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懇願に屈辱は不要 / true alias is open その1



 アルファーラッツで医者をしていたシンクライダーのもとを離れたドラゴンとエルノウは、一度はぐれた仲間と再度合流するべくスチートに戻っていた。そこには彼ら唯一の中継地があった。コトリの住居である。

 彼らが到着するとそこには誰もいなかった。部屋の鍵は開いたままでポチが仕掛けておいた罠も解除された形跡があった。

 彼女の身に危険が生じたのかもしれない。エルノウは真っ先にそう考えたが、部屋の中を調べてもコトリが抵抗した形跡は見られなかった。

 彼女は自分の意志で外に出た。エルノウはこの状況からそう結論づけた。


「ドラゴン。君に頼みがある」

「なんだ」

「ここでコトリの帰りを待っていてほしいんだ」

「あんたはどうするんだ?」

「ちょっと別件で調べたいことがあってね。もちろん、それなりの収穫を持ち帰ってくるつもりさ」

「俺がかわりに行ったところでみんなの居場所が分かるわけではないからな。大して長い時間の付き合いでもないが、あんたを信じて待つよ」

「ありがとう。でも一ついいか?」

「どうした」

「ここは女性の部屋だ。変なこと考えるなよ」

「その保障は出来ない。俺は男だからな。おかしくならないうちに帰ってきてくれ」

「真顔で言っちゃうところが君らしいね」

「それは褒め言葉なのか?」

「個性があることは素晴らしいことだよ」

「そうか。じゃあ捨てないでとっておかないとな」

「ついでに君の理性も大切にね」

「やはりおちょくってるだけじゃないか」

「ばれた?」

「行くなら早く行ってきてくれ。待つのはあまり得意じゃない」

「ああ、そうするよ」


 エルノウはこの地球に降りた際に乗ってきた小型の宇宙船の様子を確かめに行った。『彼ら』の居場所を特定するためには、船内の機能を利用しなければならなかったのだ。

 特殊な迷彩処理を施していたので第三者に見つからない自信があったが彼は少しだけ焦っていた。

 到着してすぐに全体をくまなく点検してみる。問題はなさそうだった。

 次は慎重に搭乗してみて船体の異常を確認する。誰にも触れられた形跡はないみたいだった。



 彼はほっと胸を撫で下ろした。リンボルと自分を繋ぐただ一つの物体が側にあるだけで先行きの不安は幾らか和らぐ。エルノウはいつもの調子が戻ってくるのを全身で感じながら本格的に作業を開始した。

 まずは地球内で確認された特異体の情報抽出に取りかかる。彼は以前確認した時と変わらない『二つの反応』を見つけ出した。一つはキャピーラに、もう一つはスチートから南に二十キロメートルのところに位置する『サビッグ』という街にいた。


「これ、動いてるな」


 サビッグの一つがこちらに向かって動いていた。その速度は時速『三千』キロメートルはあった。


「速すぎる。まさか、嵌められたか!?」


 船内の画面に映し出された地図の点が中央の位置に近づいてきた。そしてそれは数秒ののちにぴたりと重なる。

 船外を覗くと、そこには青い発光体が一人立っていた。

 エルノウは半ば諦めて外に出た。


「こんなに早く再会できるなんてね。今日はついてるぜ」


 対面する二人。青く染めた女性はその色を解いて綺麗に整った色白の顔を見せた。浮かない表情をしているとエルノウは思う。女性の目は虚ろだった。気の利いた言葉でも掛けてやろうかと笑顔を作るが、相手の意思はエルノウの好意に気づいてすらいないようだった。


「やあ、また会ったね。優しいお姉さん」

「……あんたにしか頼めない」

「あらら? なにかあったみたいだね。どうした?」

「姉を、私の姉の、救出を手伝ってくれ!」

「君の姉さんを? ああいいよ。とりあえず落ち着いてから事情を聞かせてくれないか?」


 青い光を放つ女性、イルカと名乗る者はクリーツ財団のことを調べているうちに彼らの本部の場所を突き止めた。『ミントアカ』という小島だった。そこにはこの星で罪を犯した者を収容し隔離する大規模な施設があるのだという。イルカの姉はそのミントアカ収容所に単独で潜入した。彼女の救出の手を貸してほしいという内容だった。


「相当な混乱っぷりだこと。ところで君の姉さんとやらは何者なんだい? 今の説明だと反クリーツみたいだけど」

「私と姉は双子なんだ」

「と、言いますと?」

「おい、分からないのかよ」

「はい。全然」

「あんたこそ、何者なんだよ」

「ちょっと落ち着きなさいってば」


 イルカは興奮した自分の感情を抑えきれなくなったのか地面を強く蹴った。

 その行動に驚いたエルノウは慌てて宇宙船の陰に隠れる。


「エルノウ」

「俺の名前だね。どこで聞いてきたの?」

「そんなことはどうだっていい。それよりあんた、異星人なんだろう?」

「うん。まあそうなのかな。そうなのかもしれない。似たようなものだよ」

「だったら、今の状況くらい理解しているんだよな?」

「クリーツで人がいなくなっていること?」

「それだけか」

「俺達がクリーツの人達に狙われていることとか?」

「もっと考えろよ」

「考えるって言ってもねえ、そもそもこの星の人達はなんか普通じゃないし」

「近づいた」

「え、なにが?」

「本当になにも知らないのか。あんたはどこの星のやつなんだ?」

「どこの星? ああ、そっか」


 彼の脳裏にシンクライダーの顔が浮かんだ。そしてもう一人……。


「異星の文明が介入していることかな?」

「……そうだ」

「クリーツもそいつらが作ったというわけか。この世界を奪うために」

「それについては断言できない。ただ一つ、奴等が地球人のクリーツ移行を静観していることは確かだ」

「物知りなんだね。感心しちゃうよ。それで君と君のお姉さんは異星人の地球征服を阻止しようとしているんだね」

「違う」

「え?」


 イルカはエルノウの軽い口調に苛立ちを覚えて激しく頭を掻く。

 エルノウの目の奥は辛抱強くなにかを待ち構えていた。彼にとっての重要事項は彼女のものとは異なるからである。

 核心に近づく言葉。それを待っていた。この星を渦巻く得体の知れないものの正体が彼女の口から漏れるのではないかと期待していたのだ。

 ……しかし、この後に発せられるイルカの些細な一言が、彼の感情を大きく揺すぶられることになったのは当の本人も全く予想していなかった。

 優位に立っていた状況が、瞬時に反転してしまったのである。


「……私の目的は、この世界の『神』を探し出すこと」

「は?」

「なんてね。冗談よ」

「なんだか、話が逸れていないか。も、戻そうぜ」

「急にどうしたのよ?」

「い、いやさ、だって、姉さん助けるんだろ? だったら早く行ったほうがいいんじゃないか?」

「引き受けてくれるの?」

「いや、ただでとは言わん。条件がある」

「言ってみて」

「無事に姉さんを救い出せたら、君に一つだけ質問をさせてくれ。そしてその質問に正直に答えてくれ」

「それだけ? 今聞いてみたほうが良くない? なんか、気持ち悪いよ」

「今ではきっと意味がない。それと、俺自身の興味が揺らぐ恐れがある」

「あんたも色々、抱えてるみたいね」

「お互い様ということだ。で、今から行くの?」

「その前に、大事なことを聞いておきたいんだけど」

「なに」

「……あなた、一時期『サチテン・クリート』とつるんでいたでしょ? あれは潜入調査だったの? ずいぶん打ち解けていたみたいだったけど」

「……え? 本当に俺達のことを言っているのか?」

「他に誰がいるっていうのよ」


 エルノウは視力以外の生体機能が失われたような感覚に襲われた。

 全身が硬直し、続いて回復した脳内の言語機能が一つの言葉を連呼する。



『誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ……』



 エルノウの取り乱した表情を読み取ったイルカは、恐る恐る次の言葉を発した。





















「確かその女の本名はサチテン・『コトリー』・クリートだったはず」


 エルノウはイルカの手首を強引に掴んで走り出した。


「ちょっと、どうしたの!」

「一つ確認したい。そのサチテンはジェイサンの、あれのサチテンだよな?」

「ああそうだ。ファスークスの元代表だ。まさか、あんた達……」

「嵌められた。くそ!!」

「なにがよ、ちゃんと説明して」

「飛ぶぞ。青くしてくれ。俺も色をつける」

「おい、待てよ!」

「まず、君が嘘つきではないことを証明する必要がある。俺達のことをいつから、どこで監視していたんだ。答えてくれ!」

「まだ姉を救出してないんだけど」

「あれはこういう質問ではない。もっと重大なことだ。答えたくない事情でもあるのか? それとも今嵌めようとしているのは君のほうなのか?」

「意外に慎重なんだな。あんたの強さの秘密が少し分かってきたよ。そうだね、あんた達のことはファスークス事件のあたりからよ。さっきの機械でこの星に来たんでしょ? それも見ていたし」

「あの時の青い光は俺も見ていた。でもだ、今も感じる君のアイテル流は俺達のいた周囲には少しも感じられなかったぞ」

「それについてはまだ答えたくない。逆に知ってしまうとこの先の判断に影響してしまう。お互いにね」

「俺も前にサチテンの顔は調べていた。妙見コトリと同一人物だという確証があるのか? そもそも見た目の年齢がおかしい」

「年齢? あんた馬鹿なの? 女は化ける生き物なのよ。そういえばあなた、記憶障害持ちだったわね。じゃあ、肉体劣化対応措置っていう言葉は調べた?」

「そういうことか。サチテンは特権者だったな。肉体改造はお手の物か」

「あんたの言葉で思い出したわ。サチテンの旧姓は妙見だったわ。まあ、あそこまでの地位の特権者なら本名そのものも改変できるでしょうけど」

「太郎のことは、知っているよな?」

「同じ苗字だな。調べたけど接点はない。偶然と呼ぶ価値もないことだ。そんなことはよくある」

「ならどうして俺達に接近してきたんだ?」

「私が聞きたいくらいよ」


 ファスークスで働いていたリネンがその代表のコトリの顔を知らなかったなんてことが本当にあるのだろうかとエルノウは感じていた。

 イルカの言葉を信じるべきか否か。確信に至る事実が見つからないゆえに安易な断定は出来ない。そしてイルカはまだ多くの秘密を所持している。

 彼女について分かっていることといえば、目的のために動いているという一点のみだった。



 ……この女性は、完璧すぎる。



 彼はここにきてようやっとその事実に辿り着いた。

 だが、運命は少し進みすぎていた。




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