舞踏会二日目 ~正体~
セルはコルヌの寝室の中、扉の前に椅子を持ち込み、腰をかけたまま一晩を過ごした。
アイギスとのやり取りを何度も反芻していたセルは一睡もできなかったが、そんなことよりも怒りや呆れの方が強かった。
このバカ兄弟っ
とんでもないものを偶然とはいえ生み出してしまい、危険だとわかっていながら廃棄をしなかったアイギスも、兄の為に自分の身を犠牲にしてそれを死守したアルフレッドも、よく考えてみればどちらもバカだ。
魔術師のアルフレッドが魔力を吸う宝石と四六時中共にあるということは、とてつもない危険が付き纏う。
その場は切り抜けたんだから、さっさと外してもらえば良かったのに!
ついカッとなって護衛を買って出てしまったものの、冷静になればアルフレッドにも落ち度があると思い至る。
自分の命を縮めるものを肌身離さずいる、その神経は全くもってわからない。
あんな危険物を人目に晒し、平然と過ごすことのできる感覚もわからない。
第一、かなりの魔力と共に生命力が吸い取られているのに、頑なに額に置くなど正気の沙汰ではない。
「護衛はいらないって言ったはずだけど?」
深く考えていたセルの耳に、機嫌の悪そうな声が声が聞こえた。
寝台で身を起こしこちらを見つめるのは、昨晩と同じくアルフレッドだった。
「私も引き受ける気はなかったんですけどね。成り行きというか、売り言葉に買い言葉というか・・・」
「アイギスにいいようにされたってわけだ。」
「う・・・。」
正直、うまく乗せられた気がしていた。
自分の性格はアイギスに知られているのだから、どうすれば思った通りに動くか計算できただろう。
「宣言してしまった以上、簡単に撤回もできませんし、アルフレッド様には迷惑かもしれませんがお付き合いいただきますよ。」
魔術師の宣言。
それは、誓いの言葉である。
自然とその内容は王と魔術師長に届き、故に簡単に撤回することも破ることもできない。
だから宣言する魔術師はとても少ない。
それをセルは口にしたのだ。
アルフレッドは、思いっきりため息をついた。
「僕だって魔術師だからね。宣言されては無碍にできない。・・・・まったく、面倒臭いこと言ってくれたよ。」
「・・・面倒臭いのはお互い様だと思いますが・・・?」
アルフレッドは怪訝な顔をする。
それを見て、セルは呆れながら続けた。
「あなた方兄弟は面倒臭すぎます。世界一の頭脳なんて、研究にしか使えないなら意味ないでしょう? それに、あなたも頑固すぎるし、面倒だったらありゃしない。」
その言葉に、しばらく惚けたアルフレッドは、数回瞬きをしてから答えた。
「ああ、“きょうだい”ってそっち?」
? どこかで聞いた言い回しだな
セルは記憶を辿る。
最近聞いた気がして、近い記憶から丁寧に思い出す。
そして、ラーラへと辿り着いた。
そう、確かに倒れる前に彼女はこう言った。
『え? 兄ってそっち?』
何かがおかしい。
アイギスの話には、何かが足らないのだ。
見間違うほどそっくりな双子の兄妹。
二人の額の紫の宝石。
表にほとんど出ない妹。
魔術師として王宮に顔を出し、社交界にも姿を現す兄。
同じような言い回し。
消耗し倒れるまでの術を施す理由。
そして、直前まで妹だった筈の兄。
「アルフレッド様・・・・あなた・・・一体誰なんですか?」
セルは、ありえない答えに行き着いた。
けれどもしかしたら、アルフレッドならアイギスを守るためにやってしまうかもしれない。
彼にはそれを実現するだけの魔力がある。
緊張して答えを待つセルと対象的に、アルフレッドは落ち着いた表情をしていた。
全てを話さないことには護衛など任せられない。
しばらくの沈黙の後、アルフレッドは隠してきた本当の名前を口にした。
「僕は・・・・・ラーラ=ルーシアン=アルフレッド=サーペント・・だよ。」