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遠い日の終わり / touch of the one



 『生命』はこの世界に『死』というものの存在を植えつけさせた。

 死という名の恐怖はそれを乗り越えさせるために無数の苦を与え、意識を持つ者達は未知の恐怖に怯えながら苦をもってそれに挑み、果てていった。



 地球という惑星ではヒトという生命体がその苦痛に怯え、必死に抵抗していた。

 生き続けたい。人類はそう願った。

 理由はただ一つ。死を回避するためであった。



 人類は『生命』の死を肉体の活動停止と定義した。ゆえに彼らは物質的な衰えに対し様々な対策を練り、実践するのである。

 効果はあった。確かに人は長い間を生きた。

 死を回避することは不可能ではない。人類はそう感じることにより次第に死を忘れるようになっていった。

 長く生きることが不死に繋がる。彼らにこのような発想をもたらしたのは、死の苦痛を経験することなく永久に生き続けることが可能な現実がすぐそこまで来ていたからだった。



 方向が変わることに人類は気づいていた。

 たとえ生きる意味が歪んでしまおうとも、彼らにはそれを止める術がなかった。



 ゆえに地球は、欲望のままに新たな試みへと手を出したのである。



 一部の『特権者』はその階級のみに許された肉体劣化対応措置……肉体老化を防止するための細胞操作に疲弊していた。肉体は何度操作を施しても常に衰える物質であったからである。

 一度きりの処置で終われないのか。そんな不満の声はやがて技術進化を伴い全く別の技術を生み出すきっかけになった。それは人の意識を肉体ではない『別の器』に移すという荒技であった。



 記憶情報一時保管システム、通称『CLEATS/クリーツ』と呼ばれるこの技術は、今まさに実働段階に差しかかっており、多くの権力者がその永続的な幸福を求めて声を上げていた。



 クリーツ財団からの依頼を受けた先進医学研究所『F,ZUX's/ファスークス』はクリーツ開発の実用化研究や応用に関する技術協力をしており、『リネン』はそこで所内清掃員として働いていた。



 彼女はこの世に生まれてすぐに母を亡くし、父とその祖父母に育てられた。父の育成に不備や間違いはなかったが、彼女は母親がいなくなった原因は自分にあると思い込み、てんかんを患うようになった。そのせいで学業への道を諦めたリネンは父の知り合いが勤めるファスークスの勤務を薦められ、そこの就職を決めたのだった。



 清掃員として従事していた彼女は入社してまもなく同じ所に勤める研究員にいじめられるようになった。てんかんが彼らの心理や精神に影響したことが主な原因だった。執拗なまでに嫌がらせをする所員も、はじめの頃はむしろ好意的な姿勢でリネンを受け入れていた。

 無慈悲な神の仕業は否応なしに彼女を地の底へ叩きつけた。相談に乗ってもらおうにも、父は彼女の入社直後に行方不明となる。祖父母にはどうしても打ち明けることができなかった。



 ある日リネンは所内の関係者を含む全所員が入れない部屋の開錠方法を知ってしまった。恐る恐る入ってみると、そこは五メートル程はある半球体状の透明カバーに覆われた小型の像が台に立っているだけの部屋だった。像は四本の足で直立している小型の動物を象っており、見るからに古めかしくその表情もどこか物憂げに見えた。

 彼女はこの像を見て今の自分の心情をそのまま映し出していると感じ、返ってくる言葉がないのを承知で話しかけた。像は当然の反応を示した。

 しかし彼女は、それから毎日この部屋に忍び込んでは硬く冷たかろう小動物に『ポチ』という名前をつけてその日の出来事を報告するようになった。



 そんな日がしばらく続いたある日のことだった。

 彼女と世界に、悲劇が訪れたのである。



 ファスークス研究所が何者かに襲撃されたのである。丸腰の所員は武装した謎の覆面集団に次々と殺害されていった。出入り口はどこも封鎖されているらしく、正面玄関には死体の山が出来上がっていた。



 リネンはその時、ポチに日々の報告をしに行く途中だったこともあってか咄嗟の判断で例の部屋に潜り込んだ。

 混乱しながらもあの像に身の危険を伝えると……その直後、リネンの後を追っていた覆面の一人が所持している武器を用いて出入り口の鍵を破壊した。

 扉は鈍い轟音とともに手前に吹っ飛び、半球状のカバーとポチと名づけられた像に当たった。ポチは床に叩きつけられ壊れてしまったが、その中から機械のような物体が現れた。

 むき出しになったその機体はぶるぶると音を立てて震えだし、黄色い光を放つとうねったような低音を響かせて、四つ足の機械のような不思議な物体としてゆっくりと自立した。リネンはそれを見て、ただ恐怖のあまりに叫んだ。



 入り口から黒い人影がリネンを見つけて入ってくる。それを知ったリネンは半ば諦めながらも怯えるようにしゃがみこんだ。するとその後方から所員らしき生き残りが謎の覆面に飛びかかり、リネンに向かって叫んだ。


「声を出すな! ここから出ても死ぬだけだ!!」


 その人物は覆面が持っていた武器を奪うと相手の急所を突いた。そして半身血まみれになった身体を引きずりながら、リネンと四つ足機械のほうへと近づいた。

 名前も知らぬその男は無言で彼女にあるものを手渡すと、その場にくずおれるようにして絶命した。リネンの手の平にあったのは多種の情報保管機能が備わった万能の外耳道挿入式音声発生器、通称イヤフォーンだった。彼女はそれをおもむろに左の耳へ装着する。



 ……。



 残りの覆面が数人こちらに近づいてくる声がした。リネンは極度の緊張状態が破綻したのか、咆哮し全身を震わした。それに気づいた数人が部屋に向かってくる。



 次の瞬間、さっきまで像としてじっとしていた四つ足の機械が強烈な白い光を放出し、リネンの周囲を覆うように金属のような半円の盾を展開した。覆面達はその盾にあらゆる攻撃を繰り出すが効果がないことを確認すると部屋を出て行った。



 ……しかしその数分後、謎の覆面集団は強力な破壊兵器を用いてファスークス研究所の建物を爆破した。



 ほどなくして四つ足が盾を解除すると、そこは晴れ渡る空の下だった。

 リネンは周囲のガラクタや建物の残骸の中から生き残りを探そうとする。だがそこにあるのはただ生臭いだけの赤黒い破片だけだった。『一掴みの未来と希望』を失った彼女は、その場に倒れるように膝を曲げて泣き崩れた。

 知っている人が死んだ。たくさん死んだ。その事実が本物であることに、ただその一点に彼女は泣いた。

 むき出しの機械の体になったポチは彼女のそばで静かに自立していた。


「……ポチ、すごいね。ありがとう、守ってくれて」


 リネンがそう呟くと四つ足が彼女に向き直り「咄嗟の判断だった。あの所員までは守れなかった。すまない」と喋った。

 リネンは目を大きく開いてしばらく絶句した。


「何年ぶりだろうか。まさかまたこのように活動するとはな……。リネン、これは導きだろうか。……起きたばかりだからか、わずかではあるが思考が鈍いようだ」

「ポチ?」

「なんだ? リネン」

「あなたは、一体なに?」

「我は……」


 ポチは自分の全身をまるで小動物がそうするように確認した。


「我は見てのとおりの機械だ。しかしこうやっておぬし達と会話することが出来る。過去を記憶しておくことも出来る。リネンが我に話しかけていたことも……」


 ポチはリネンに背中を向けて原形を失った研究所を眺めた。


「……見たところこれは口封じのための襲撃。リネン、とりあえずここを離れよう」


 リネンはなにが起こったのか判然としないまま、ポチに促されるようにその場を後にした。




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『特権者』とは


 地位や権力、または一定の財力のある者や既得権益者がその証明を提出することにより獲得することが出来る上位階級のことをいう。特権者は生活環境や生命維持のための優遇処置を受けることが出来る。




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