懇願に屈辱は不要 / true alias is open その2
コトリの住居の前に到着した二人が全身の色を抜いて静かに扉を開けると、整っていたはずの部屋がまるで別の部屋と見間違えるほどに荒らされていた。
待機しているはずのドラゴンも隠れている気配はない。
「狙いは、俺を孤立させることか。それとも……」
イルカが住居の外の通路を調べはじめたのでエルノウは彼女のいるほうに身体を向ける。
「綺麗ね。血痕が見当たらない。拘束されたか気を失ったか。もしくは全部が罠なのかも。部屋の窓から外に出た形跡もないから複数で揉みあった可能性も考えられるけど、これだけじゃなんとも言えないわね」
「サチテンはアイテル使いなのか?」
「さあね。クリーツには直接関わっていないし」
……いない、し?
「サチテンとは何者なんだ? ますます分からない」
「ここにいても結論は出ないと思う。連れ去られた彼が生きていればいずれ奴等から応答してくるでしょう。本部に行けばなにか分かるかもしれない」
エルノウは聞き逃さなかった。イルカははっきりと『連れ去られた彼』と言ったのだ。
古い記憶が気味の悪い音を立ててエルノウになにかを伝えようとする。
ドラゴンと行動していたことをサビッグにいたイルカが知る方法はいくらでもある。問題はその事実をさも当然とばかりに口にしたことだ。
……なんだろう。この違和感は……
考えれば考えるほど混乱は増すばかりだった。
彼女を信用するべきかしないべきか。
彼は運命を左右する決断が目の前に迫っていることを無意識に感じ取っていた。
「姉さんとは一卵性か?」
「そうよ」
「すると、君の目的は死の確率と関係あるとみたが」
「さすがね。そのとおりよ」
「その姉さんと行動を共にしないということは、君と意見が食い違っているんだね。姉さんはクリーツの本部でなにかを起こそうとしている。だが君はそれを反対している。クリーツは君にとっても敵であるはずだ」
「クリーツが敵だなんて、一言も言った憶えはないけど」
「オーチャナーのクリーツ移行施設を襲撃したのは君だね。今日のトップ記事だったよ」
「だからどうしたというんだ」
「君達がこの世界をどうしたいのか、ということだよ。人々のクリーツ化を食い止めたいのか、クリーツ財団という権力を滅ぼしたいのか、もしくは第三の脅威に抵抗しているのか」
「なにが言いたいんだ」
「言えよ。救いたいんだろ、この星を」
イルカが悔しそうな表情をしてうつむく。エルノウは続けた。
「君達は双子である以上運命を共有しなければならないんだ。同じ目標のために進むがどこかで反発も生まれる。結果は変わらないはずなのに、だろ? 君達の食い違いはたぶん、未来だね」
「……知らなかったんだ。最近まで、あんなやつがいたなんて」
……開いた。やっと最初の糸口が見つかった。
「なるほどね。だんだん見えてきたよ」
「あんたには、きっと無理さ」
「それはどうかな。じゃあ言わせてもらうが、姉さんが捜している重要人物って、もしかして俺なんじゃないのか?」
イルカは一瞬のうちに顔を青くして目が飛び出てきそうなほどエルノウを睨みつけた。エルノウは笑いとも悲しみともとれる複雑な表情で彼女を見返していた。
「双子にはよくある食い違いさ。特に君のような時間の流れが乱れているような子にはね」
「は、早く、行かないか……」
……否定しない? これも計算のうちなのか?
「そうだね。善は急いでも全然恥ずかしくない。俺も早くドラゴン探しの旅に出たいしね」
「よし、姉はミントアカにいる。ついてこい!」
二人は即座に色を変えるとスチートの上空を超高速で飛び立った。
「白い色を出す男を見たのはあんたが初めてだ」
「君が好きなように染めてくれても、いいんだぜ」
「そうだな。いっぺん赤黒く染める必要はあるかもな」
「その際はどうか、お手柔らかに頼むよ」
「考えておこう」
……敵にすると、厄介になりそうだな。
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……やあ、スドウさん。また会いましたね。しかしここは酷いですね。あなたのような身分が居座るところではない。今日はどうしましたか。
お互い忙しい身だ。手短に済ませたい。見てのとおり腰を休めるものもない。立ち話になるが、それで良いな?
いいですとも。聞きましょう。
先日、ケプがクリーツ権から離脱したのは知っているな。
はい。実に賢い指導者を同じく賢い市民が持ち上げたようですからね。立派ですよ。そして実に人らしい選択です。
彼らの思想が他の領に支持者を生んでいるという事実については?
初耳です。
政府の中でもそのような考えを持ちはじめた輩が反クリーツを訴えだしている。
ここにきて、ですか。
そうだ。この件についてジェイサン、貴様はどう思う。
別に、いいんじゃないですか。そもそも私達は強制しているわけではありませんし、むしろ意見対立なんてあって当然ですよ。ないほうがおかしい。
一億を切ったそうだな。
はい。もうほとんどの地球人はあちらへ行っています。
前から気になっていることがある。
なんでしょう。
貴様はいつ、行くのだ。
ああ、それですか。それね、よく聞かれますよ。私は運営者です。最後を見届けて、その後の運営を引き継ぐまではここを離れられませんよ。まあ、仕事です。それよりもスドウさん、あなたはそろそろ行かれないのですか。
クリーツというものは、一体なんなのだ?
え? 今更ですか? 資料はご覧になったんですよね。あのとおりですよ。
永遠の健康を約束? あれのことか?
なんだ、読んでくれているじゃないですか。そうですよ。まさに革命です。
わしにはあれが、どうにも信じられんのだ。
なるほど。反クリーツの思想に心を動かされているのですね。ケプの判断に私が抵抗しなかったから。
今もこっちに残っている者は皆どこかで懐疑や真理と戦っている。このわしもそうだ。
正直な人は好きですよ。だから今日も来たんです。
貴様の財団の本当の目的はなんだ。
真の平和のためですよ。
嘘をつくな。地球の現状を見ろ。栄えた土地ほど地獄のような環境に変化しつつあるではないか。
そこのところはスドウさんの役割なのでは?
気が変わったのだ。
まさか、移行した人達を戻せとかいう要求ですか。
いや、そうではない。
ではなんですか。ここはとても息苦しい。確か手短でしたよね?
クリーツ処理を今すぐに、止めてほしいのだ。
なんで、あともう少しなのに。
残った者達でこの星を再建する。
さっきの話、政府にいる反クリーツってもしかしてスドウさん、あなたが指揮していません?
答えてくれ。止められるか?
仮に止めたとしてもその後の平和はお約束できません。あなただってご存知でしょう。思想の違いは戦争に繋がる。現にナヴィガトリアのような連中が財団に仕掛けてきましたし。統制は完全でないとそれは統制とはならないんです。
協力関係では駄目なのか。互いの利得のために互いを侵さないよう厳重に管理さえ出来れば、そして互いの平和が永続的であると確信できれば、戦争は回避できるのではないのか。
甘いですよ。
どこがだ。
思想です。クリーツ派、反クリーツ派なんてものは現実にあってないようなものです。人は一人一人微妙に異なった思想や目標のために生きている。残った人達で地球をやり直したところでなにも変わらない。戦争は確実に起こる。そしてあなた達がいる限り私達の、クリーツの平和は絶対にやってこない。今いる者の全てが行かなければ意味がないのです。まだ分かりませんか? 私の言いたいことが。私達の目的が。
クリーツが本物であるという証拠が心を揺るがしているのだ。あれはなんだ、チャック? 笑わせるな。あんなもの一つで分かるものか。わしは知りたいのだ。貴様が神か詐欺師かを。
私は、ただの地球人ですよ。
クリーツは止めない、それが貴様の答えなのだな。
はい。
そうか、ならよい。わしは最後まで、自分を貫くとしよう。では、さらばだ。
どうか、お元気で副大統領。
……。
私だって、辛いんだよ。
……。
……ガス室だと知ってて入ったのか? それともこいつは死ぬのか?
……ジェイサン・クリート、異常発生。場合によっては救出に向かう。
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