければそれらを回避していたであろう。彼女はジェシカの攻撃を全て全身で受け止めた。
話し合うことがいかに重要なことなのか。イルカの訴えがまやかしではないことはエルノウとポチには十分すぎるほどに伝わっていた。とにかくなにかを発しなければならない状況が生まれたのだった。
「この星の問題、か」
「なにか思い当たる節でも?」
「少しためらうがな、言うしかあるまいな」
「話してくれ。彼女達の話だとどうやら俺の記憶が地球の未来と関係ありそうだからな。もしかしたらおじさんの記憶に解く鍵があるかもしれない」
「エルノウ、おぬしはどのくらいの年月を生きているのだ?」
「いきなりきたか。……そうだな。記憶が抜けているところを除いても、ざっと『五万年』、といったところかな」
「……想像以上だった。まさかそこまでだったとは。おぬしの知識とアイテル理解はこの星の者にしては異常だと思っていた。我よりも長く生きている者を見たのは久しぶりだ」
「そういうおじさんは、何歳なの?」
「概算になるが、『二万九千年』だ」
「十分すごいでしょ!」
「そんなことはよい。ところで、一万八千年前の戦争は憶えているか?」
「はい?」
「知らないとは言わせないぞ。異星文明が地球に侵略してきた、あの戦争だ」
「……知らない」
「なぜだ! おぬしもいたのであろう? あの時代に」
「残念だけど、俺はその時、既にこの星にはいなかったんだよ」
「異星に移ったのか?」
「うん、まあそんな感じかな。だいたい五万年前くらいからずっとね」
「おぬしがこの文明に疎かったのはそのためなのか」
「それで? 戦争でなにかあったの?」
「言い辛いがな、……地球人はほぼ全ていなくなった」
「やられたのか? 異星人に」
「そうだ。当時は圧倒的な武力に逆らえなかったのだ。我は世界を統治する王軍の一部隊を指揮していたが、守りきることすら出来なかった」
「じゃあこの時代の人は? ちょっとおかしくない?」
「それなのだ。戦争は我が軍を治める女王の死によって事実上終結した。そして我は王族最後の生き残りを連れて逃げ延び、彼らを倒すための策を備え、最後は討ち滅ぼした」
「へ? 勝ったの? おじさん一人で?」
「異星人を降伏させた後、我は絶対的な力でもってそれらを統治させた。あの時はまさに狂気であった。逆らう者があれば即座に処刑した。そうして彼らには極端に短い寿命を設け、侵略者としての意識を取り払い、新たな地球人として住まわせたのだ」
「だから、一人でやったの?」
「しつこいな。そうだと言ったらどうなるというのだ。また珍妙な感嘆を漏らすだけであろう。今は時間がないのだ。おぬしも心得ておるだろう」
「結構大事なことだと思うんだけど、まあいいや。つまりさ、ここの文明人は大昔の人ではないということだね。入れ替わっていると」
「遺伝子の配列に差異はなかった」
「遺伝子、か。懐かしい響きだね」
「やはり、知っていたのか」
「なんとなくだけど。記憶の片隅にね」
「イルカを見てなにかを感じないか?」
「いきなりだね。なにかって言われてもねえ、つんとしていてもちょっとかわいいところかな」
「我の直感が確かならば、あの娘には地球人の『純血』が入っている」
「確かおじさんはほとんど滅亡したと言っていたよね。それと関係があるとでも?」
「当時は侵略者によって根絶やしにされたのだ。我もかなりの時間を要して探したが見つからなかったのに、なぜか彼女には、おぬしと同じものを感じるのだ」
「そっか、俺も純血だったね。でもさ、それとこの星の未来に関係というか意味があるの? 偶然というには少し、というかかなり不可思議な事実なんだろうけど」
「自分で言っていて正しいと思うか?」
「今気づいた。もしかしたら関係があるのかもね」
「そこで『星の意思』だ。もし仮に星の意思がこの地球に住まう者達を拒絶しようとしているなら、現状を理解することも難しくはないだろう」
「当時の異星人が完全に地球人に入れ替わったのはいつ前のこと?」
「戦争が終わってから千年はかかっただろうか」
「一万七千年も星の意思さんはだんまりして様子を伺っていたの? 猶予期間にしては長すぎのような気もするけど」
「星ではないということか? 我々の知らない外部の要因があるとでも?」
「異星人と言ってもたくさんいるからね。まず、クリーツに異星人が加担していることは確定するとして、その人達がなにを得ているのかという疑問だよね」
「また侵略か?」
「だとしたら現時点で工程のほとんどは終わっていることになるか。人はもういないしね」
「イルカの言う問題の答えにはなっていないか」
「俺達だけで出せる回答じゃないしね」
ジェシカとイルカの衝突は続いていた。さすがの二人も体力が減ってきているせいで最初の時よりも動きは鈍くなっている。距離をとることも増えてきた。
イルカは極限の集中で致命傷からなんとか免れていた。一方のジェシカは無傷であるものの、体力の余裕はイルカほど残していなかった。
双方の譲れない感情は、長引けば共倒れとなる危険を抱えたまま続けられる。
「エルノウ、おぬしは先ほど五万年前にここを離れたと言っていたが、話せるか?」
「いかんせん曖昧でね。憶えている範囲でいいのなら」
「頼む」
「俺が住んでいたころの地球は驚くかもしれないけどこの時代よりずっと高度な技術を持っていたんだ。アイテル理解はもちろんだけど、星に生かされていることの意味を考えて生活していたから技術発展は正しく選択できていたと思う。それで……たぶん、俺が関わっていたと思うある計画で、……なにかが起きて俺は宇宙の果てと呼ばれるところに飛ばされた。そのあとのことは全く憶えていなくて、というかそうなるように操作されていて、……身体もおじさんと同じように機械だった。そうそう、機械だったんだよ! なんか勝手に思い出した。つい最近のことなのにすごく昔のように感じて、……なんだろうね、不思議な感覚だ」
「機械、ということはおぬしの時代にも完成していたのか? 否、そうなのだろうな」
「クリーツとは全然別物だけどね。肉体劣化防止のための通信手段みたいなものだよ。本体は別に保管されている。うんうん。??? え? そうなの?」
「大丈夫か? 記憶が綯い交ぜになっているのかもしれない。落ち着け。我にも経験がある。身体が変わると実態が定まらなくなるからな」
「でもおじさんは? 本体は?」
「もう、ないと思う」
「捨てちゃったの?」
「知らん。そもそもこの身体になったのは自分の意思ではないからな」
「英雄だったんだっけ。たくさんの人に称えられれば、それだけ管理されちゃうからね。仕方ないよね」
「よく分かったな」
「まあね」
「おぬしが星外に飛んだ理由がなんとなく理解できた。計画とやらがこの星の今と重なっているとしたら早いのだが、おそらくそうなのだろうな。ジェシカという者の言い方から察するに」
「俺が、いけない奴なの?」
「さあ、どうだろう。ただな、我は釈然としないのだ。おぬしはなぜ今になってこの星に来たのだ?」
「……やっぱり、そこなんだよね」
「言えぬか」
「言えるよ。でも複雑なんだ。しかも未だになにも掴めていないという現状。どうして来ちゃったんだろうって後悔するくらいだぜ」
「調査、みたいなものか?」
「うん」
「この星におぬしの抱える問題の答えが眠っているだろうと推測し調査したが、実際はなにも見つからない。エルノウ、おぬしに一つ聞きたいことがある」
「なになに言って言って」
「おぬしはいつから記憶が抜けていると知ったのだ?」
「それが、……たぶん、あの時だろうと。いや、どうだろうな。もっと前なのかもしれない」
「これは、想像の範囲でしかないが、おぬしの抜け落ちた記憶は誰かにとって知られてはならないものなのではなかろうか。抜けているにしては正確すぎるような気がする。例えば、おぬしの仲間の中にそのようなことが出来そうな者の心当たりはないのか?」
「仲間ね、なんでだろう。なにも思い浮かばないや。確か、四人、いたと思うけど」
「ほらな。用意周到なのだよ。つまりこうだ。その仲間の中に裏切り者がいるが、それすらも知られてはならない情報であるために記憶から切り離した。身体を移す技術があるのなら技師の中に記憶を操作できる者がいてもなんら不思議ではない」
「完封されているんだね。そんなんじゃこの先なにを話しても進展しないかもね」
「……それなんだが」
「どうしたの急に。なんか発見しちゃった?」
「話を少し戻すが、我は先の戦争で王族の生き残りを連れて逃げたと言っただろう」
「続きがありそうな感じでいいね。それで?」
「我はその後、その者と結ばれ、子を作った」
「おじさん、やるねえ」
「そして我々は、生まれた子にかつての女王と同じ名をつけた」
「粋だねえ、で?」
「アシュリと……」
「ア、シュリ? ……ああ、アシュリちゃんね。いい名前つけたね。それで? 今も元気してるの? へ?」
「とうの昔に召されたよ。……それよりも、まだ分からんか?」
「……だからさ、なんでそうなるのさ。おじさんとはさ……」
「関係がないとでも言うつもりか? それはどうだろうな」
「記憶が、曖昧なんだ……」
「おぬしは我がここに着いた時、確かに『アシュリ』と呟いたのだ。言ってくれエルノウ! おぬしのアシュリとはなんなのだ!」
「はっきりしていない。でも、俺が愛して、……そして別れた人だ」
「おぬしに一つ言い忘れたことがある」
「なに?」
「我が軍の長、女王アシュリは『三万年以上生きている』と当時語っていた。そしてあれから約二万年が経過している。これは、偶然だろうか」
「顔は、形は覚えているか? なにか特徴だけでもいい。教えてくれ!」
「顔を憶えているのか?」
「忘れる馬鹿がいるかよ。ていうか思い出したのはついさっきなんだけど、でも忘れるわけがない。俺が愛した人なんだから……」
「とうとうここまで来れたか」
「なんだよ」
「これを見てくれ」
ポチは追加兵装の四角い二本の鉄柱らしき物体を前方に傾ける。そして左側に注目するようエルノウに求めた。すると今度は鉄柱が鈍い音を立てて上部の蓋らしきものが縦に開く。中には丁度人が一人入るくらいの空洞と、複雑に張り巡らされた機械のなにかと、見覚えのある物体が入っていた。
エルノウはポチに言われるがままにその『首飾り』を取り出した。
「アーカ・ドライブまんまじゃないか」
「中には女性の写真が入っている。見るといい」
赤い宝石の側面には押し込むなにかがついていた。
エルノウはその部分にゆっくりと指を添える。
……。
横に開いた宝石の中には、元気のよい笑顔を浮かべた少し『丸顔』の若く美しい女性の姿が写ってあった。
「間違いない。……この人だよ」
「当たりだな」
「どうして、これが?」
「この星の各所に放置してあった遺物を回収したのだが、これらの兵装は全て我のナーヴァルエービーに反応して動いた。言い換えれば他の動力源では全く動かすことの出来ない代物だったということだ。そして、それが中に入っていた。さらにその写真は我が王軍の長、アシュリ女王のご尊顔でもある。この時代まで放置されていたことに関してはこの際どうでもよい。問題はおぬしが愛し、離れた女性が我の時代まで生き続けて、そしてこの地を守り続けていたということだ」
「この世界を、守る……」
「それだけではない。地球人の血と、古代に発見された『謎の至宝』だ」
「至宝?」
「女系にのみ継ぐことを許される正体不明の力だ。女王はそれを悪用されぬよう孤独に守り続けていた」
「おじさんが知っているということは、王女に渡ったってことだね」
「察しが早いな。そのとおりだ。女王はあえて『古代』という言葉を用いたが、それは間接的に言い換えると若き日の女王の時代ということであると我は解釈している。おぬしが地球にいた時代と女王が至宝を手にする時代が重なっているのだとしたら、おぬしの記憶がなくなっていることとの関連性はもはや無視できないとは思わんか?」
「俺とその至宝になにか重要な事実があると?」
「繋がりがないとは考えられん。むしろ密接な関わりがあると想定したほうが自然であろう。とにかく、おぬしはなにかを起こしたのだ!」
「ははははは!! こいよ! もっと! もっとだ!!」
「くそ! なぜ倒れない!」
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