弦間流入鹿の逸脱 / disconnected side of fall
入鹿の視線の先に同じ顔があった。なにが起こったのか彼女には分からなかった。
目の前に立つ女性は間違いなく入鹿の顔だった。考えられることを思い巡らしてみても、点と点が繋がる事実を発見することは出来ない。
入鹿は混乱した。危機回避のために時を戻そうする。
そして意識を飛ばそうとした瞬間、『謎の女性』が口を開いた。
「弦間流入鹿、間違いないね」
「何者だ」
「私はジェシカ・イノ。あなたの双子の姉よ」
「双子、だと?」
「そう。ご覧のとおり、一卵性のね」
「証拠は、どこにある」
「証拠? ああ、疑っているのか。そうね、あなたのことを付け狙う輩がその顔を真似て送り込むなんてことも、あるかもしれないね。まあ、ないと思うけど」
「質問に答えろ」
「私がその証拠よ。勘づいているんでしょ? その焦り方、あなたらしくない」
「なにをしに来た。これから姉妹仲良くってわけじゃないだろう」
「まあ、そう急かさないで。これからちゃんと説明するから」
ジェシカ・イノと名乗る女性は左人差し指を入鹿に見せ、その指先に青い光を放出した。入鹿は動揺を隠し切れず口を開けてその光を凝視した。
「お前も、なのか……」
「そうではない、でもそうとも言う」
「くそ、どうなってやがる」
「チェヌリエの至宝」
「く、そういうことか。お前らみんな知っていたんだな。なぜ受け取らなかった」
「受け取らなかった? 違う。受け取れなかっただけよ」
「悠季子が拒否したのか」
「悠季子って、なに?」
「母親の名前だ。しらばっくれるな」
「そう、悠季子っていうのね。で、その人は今どこにいるの?」
「知るか。本人に聞いてこい」
「生きてるのね」
「だから、どうした」
「別に、なんでもないわ。それより知りたいんじゃないの? この光のこと」
「言いたいんだろ。さっさと言えよ」
ジェシカは周囲を通り過ぎる人の様子を眺めてから入鹿を見つめ直し、指先の光をさらに大きく、強く放出した。その大きさは彼女の身長の五倍程に膨れ上がった。
周囲の人々は全く気づいていない。彼女達以外の街並みはいつもと変わらない景色だった。
ジェシカはさらに光の色を変える。彼女は色の種類が入鹿の発現可能色と一致していることを相手の表情で確認しながら、不敵な笑みを浮かべた。
「もう少し頭の良い妹だと思っていたのに、これは残念だわ」
「はあ?」
「まだ分からないの? じゃあもう一度言うわ。一卵性の双子なの」
「……おい、マジかよ」
「私達の母は一人の子だけに与えなくてはならないものを、あえて双子の片方に与えたというわけ。理由は本人に聞くのが一番だと思うけど、たぶん、興味本位とかじゃないかな」
「そんなことをして、くそ、お前に私のなにが分かるんだ!」
「なにも分からないよ。でも、私達にそんなものは必要ない」
「どうやってそれを知った。お前もあれが出来るのか?」
「チェヌリエ?」
「他になにがある」
「もし使えたら? 困るよね」
「どっちだ」
「出来るわけないじゃない。だってそれは特別なものだし」
「じゃあ、どうしてその光を出せる」
「だから、もっと考えなさいって。これは私達にとって必然的な現実なのよ」
「一卵性なだけでそんなこと出来るわけがないだろ。本当のことを言え。でなければ今から確かめに行くぞ」
「やめときなって。なにをやっても変わらないから」
「そうかな」
「そうよ」
……。
「……悪いな。実は確かめに行った。騙して悪いな」
「で、なにか分かった?」
「お前、もとから異常じゃねえかよ。澄ました体を装いやがって」
「あらもうばれちゃった? でもそうなったのも全部あなたのせいなのよ」
「またそれか」
「あなたが時間を移動する能力を持っていることは知っている。でもそうじゃない。私は知らなかった。でも今は知っている。それはあなたが時間を滅茶苦茶に掻き回すからよ。同じ生体情報で生まれた私にもあなたの運命と同調できる能力に目覚めるのはなにも不思議なことじゃない」
「どこまで知っている」
「なにを?」
「未来だ。お前は未来に起こることを正確に把握している。そうだろう?」
「だからなに? 知ってどうするの? もしかして嫉妬? あなたは未来を覗けないから?」
逆上した入鹿がジェシカの懐に突っ込んだ。
ジェシカは繰り出される拳を冷静に受け流して入鹿の左の顎に掌底を打つ。
やや後ずさるも入鹿の気持ちは収まらない。
その後何度も攻撃を繰り出すがジェシカはそれを全て回避した。
「もう気づいたでしょう? 私の未来はあなたの行動によって差し替えられる。今ここで話したところでそれがあなたの未来に到達することはない」
「それでもいい。今話せ。未来は、どうなる!」
「ほんと、お馬鹿さん。でもなんだか愛着湧いてくる。やっぱり姉妹なんだ」
「話せ」
「しつこいね。じゃあ教えてあげるけど、これだけは先に言わせて。未来を変えられるのはあなただけじゃない。私にも変えられるんだってこと」
「ああ、そうだったな」
「それと、私はあなたに嘘をつくかもしれないよ。それでもいいの?」
「言え」
「あなたに不利な状況を掴ませるために嘘の誘導をするかも」
「馬鹿にするな。そんなことはお前には出来ない」
「やっと分かってきたようだね。お利口さん」
「いい加減気持ち悪いぞ」
急にジェシカが真面目な顔になった。入鹿は彼女の微妙な表情の変化を感じ取り身構える。だがそれからしばらくジェシカは無口になった。大切なことを言う準備なのだと入鹿も真剣に待った。そしてジェシカが悲しそうな笑顔で言った。
「……私達の支配は終わる。この星の文明は巨大隕石の落下によって滅びるのよ。運命の日まであと三日しかない。だから私はその未来を回避するために救世主の力を借りる。『あの人』は今ミントアカにいて、私は特権者の地位を用いてこれからそこへ行く。あと、救世主はもう一人いるわ。こっちはもう一つの可能性を秘めているのだけど、期待は非常に薄い。そしてあなたとは既に会っている。あなたよりも強い、しかし深い悲しみを背負った人」
「まさか、コーネリアか?」
「私、もう行かなくちゃいけないから……」
ジェシカはそう別れの言葉を告げると、足早に街の喧騒の中へと消えていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――




