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ジェシカ・イノの束縛 / connected lives forever



 その日は珍しく雨が降っていた。

 前日に聞いた父からの思いがけない告白が私を雨で濡らしていた。



 父のラーン・イノは男手一つで私を育てた。母は私が生まれた直後に死んだと聞かされていたので私はそれを受け入れて生きていた。

 この世には手に出来るものと出来ないものがある。私にとって母という存在は一生手にすることが出来ないものだった。それゆえに私の想像力は母を完璧な女性として描くことが出来た。

 現実の親子は全てが理想を得られるとは限らない。憎しみ合って互いの命を奪うことだってあるかもしれない。母がいないという単純かつ重大な喪失は私に多くの理解を呼び込み、そして、強くしていった。


「君には双子の妹がいる」


 父ラーンがその言葉を発した時、一番はじめに襲ってきたのは不快感だった。妹が『いる』と確かにそう言ったのだ。父の胸の奥に忍び込ませていた秘密を打ち明けられた瞬間、私は裏切られたと思った。

 秘密にしておく理由があったのだろうか。そしてなぜ今そのことを告げたのか。少し感情的になった私は父に問うた。


「余命、三ヶ月だそうだ」


 彼の人生がその一言に集約されているように感じた。私を育てるために重ねた苦労が彼に弱々しい笑顔を作る。私はなにも考えず、そっと父を抱きしめた。

 クリーツ移行を志願したのだそうだ。そして程なく受理されたことを喜んでいるみたいだった。彼の生涯を思うと涙が止まらなかった。



 雨はさらに強くなってきた。私は今、二十メートル先にいる私と同じ顔の命を見つめている。その『弦間流入鹿』という名前の女性も私と同様に濡れていた。誰かを待っているようだった。

 彼女の後をつけた。すると彼女の視線の先に男性らしき人の亡骸があった。交通事故に遭ったのだろうか、全身は血にまみれている。入鹿は表情を変えずにただそれを見続けていた。



 彼女の身体は微動だにしない。

 大事なものを目に焼きつけるように、その視線を亡骸のほうへと向けて……。



 ところが一瞬だけ目が合ってしまった。入鹿は『迷うことなく』私の立っている方向に首を捻ったのだ。

 急に怖くなった。話しかけるべきだろうか。

 全身が硬直してしまい視線を離すことも出来ない。このまま背中を向けることに危機感すら覚えた。

 雨で濡れた全身が強張って心臓が高鳴る。入鹿は私の存在を完全に把握しているような表情を浮かべていた。



 こっちに向かって歩いてきた。

 どう接してあげればいいのか、頭は真っ白になっていた。



 近づくにつれて同じ顔が正確さを増していく。ほくろの位置まで一緒だった。

 一歩、また一歩と距離を縮める度に、私と彼女を包む奇妙な空間が一定を流れる時を歪めていった……。



 私はなんの取り柄もない女だった。でも目の前の女性は明らかに違う。

 なにかとんでもないことを発言しそうな、そんな視線がこちらに向けられる。



 なにを話せばいいのか。本当に困った。



 入鹿が私の目の前で足を止める。急に雨が止んだ。

 血溜まりの上に寝そべっていた男性が、蘇った日の光に照らされて彼女の影を鮮明に映し出す……。



 私は、口を切った。




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