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交錯する者達 / through the conclusion



 リネンは研究所内宿舎で生活していたので帰るところがなくなった今は祖父母の家に行くしかなかった。気乗りしない表情を残しつつも彼女達はそこに向かうことを決意する。研究所から歩いて三十分ほどの距離にあったのでそのまま徒歩で行くことになった。

 その間リネンはポチに誘導されながら人気のない道を歩く。

 一人と一体はまだ新鮮な衝撃を脳裏に抱えながらぎこちない言葉を数回交わした。そしてポチは地質の状態から現代の年代を割り出したようで、どうやら一万年以上像のままでいたらしいことが分かった。



 昔の記憶を呼び起こすのに難儀しながらも、少しずつ自分のことを語るポチ。

 この言葉を話す四つ足の物体はもともと人間だったらしく、長い生涯の末、第三者の手で機械の体にされ永久保存されたのだという。

 リネンが機械の身体を今も動かすことが出来ているのはどうしてかと尋ねると、ポチは『ナーヴァルエービー技術』で動いているからだと答えた。彼女達の世界でいうところの永久機関の一つなのだという。

 さらにリネンはどうして自分に協力しようとするのかと言葉を選びながら質問した。するとポチは、リネンが死んだら悲しいからだと言い切り、それ以降到着するまで会話はなかった。



 ……ポチは遥か後方に追跡者がいることを知っていたが、後ろを振り返ることはしなかった……。



 リネンの父、『アダル』は幼少のリネンを非特権者である自身の両親に預けていた。アダルは必要以上の生活資金を彼女の祖父に送っていたが、彼らは自分達のためには一切使わず、将来のリネンのためにとっておき、また祖父は物売りをして生活を支えていた。

 祖父母はリネンに強く生きてもらおうとあえて過剰な愛情を注ぐことはしなかった。食も着衣も知識も必要最小限のものを与えた。この考えは結果的にリネンのてんかん症状を抑制もしくはわずかな回復へと向かわせた。



 また祖父のリンドアルはリネンに『星の意思』についての教育を施した。自然と共に生き、死ぬことの意味や大切さ、時間の長短の無意味さなどを教え、その甲斐があってか、リネンは純粋に万人を愛せる人間へと成長した。ファスークス所内で生活するようになってからも、祖父は彼女のことをなにかと気にかけていた。



 リネンは祖母のジェンに休日を利用して帰ってくるよう言われ続けたが、所員からのいじめから惨めな自分を見せたくないと言う理由から断り続け、いつしか祖母のことを鬱陶しい存在と思うようになっていった。



 リネンとポチが祖父母の家に到着すると、待っていたのは老人リンドアル一人だけだった。祖母のジェンは十三日前にこの世を去ってしまっていたのである。

 この時リネンは生まれて初めて取り返しのつかない後悔を経験した。研究所所員の死と変わらないはずなのに、それとは全く異なったはっきりしない悲しみに襲われた。

 リンドアルはジェンが生前病気で覚束ない手で必死に縫い上げた上着をリネンに差し出して受け取るよう促した。だが彼女はそれを受け取ろうとはしなかった。とても人前に見せられる代物ではないと思ったからだった。

 ポチはそんなリネンに受け取るよう動作する。リネンはそれを無視し、かわりに父アダルの居場所の心当たりを尋ねる。すると祖父のリンドアルは、寂しそうな目をして知っていることを話しはじめた。



 アダルがクリーツ研究に関わっていたこと、リネンのために送金していたこと、リネンが勤めていたファスークスの代表『サチテン・クリート』、その夫でありクリーツ技術開発リーダーの『ジェイサン・クリート』の両名がアダルを探しに一度ここに来たことがあることを伝えた。

 ちなみにアダルの送金元から身元を割り出せないか探ってみたが、実在しない場所だったらしい。



 リネンとポチはとりあえず先の襲撃で絶命している可能性があったサチテン捜索を後回しにし、その夫のジェイサン・クリートに会うべく祖父に別れを告げた。

 謎の覆面集団に狙われてるかもしれないことを彼女は考慮して、リンドアルとの長い接触を避けたかったのだった。加えて、てんかんを精神的に克服して強くなったと心配をかけさせぬ配慮もあった。



 ……リネンとポチが去った後、彼女たちの後をつけていた一人の『若い男』がリンドアルのもとを訪ねた。そして数分後、男が出てくる。

 祖父リンドアルは、男の背中が見えなくなるまで、その姿を眺めていた……。



 リネン達はジェイサン・クリートの居場所を突き止めるために情報入手がしやすい人口密集地を求めて歩いた。

 研究所から外に出ることがほとんどなかったリネンには近隣の都市でさえも未開の地のようなものだった。同じく目覚めたばかりのポチにも分かるはずがないので、手探りの情報収集をしなければならなかった。



 めぼしい街を探すべく移動機器を見つけてそれに乗り込んだ彼女達は、その乗り物の機内から流れる公共の映像放送に目を向けていた。

 そこには過激派組織『ナヴィガトリア』のファスークス襲撃、爆破に関する映像と事実報道の映像が流れていた。機内に詰まった人々もその内容に興味を示しているようで、同一方向に首を動かす。



 そこでリネンは信じられない内容の報道を目にした。



『……一部メンバーの名前等の情報は未だ掴めていませんが、リーダーと思われる人物は自らをドラゴンと名乗り、かつて別の組織で活動していたことが関係者からの情報で明らかになりました。今回の襲撃にはこの男も加わっていた模様で、現在行方を捜索中とのことです……』


 目撃者情報から得たらしい組織メンバーの顔写真が公開されていたのだが、その中の一人に色白でおっとりとした目つきをした若く美しい顔があった。

 それはまさにリネンの顔だった。

 彼女は不意に顔を伏せたが音声には注意深く耳を傾けた。今後も近隣地域の情報提供を求めるという記事が読み上げられ、最後に『第39世界政府代表』が新世界を担う一筋の光を閉ざした罪の重大さは死罪に相当するという声明を発し、報道は別のものへと切り替わった。ポチはリネンに小音量で「また一つ調べものが増えたな」と呟いた。



 移動機器が目的の街に着く間、リネンは必死に顔を隠していた。だがリネンの近くを通った少年がその顔に気づいてしまい、たちまち機内は混乱の声で溢れ返ってしまった。過激派のメンバーを逃がすまいとした一般人はリネンを取り囲み、それに動揺したリネンは正気を失い発作を起こしてしまった。

 すると人の群れの中から長身で痩せ型の男が背後から出てきて、そこにいる者全員になにやら罵詈雑言を浴びせかけた。すっきりとした顔立ちをしたその男はうつむいているリネンの視界に見覚えがあるであろう衣服を見せながら……周囲の人達に本当にこの女がさっきの組織員かどうかをもう一度じっくり確かめようと言い出し、彼女の髪を強引に掴み顔を上に向けた。



 人々はややあってから口々に人違いではないのかと声を上げ、長身の男に向かって汚い言葉を吐き捨てながら各々の座席へと散っていった。

 男は髪から手を離すと両手を上げて後ずさる。リネンはその不思議な出で立ちをした短髪の男に背を向けまいと振り返るが、発作に耐え切れずその場に膝をつき、ついには意識を失った。

 その間ポチは彼女の傍らでじっとしていたが、男が周囲にリネンの顔を見せた時、明らかに違う者の顔があったことを見逃さなかった。目覚めてからずっと警戒していた追跡者がこの男だということは手に持ったジェンの形見ですぐに読み取れる。ゆえにポチは、意識を失ったリネンを介抱しようとためらわず手を出すこの男を一声で止めるにはいささか早計とみて動くのを我慢した。



 移動機器を降りてからもリネンを抱えた男がどこかへ行こうとするのをポチは止めなかった。ただ黙って後を追うことがなによりの意思表示であると判断したからであった。



 到着したところは『スチート』という名がついた人通りの多い街だった。そこには高層建築物や娯楽施設、住居などが入り混じるように建てられていて、なんらかの情報が掴めそうだとポチは直感的に思った。

 中心街に入ると、謎の男はずっと気になっていたことをポチに向けて喋った。


「お前さんは、この子の番犬かなにかなのかい?」


 無言で後をついてくるポチを見て男は小さな笑みを浮かべた。そしてそれ以降男も無言でそれを認めた。

 男はリネンを医療施設に届けるのかと思いきや、ポチの想像を裏切るように近くの小規模宿泊施設へと入っていった。

 受付を済ませ部屋に入ると、真っ先にリネンの小柄な身体をを寝台に寝かせ、ポチを一瞥し、そのままじっとしていろというふうな仕草をしてうろうろと室内を見て回りだす。

 しばらくして男は寝台に戻り、眠っているリネンの長い黒髪の額をかき上げて、両手の手の平を当てた。

 その直後、女性の身体は驚いたように飛び跳ねて、その意識を取り戻した。


「君がリネンちゃんだね。さっきは酷いことをしてごめんね」

「あなたは?」

「俺はエルノウっていうんだ。よろしく」

「あの、ポチは」


 無言でポチが近づく。


「……私は、あの後」

「いやね、さっき電車の中でさ、危なかったでしょ。だからさ、俺が少しだけ魔法を使って君の顔をだね、ちょっと美人にしてやったわけなのよ。ああ、いやいやそういうことじゃなくてね。そういうことじゃなくて君は今でも十分綺麗なんだけどね」

「あの」

「はい?」

「少し一人になりたいので」

「はい」

「いいですか?」

「はい?」


 リネンがそう言うとエルノウと名乗る男がポチの顔を見てやれやれといった顔をして部屋を出るよう合図をした。ポチは背中を向けてそれを断った。


「おいまじかよ」


 エルノウは寂しそうに一人退出しようした。するとそれを見たリネンが「自分のほうが出ます」と言って一人部屋を出てしまった。

 扉が閉まった後、エルノウはポチを見て悪態をつく。ポチはその態度に動揺してしまい「おぬしのせいだろうが」と思わず答えてしまった。

 エルノウは腰を抜かしたようなわざとらしい仕草をして半歩後ずさった。


「なんだよ、オスなのかよ!?」

「追求するところがおかしい」

「いや、そこだろ」


 それから両者の視線が固く交わったまま時間が進んだ。

 ポチは男の正体を慎重に探るようにエルノウを見た。一方のエルノウはただ純粋にポチを構成する物質に興味があるようで瞳を輝かせていた。

 口を切ったのはポチのほうだった。


「どうしてリネンを助けたのだ。そしてなぜそれを持っている」

「あ、これね。彼女の爺さんに頼まれたのよ。なんだか断れなくてね。それにこの服、とてもいい波を持っている。きっと大事なものなんだろう。こんな素晴らしい物を受け取る人を蛮族の暴力に晒すのはもったいないでしょ」

「話が飛んでいることに気がついているか」


 エルノウは首を傾げてから少し黙考してなにかを閃いたような表情で呟いた。


「やっぱり俺、怪しい人物?」


 ポチはリネンの祖父リンドアルの身を案じた。この男はもしかすると想像以上に危険な力を持った生き物かもしれない。ファスークスの襲撃との関連性、過激派組織ナヴィガトリアとの関連性、生き残ったリネンの追跡、即座に始末しない理由、守ろうとする理由、言葉を発した直後に見える隙のない強い視線。ポチはエルノウを敵にすることだけは避けたいと自身に言い聞かせた。


「では、それを渡したらおぬしはどうするのだ」

「そうだね、……いや実はね、困っていることがあってね」

「なんだ」

「俺さ、昔の記憶がないのよ。エルノウっていうのもたぶん仮の名前でさ、自分探しってやつ? ちょっと手を貸してくれるとありがたいんだよね」

「それが目的でついてきたのか」

「うーん、そうとも言える。それと、なんとなく、勘?」

「おぬしは本当にこの星の人間なのか」

「ああ、そうだったよね。その可能性もあるよね。ロボにしては君賢いね。ロボだから賢いのか? まあどっちでもいいか。とりあえず誕生星の真偽についてはたぶんここでいいと思う。若干複雑な身でね、この星のことはまるで分からないんだよね。とりあえず知ってる人がそばにいてくれるだけで捜索が楽になると思ってさ、リネンちゃんを助けたってわけよ」

「さっきリネンになにをしたのだ」

「ああ、あれ? おまじないだよ」


 ポチには見えていた。

 エルノウの両手から一瞬だけ光が発せられたこと、そしてそれはおそらく『アイテル』の力を利用したものであること。本来この世界の文明人では会得不可能であろうアイテルの理解をエルノウという自称記憶喪失の男がいとも容易くやってのけてしまったのである。おそらく誰にも見られていないと思い決行したのであろうとポチは思った。

 アイテルを通じて分かり合えることは確かにあった。しかしポチはこの男の発言にもっと注意深くならないといけないと慎重になっていた。


「そういえばリネンちゃん大丈夫かね。心配だから近くに危険な人物がいないかちょっと見てくるよ」


 そう言うとエルノウも部屋を出た。

 ポチは言いたいことを我慢して彼を止めず二人が戻るのを待った。

 この四つ足の犬型機械もまた、やっておきたいことがあったのである。




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『アイテル』とは


 内宇宙の全ての空間に存在する実態のない有のものである。物理エネルギーは常にアイテルを介しており、動力の抽出や空間を伴った伝達はアイテルが存在してはじめて成立する。また無とは対をなす性質であるため、両者が交わることはない。




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