機械人形はプロコンスルの夢を見る / the greasy observer
ドラゴン達がビルダンに出向いた後、金髪の女ジャロスは急な用事を思い出したと言い一人外出してしまった。残されたポチとガラームはナヴィガトリアのアジトで静かに彼らの帰りを待っていた。
ガラームは自慢の肉体の更なる進化を目標に汗を流していた。それを見ていたポチはリネンを一人で行かせたことにわずかな不安を残しつつも自身の物理的身体強化に向け計画を立てていた。
彼の理想とする体躯は攻撃と防御の両立を基準とした機動的かつ強固な四足歩行体だった。もちろん現代の技術水準では容易に揃えられる代物ではない。それでもこの星を構成している物質のみで装備を整えることが可能だと判断したポチは、それらの兵装を調達する方法をあれこれと考えていた。
彼の身体を構成する『ナーヴァルエービー技術』を生かせる特殊な材料はどこの誰に聞けば見つけられるのか。機体の中の意識は答えに辿り着けるかどうかも分からないことを延々と計算し続けていた。
ガラームは必要以上に負荷をかけていた。それを見て呆れたポチがアイテル理解の重要性と発達に繋がる訓練を指南する。するとガラームは「信用しているのは己の身体のみ」と言うことを聞かず無駄に発汗を続けた。しかしこの貴重なやり取りがのちに彼自身とポチを救うことになる。
クリーツ財団との協議にドラゴンではなくこのガラームが参加していたら、その後の未来は大きく変わっていたかもしれない。それはある意味でポチの先見の明が光を得たとも言えた。ポチがアジトに留まったことは決して無駄な判断ではなかったのだ。
エルノウが入鹿と対峙していた頃、ナヴィガトリアのアジトにはクリーツの息がかかった武装勢力が押し寄せていた。全身を白く纏ったその集団はもぬけの殻となったアジトの中でその実力を発揮することなく武器を下ろした。
その数分前、ポチとガラームは静かに脱出していた。無駄な衝突を避けるためにポチが血気盛んなガラームを説得し半ば強引に引っ張り出したのである。
ポチはジャロスの行動に細心の注意を払っていた。彼女の行動がなにもかも完璧で不自然に見えていたのだ。ナヴィガトリアのような集団の輪の中においてその完璧さは外部との交信を匂わせていると彼は勘付いていた。ゆえに今の緊張状態の中で彼女の単独行動はポチに身の危険を感じさせる十分な材料となりえたのである。
ポチにとって結果は重要ではなかった。今回の惨事も的中こそしたがそれは単に確率の中の正解を引き当てたに過ぎない。リネン達の未来の不幸は外れるべき予感でなければならかったのだ。
果たしてドラゴンはここまでの事態を考えていたのだろうか。それは本人に聞いてみないと分からないことだが、おそらくこうなることは予想できなかったのではとポチは思った。
この機械の身体を纏った彼はなにも見ずともクリーツ側との力量の差を測ることが出来た。そして、奴等はきっとどこまでも追いかけてくる、まだ実力を披露する時ではないと自分に念を押していた。
またポチは生きている限り態勢を立て直せてもこのまま黙って待つことは得策ではないと感じていた。力なき正義もまた、罪深いことを知っていたからである。
ガラームは兵器好きな男だった。彼が愛用している大型の筒型兵器はリネンに渡したブラウ・ビット程ではないが異質な機能を備えていた。物質アイテルにシャット流を配合することでその効力を増幅させるという彼らしい武具だった。
ポチはガラームにこの兵器の開発者について尋ねてみた。するとこれはドラゴンから譲り受けたものらしく、彼と親交のあった『ケプ』の街に住む男が作ったという情報が返ってきた。それ以上の情報は曖昧だったがポチはガラームの思いがけない一言にほんのわずかな期待を抱いた。
武器に詳しくアイテル理解もある者ならば擬似的にナーヴァルエービーを生成することが出来るかもしれない。この泥から金塊を生み出すくらいの淡い期待は、次第にポチ自身の希望へと変化していった。
ちなみに金塊とは希少価値のあるこの星の重金属の塊だった。ポチのナーヴァルエービー生成に必要な物質でもあった。
調べるとケプはスチートから東南に四百キロメートル程離れたところにあった。
ポチ達は急いでケプの街を目指し移動を開始した。
ビルダン高級宿泊施設崩落事件の報道が発信された後、ガラームはいつもの元気な面影が全く感じられない目をするようになり、ポチの発言に少しだけ賛成するようになった。あれだけきびきびとしていた彼の筋肉もまるで腱を抜かれたように垂れ落ちて、その表情以上に元気のなさを露にしていた。
リネン、エルノウ、太郎、ドラゴンの名前は公共に発信されなかったが、セフメットが命を落としたことは嫌というほど伝えられた。ガラームはその事実の悲しさだけで終わってほしいと願った。彼はまだ生存者がいることを頑なに信じていたのである。
ポチはそんなガラームに肉体の鍛錬を勧めた。彼のアイテル理解はあの筋肉破壊が安定的な進歩に繋がっていると考え直したからだった。彼はポチの言葉に力なく頷き、訓練を再開した。
信じることはガラームの力になった。ポチはそんなガラームの心を感じていた。それはこの時代にふさわしくない無邪気な心だった。ポチは自分も昔はこんな馬鹿野郎だったと思い返していた。
人生で一度きりの純粋な若さがそこにあった。ポチはガラームに現文明最強のアイテル使いとなる未来をほんの一瞬だけ見た気がした。それはひょっとしたら彼が過去に見てきたもう一つの未来なのかもしれないとポチは思った。
肉体を捨てたポチは睡眠を必要としなかったが、時々夢を見る自分がいることに気づくことがあった。今の自分は何者なのか。なんのためにここにいるのか。長く生き過ぎたことにより感情が薄れ、守る者に対する価値が分からなくなることがあったのだった。
だが今はリネンを守るという『意味』がある。そしてそれは、ポチ自身が本当の生きる価値を見つけ出すための糸口であることも認めなければならなかった。
この心情はガラームが筋肉を痛めつけることとなにも変わらなかった。同時にポチ自身が立ち向かわなければならない生きる主題でもあった。
ゆえに彼らはよく似ていた。しかし彼らはそれを認めようとはしなかった。そこがまた良く似ているところでもあった。
ケプの街で武器に詳しい人物を捜索していると『ザ・クラウン』という男の存在に行き着いた。彼がいるという屋敷に着くとどういうわけか本人が待ち構えていたとばかりにポチとガラームの来訪を歓迎した。
「お前だな、太郎の仲間って奴は」
「は? まあ、そうだが。どうして太郎を知っているんだ?」
「おう、そうか。お前は知らないんだったな。あれはあいつだな、ドラゴンとかいうやつか?」
「言っていることが分からないんだが」
「まあいい、とにかく中に入れ」
中に入るとそこは屋敷というより大規模な鍛冶場つきの武器庫だった。壁際には大型の武器が屋敷の守りを固めるかのように並べられており、この男の神経質を体全体で感じられるこだわりの棲家だった。
ポチとガラームはその辺にある背もたれのない椅子に座らされ、早いところ話を聞こうとでも言いたげに身を乗り出したザ・クラウンが自己紹介をしはじめた。
彼はナヴィガトリアが結成される前、太郎と共に正しい世界と人の生き方を今の時代の民に理解してもらうべく活動してたメンバーの一人だった。太郎を含めた四人はアイテル存在を見つけ出したことが発端となり巡り会ったのだという。
出会って間もない頃は真の平和社会実現のための慈善活動をしていたがクリーツ技術の発明以後は各々の意見が分かれるようになっていき、特に太郎は近い未来の人類滅亡を危惧しクリーツ打倒を解決の糸口に掲げた。他のメンバーは太郎の考えに異を唱え、それぞれが独自の思想を持ったまま組織は名をつける前に解散となった。
その後ザ・クラウンは故郷のケプに戻り武器職人となる。世直しとは正反対の生き甲斐であることを承知しながらも彼は製作に没頭した。その間太郎にも武器を作ったことがあった。今ガラームが背負っているものがそれだった。
彼はケプをいかなる条件下においても争いには関わらない絶対中立都市にした。世界を守れなかったことに対する小さな罪滅ぼしのためだった。そのために彼は政治家にもなる。自由を主体とした自然主義を提唱した彼に、ケプの民は最終的に同調したのだった。
第39世界政府がケプの独立を認めるとその直後にケプは独立都市となった。ザ・クラウンはケプに功績を称えられて首長という地位をもらうことになる。以後の彼は政治活動から身を引き武器作りに没頭することになった。
彼はまた民から偉大な恩人としての敬意と孤高の変人としての嘲弄を同時に受けた。妻と子が一人ずついるが現在は別居しており、民もその事実を知るものは少ない。彼との関係に問題があるわけではなく、彼の変人としての断片的な評価をおもんばかっての配慮だった。
太郎がナヴィガトリアを結成してからは彼の能力に合致した兵器開発にも着手した。特に材質にこだわり、硬度の高低を機能的に使い分けることによってその武器の耐久性や威力を限界まで引き出すことに成功していた。
しかしそのどれもがザ・クラウンの理想には程遠い『傑作』ばかりだった。
「……というわけだ。どうだ、楽しかったか?」
「ちょっと待て、頭が混乱している。つまりあんたが言うにあの太郎ちゃんがナヴィガトリアを作ったっていうことなんだよな」
「そうなんだろ? そもそもナヴィガトリアの言葉の意味は太郎の苗字だろうが」
ガラームは頭を抱えて自分の殻の中に閉じこもった。
「そういうことか」
ポチが喋った。
「おおびっくりした。なんだお前、オスなのかよ」
「おぬしもそれを言うか。まあいい。苗字というのはもしかして妙見か」
「なんだなんだ? おたくらホントになにも知らないんだな。まあいいさ。それで? そちらの自己紹介はするかい?」
ガラームとポチはそれぞれ簡単に紹介を済ませた。途中ザ・クラウンは不服そうな顔を見せたのでポチはその自己紹介の中に現状の装備の問題点を付け加えて彼の機嫌を修正した。
ポチという得体の知れない自称生命体が語るのをザ・クラウンは真剣な面持ちで聞いた。とりわけ彼の視線はポチの外部装甲の独特な意匠に注がれていた。
一方のポチは武器庫からナーヴァルエービーを生み出せそうな装備を探していた。そして当然のように該当するものは見つからなかった。
ポチはまだ混乱から抜け出せていないガラームを無視して正式に外部兵装の新規作成を依頼した。ところがザ・クラウンはなにやら独り言をぶつぶつと呟きながらポチの装甲を見つめるばかりで一向に返事をしてこなかった。
しばらく待っているとなにかを思い出したのか、奥の資料室らしき部屋に飛び込んでいき一冊の古めかしい書籍を持ち出してきた。
「ポチ氏、ここを見てくれ!」
そこには謎の金属についての記述があった。確かにポチの外観とよく似た模様の金属と思われる物体が写真に納まっていた。写真に添えられている文章を読むとそれらはオーパーツと呼ばれているらしく、世界中のいたるところで発見される時代と乖離した物体なのだ、と書かれていた。
それは紛れもなくポチが追い求めていた兵器だった。だが彼はいくら記憶を掘り起こしてもそのような物体を放置した記録は残されていないことを知っていた。ゆえに機械化したポチが稼動を停止した後の戦争から生まれた爪痕の一つなのだろうと彼は解釈した。
「これは今どこにあるのだ?」
「おそらく今もここに書かれている場所に放置されていると思うな」
「なぜ分かる」
「ここを読んでみてくれ」
『……このオーパーツは極めて特殊な物体であった。いかなる方法を用いようとも一ミリすら動かすことが出来なかったのだ。これには筆者も腰を抜かした……』
「腰を抜かしたところは大して重要ではない」
「おぬし、エルノウと同じ臭いがするが、知り合いか?」
「知り合いではないが、会わずとも分かる雰囲気の男なのは今の一言で十分伝わった」
「そうか、ならば今すぐここの場所を教えてくれ。ガラーム、出立の準備だ」
「え? もう行くのか?」
彼らには時間がなかった。こうしている間にもリネンが新たな危険に晒されるかもしれない。ポチの焦りは時が過ぎるごとに加速し、自分でも制御しきれないほど増幅していた。
ザ・クラウンから詳しい場所を聞き出したポチは全速力で屋敷を出ようとした。
「ポチ氏、少し待て。準備をしてくる」
「まさか、ついてくるつもりか」
「当然だろ。今日の出会いは人生の転機に等しいんだ。今行かなくていつ行くのだ」
ザ・クラウンがケプから出た。これは街中が騒然となるほどの重大事件としてのちに扱われた。ナヴィガトリアとの関係性まで辿り着いた報道記者はいなかったにしろ、とうとう彼は国民を裏切ったのだという風説は立った。だがザ・クラウンという男にとってこの風説はむしろその身を身軽にさせた。
三つ目のオーパーツが見つかった頃、ザ・クラウンのイヤフォーンに旧友からの連絡が入った。『ペイス』という名の女性からだった。
「タロウとリネンとかいう女がいるってよ。つうか、なんでうちらのこと分かったのかね?」
「そりゃあチップつけてるからだろ。もしかしてクラウンさん、あんたの腕にも入っているんじゃないのか?」
ガラームはとにかくはしゃいでいた。仲間が生きていたことの喜びを爆発させていたのである。
ポチはガラームに優しく言葉をかけると彼は目に涙を浮かべて「あんたもな」と言い、初めて会った時のようにじゃれあった。
ザ・クラウンは微笑みながらため息をつき空を見上げた。
「ペイス、タロウに伝えてくれ。今からそっちに行ってやるから準備体操しっかりやっておけよって。いいかい? それじゃまた」
「おぬし、行くのか?」
「だって、ポチ氏も行くんだろ。仕方ねえよ」
ポチはなにやら考え事をしはじめた。
話の続きをガラームが引き継ぐ。
「解散してから会ってないのか?」
「そういうこと」
「心変わりをしたということか。普通だったら絶対に行かねえぞ。おかしな空気にするつもりなら帰ってくれないか」
ガラームの要求にザ・クラウンは口籠った。ポチはガラームにザ・クラウンの今までの協力を冷静に言葉に変換して並べた。するとガラームはすぐに前言を撤回した。ザ・クラウンは丁寧に頭を下げた。
新たに装備を増やしたポチはやや大柄な体躯になったものの、数人の人を乗せての飛行が出来るようになった。時間のない彼らはあまり目立たないようにペイスのいるところを目指して飛ぶ。
ポチには一つ気がかりなことがあった。ビルダンの事件以降誰も追ってこなかったことである。考えられる理由をいくつか挙げてみたがどれもが事実に繋がる前に空想として霧散した。嫌な予感は目的地付近まで続いた。
この世界はなにかがおかしい。ポチは自分が未だ到達できていない重要な秘密がこの世界に隠されているのではないかと疑った。
彼が違和感を感じたのは、この時が初めてだった。
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……マイヤーズ君、現状を報告したまえ。
はい。現在ナヴィガトリアに目立った行動は見られません。前回の接触で活動を停止した可能性も含めて調査を続けておりますが、クリーツ施設等への報復攻撃はなく、人民移行作業は滞りなく行われております。
よろしい。ではマスター、君の個人的な意見を聞かせてくれたまえ。
と、申しますと?
奴等は今後我々にどのような対応をしてくるのかということだ。
はい。わたくしの私見ですが、おそらく十分な策を練ったうえで再度接触を試みてくるだろうと思います。奴等の仲間が一人死にました。行動理由を鑑みるに精神的な損害も大きいかと。ですから次に起こす行動は前回よりも慎重になろうかと思います。
優等生らしい回答だ。結構。死者の回収と移行は?
全員無事に完了しました。
よろしい。君は実に優秀だ。
ありがとうございます。
あ、そうだ。
どうされました?
そういえば、ビルダンでの件の報告書の中に予想を超える能力を持つ者がいたと書かれていたけれど、具体的な説明を今できるか?
はい社長。奴等の能力はまず対人戦闘に特化したものでありました。そのような状況を念頭にした陣形を考えていたようなので、以前社長が言われたとおり馬鹿な奴等ではないと思います。五人のうちの三人はわたくしと新入りよりも半分近く下回る戦闘力の差がありました。残りの二人は余力を温存しているような立ち回りだったので絶対量は未知です。もしもその二人だけがあの場所に来ていたら勝敗は分からなかったと思います。
君よりも、強いと?
まだ、断定することはできませんが。
ふーん。まあでも結局負けたんだったよね。
はい。第三者の介入がありました。
確か、青い塊だっけ?
おそらくは人型のなにか、です。これは推測の域を出ませんが受けた打撃は人の拳のような感覚でした。
『ブルーマン』がおいしいところを全部持っていったと。
現在調査中です。
マイヤーズ、君にも感情的なところがあるんだね。実に貴重な表情だ。
恐縮です。
腹に何発入れられたんだっけ?
五十発以上、です。
二秒で?
はい。
僕はね、君が嘘をついているとは思っていないよ。だがね、財団理事の連中はさすがに君の虚言を疑いはじめているよ。
それならば、仕方ありません。
だな。でなくちゃ財団の計画そのものに問題が生じてしまう。不確定要素は目を瞑るのが一番楽だから。
次は、確実に仕留めます。
そうか、なら頑張りたまえ。
はい。
ブルーマン、ね。彼らも知らない存在がこの星にいるっていうことはまさに脅威だよ。僕らは不運な生物として終わってしまうかもしれない。
努力します。
一応念を押しとくけど本当にブルーマンはナヴィガトリアと無関係なんだね?
そう報告を受けています。
四つ巴の攻防か。勝ちたいね。
はい。
マイヤーズ、死ぬなよ。私にはまだ君が必要だ。
わたくしにはもったいないお言葉です。報告は以上です。よろしいですか。
そうだったな。早いところ進めよう。
失礼します。
うむ。
……。
出来ることなら全員助けたいものだ。残った者達に地獄は見てほしくない。でなければ僕らの魂は永遠に救われないよ……。
……ジェイサン・クリート、今日も異常なし。
ブルーマンね、弱そうな名前だこと。ふっ、おもしろいじゃないの。やってやるわ。もう一つの可能性を実行できるのは『私』だけなんだから……
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