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掻き回される未来 / to be overturned



「君がイルカのお姉さんだね」

「さあどうかしら。確かに私の顔はあの子とそっくりかもしれないけど、そのように顔を作り変えているだけかもしれない」


 檻の中には人の顔をはっきりと認識できるくらいの光が当てられていた。イルカの顔をした中の女性は幾分か黒い肌をしており、雰囲気もどことなく冷たく、鋭利な印象だった。外見のみの判断ではあるが、エルノウはこの人物が目当ての人物だと即座に感じ取った。イルカが発言したとおりの女性は確かに存在していたのである。


「なんとなく、分かるよ。それと、実はちょっとほっとしているんだよね」

「なにがだ」

「いやね、君の妹ちゃんのイルカも結構いい子だったんだなあってさ」

「はあ?」

「お姉さんのこと、本当に心配していたんだなあってさ」

「あなた、あの子からなにも聞いていないの?」

「そんなことないよ。全部ではないだろうけど」

「心配だから来たんじゃないわ」

「どうしてそんなこと言い切れるのさ。あれ、もしかして照れてる?」

「一卵性生命の確率をあの子は恐れている。ただそれだけなのよ。私が急に死ぬようなことになったらあの子の運命にもなんらかの影響が生じる。特に私達はその傾向が強く出ているみたいだから」

「だから、そういうことを含めて心配しているんだよ。彼女なりの愛情だよ。ね、ちょっと照れてるんでしょ。ね?」

「不思議な人ね、あなた」

「君達には敵わないよ」


 二人のやり取りをドラゴンは黙って見ていた。見知らぬ女性であったことと、同じくそうであろうエルノウとの展開を第三者の目線で楽しんでいるようだった。


「どうする? そこから出てみる?」

「そうね、それも悪くないかも」

「なんで入れられちゃったのよ。反クリーツだというのがばれちゃったのかい?」

「違うわ。私をこの中に入れたのはイルカよ」

「ほう、詳しく聞かせてくれるの? くれないの?」

「詳しく説明する必要はないわ。あの子にとって私はただの足枷でしかない。ここに監禁しておけば外部起因による私の死を避けられる。そう思ったからよ」

「でも、君だって強いんでしょ。双子だから」

「そうね。あなた達くらいだったら十秒もあれば余裕だわ」

「だったらなおさらここから出てイルカの援護したほうが彼女にとっても安全なんじゃないの?」

「あなたのその質問の仕方、誘導してるつもりだろうけど無駄よ。だって、私はこれから『大事なこと』を全部話すんだから」

「え? ちょ、ちょっと待って」

「なに」

「もったいないよ。どうせなら俺の予想を先に聞いてくれ。誘導しようとしていたことは謝るから」

「なんのことかよく分からないけど、いいわ。言って」

「ほんとに? 君はなんて話が分かる子だろう。さて、なにから言おうかな」


 エルノウは考えるような仕草をしてちらりとドラゴンを見る。ドラゴンはエルノウの研ぎ澄まされたような鋭い視線を見て、相手の女性にこれからなにかを仕掛けるつもりなのだと察知した。思わず生唾を飲み込むと檻の中の視線が敏感に反応したと彼は感じた。


「よし、じゃあはじめに、君が捜している救世主というのは俺のことで合っているよね」

「あなたが救世主? いきなり笑わせないでよ。仮にそうなったとしてもあなたは私が求めている人ではないわ」

「あ、そうなんだ。なんか残念。かなり自信があったんだけど。じゃあ本当の救世主って誰なの?」

「さっきまであなた達が会っていた人物よ」

「ヒムカちゃんか。見てたのかい?」

「まあね」

「へえ、そうなんだ」

「それと、もう一人いる。でもその人物はこの世界の救世主にはならない。いつか気づくかもしれない。ヒムカの存在があることが前提だから」

「ふうん、まあいいか。この件については深追いしないでおこう。たぶん、そうしたほうがいいんでしょ?」

「ヒムカから聞いたのね。そのとおりよ」

「君はもう会ったんだね。なにを言われたの?」

「なにも。それが目的ではないから」

「と、言いますと?」

「会うこと自体に意味があった。ただそれだけよ」

「そうか。じゃあ次の予想を言ってもいいかい?」

「どうぞ」

「俺達はみんな、誰かに操られているんだよね。それで今ここにいる。仲間もじきに来る。もう来ているかもしれない」

「捉え方は人それぞれだと思う。そう感じるのであれば感じていればいいし、抗いたければ抗えばいい」

「やっぱりそうか。俺も君の考えに同意するよ。でもこう考えたりもする。操られている事実に気づいてしまうような境遇の者は、すでに抗うことを強制される運命にあるのではないかと」

「あなたは抗えると思っているの?」

「確実に出来るとは言わない。でもどこかに抜けがあると信じている。てっきり俺はそれを成し遂げる者が救世主だと思っていたんだけどね」

「それで合っている。この世界で唯一抗える者がヒムカだ」


 エルノウはまたドラゴンを見た。

 今度はドラゴンも鋭い視線で返した。


「君の特別な力はズバリ、未来予知だね」

「へえ、なかなかやるじゃない」

「ということは、双子のイルカの能力もそれと同じかそれに近い能力を持っているということになるね」

「さあ、どうかしら」

「未来、過去、現在。拮抗しているのはこの三つの時間の流れだ。未来が君で現在がヒムカ。ということはイルカは過去を知っているということになる」

「面白い予想ね。それで? 過去を知るってどういうことなの」

「悲しいかなそれがよく分からないんです。でもそれで正解にならないと辻褄が合わないんだ。イルカは過去を知っている。だから俺達を正確に操作できるんだよ」

「イルカが、操作? それはさすがに飛躍させすぎなんじゃないかしら」

「目が泳いでいるぜ。どうやら君達、俺に会う前からグルだったんじゃないのか」

「……あなた、勘違いしてる。そもそも問題にするべきことはそんなことじゃない。もっと大事なことに目を向けなくてはならないの」

「でも言えないんだろ」

「挑発には乗らない。たとえ今言ったところであなた達にはまだ分からない。むしろ混乱して行き場を失くすだけ」

「試しに言ってみなよ。本当に混乱するかどうか確かめてやるからさ」


 檻の中からの返事をエルノウとドラゴンは無言で待った。黙り込むことが最も効果的であると判断したからだった。

 すると檻の中から舌打ちの音が鳴った。



 あともう少し……二人は我慢強く待った。

 そして……声が返ってきた。

























「……クリーツは人を幸せにするために作られたのではない。人を不幸にしないために作られたの。人類の過去と未来を失くさないために、希望を続けるためにね。この世にはどうしても抗えないものがある。クリーツは現実に人類の希望として受け入れられたけれど、その裏にはもう一つの理由があったの。はっきり言うわ。この星は近く滅ぶ運命にある。全てはそこから始まり、今、救いは終わりに差しかかっている。どう、分からないでしょ? もちろん、私は反クリーツなんかではないわ。でも、私はクリーツを止めたいと思っている。あなた達とイルカとは違う方法でね……」























 エルノウとドラゴンは全身を強張らせながら震わし、そして止まった。

 言葉が出てこなかった。

 今まで積み上げてきた仮説が一瞬で崩壊したのである。

 この彼らの反応は檻の中の女性にとって好機となった。


「はああああああああああああああ」


 檻に当てられた光が青黒く変化すると中の女性は拘束具を力任せに破壊した。そして続けざまに檻を固める金属の柱をもぎ取ると超高速で二人の間をすり抜けた。


「油断した! 追うぞ!」

「あ、ああ!」


 エルノウとドラゴンも出来うる限りのアイテルを放出して駆け出した。青い光の速度は彼らの想像を遥かに超えるものだった。


「やつは何者なんだ。アイテル制御された状態であんな力を出せるなんて」

「おそらく、解放する方法があるんだよ。あれで制御された状態ならとんでもない化け物だ。イルカだってそこまでじゃない」

「どこに行こうとしている?」

「さあどこだろうな。全てが罠ということもありうる。用心して追うぞ」

「……なんだろう。この妙な感じは」

「俺なんかずっとそうさ。違和感ありまくりだぜ」

「これはまずい。まずいぞ。良くないことが起こるような気がする」

「ドラゴン落ち着け。自分を信じろ。俺達の想いに間違いはない!」

「ああ、そうだな。だがこの精神をいつまで保てるか。少し緩んだだけで壊れてしまいそうだ」

「それは俺だって一緒だ。なんてことだ、なんてことなんだ畜生!!」

「あんたのほうが落ち着きないだろうが」

「なにがきついって、あの言葉の可能性を考えなかった自分の甘さだよ。どうして決めつけていたんだ。くそ! どうしてだ!」

「とうとうとぼける余裕もなくなったか。こいつはそろそろ末期だな」

「飛ばすぞ。ついて来い!!」


 彼らが追跡する方向、青い光の進む先にはクリーツ移行施設があった。

 彼女がなにを思いそこを目指しているのか。

 エルノウはなにかを見たような気がした。

 それは靄のかかった重大な記憶が、断片的に理由を示した瞬間だった。


『本能のままに追え』


 まるでそう言っているような気がしたのだった。




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