舞踏会一日目 ~額の宝石~
「聞き捨てならないな。誰が役に立たないって?」
ラーラの口から、さっきまでとは違う声が流れる。
高く可愛らしかった筈の声が、低めの声へと変わっていた。
体を起こし、髪をくしゃりとかきあげたその顔は確かにラーラのものだったが、セルは違和感を感じていた。
違う、ラーラ様じゃない
「一人で充分だって、いつも言ってるよねぇ?! 今までそうやってきたのに、なんで勝手に護衛なんて決めるんだよ!」
アイギスに向かって怒りをぶつけるその様は、深窓の姫君ではなく・・・・
「ま、まさか、アルフレッド様?!」
セルは大きな声で叫んだ。
驚き、目を見開いて見つめるセルをラーラだったはずの人物は一瞥して言った。
「まさかも何も、アルフレッド以外の何者でもないんだけど?」
「そんな・・・さっきまで確かにラーラ様で・・・・」
愕然としながら、セルは何とか頭を廻らす。
そしてアイギスに辿り着いた。
「アイギス、あんた、これもあんたの・・・!」
「元凶は私だが、決めたのも、頑固に続けてるのもフレッドだ。」
アイギスに食ってかかるセル。
顔色も変えずに語るアイギス。
そのアイギスを睨むアルフレッド。
コルヌは深く長くため息をつくと、収拾がつかなくなる前に宥めることにした。
「事の次第をセルに話そう。元々そのつもりだったんだろう、アイギス。」
「ああ。そろそろ味方を増やす頃合いだと思ってな。」
「勝手に決めるなんて信じられないっ!」
アルフレッドは声を荒げる。
「これを守るのは僕自身だって、最初から言っておいたよね?! 僕がどんな思いで決めたのか、アイギスはわかってると思ってた! アイギスの為に、アイギスを守る為に、僕はあいつにここへ宝石を埋めさせたのに!」
額の宝石に手をやり、眉間にしわを寄せる。
その顔は襲撃してきた男にラーラが向けたものと、全く同じ顔だった。
ただ違うのは、アイギスを見る目が涙を浮かべていることだった。
「護衛なんていらないからね!」
そう言うと、ラーラだったはずのアルフレッドは寝台に潜り込んだ。
「ことの始まりは、アイギスの研究成果なんだ。」
コルヌは呆然としたままのセルに話し始めた。
「造ろうと思っていたものとは全く違ったんだけどね、とんでもないものができてしまった。まあ、所謂失敗作なんだけど・・・・」
「どこかから漏れて、狙う輩が現れたってわけだ。」
アイギスが続けた。
「私の留守中に屋敷に忍び込み、盗もうとしたのをフレッドが見つけた。賊の人数から適わないと判断したフレッドは、渡さない為に最悪の決断をしたのだ。」
セルは息を呑む。
最悪の決断、それはさっきアルフレッドが言っていたーーーー
「フレッドは相手に、本物がこんな所にあるわけがない。偽物だって思わないのかと言い放った。その結果、効果を試す為に・・・額に・・宝石を・・・・」
アイギスは苦しそうに目を瞑り、斜め下に顔を伏せる。
さらり、と上に流していた長い前髪が崩れて頬にかかった。
「私のせいなんだ。失敗したのならすぐ廃棄すれば良かったのに、その決断ができなかった。偶然の産物でもう造れない。表に出す気にはならなかったが、手放すことは・・・・できなかった・・。」
「アイギス・・・・」
コルヌがアイギスの肩に手をやった。
労わるようにそっと置かれた手は、苦悩する従兄弟の肩を優しく叩く。
セルは一つ気に掛かった。
まだ語られていない、けれども重要な事がある。
「宝石の効果って、何ですか?」
世界一の頭脳を持つアイギスが、弟を案じて苦悩する代物だ。
しかも、廃棄をためらう程の物とは?
アイギスがゆっくりと、唇を開いた。
「触れている者の魔力を・・・・吸い取るんだ・・。生命力と共に・・・。」
その言葉にセルは目を見開く。
アイギスの辛そうな姿も、存在してはならない宝石の話を聞いた後ではもう同情などできなかった。
「あんた、バカか?! 自分の弟が魔術師だっていうのに、そんな危険な物を廃棄しないで自分の屋敷に保管するなんて! 世界一の頭脳が聞いて呆れるっ!」
その言葉にコルヌが反応する。
「アルフレッドが魔術師になったのはその後だ。魔力があるのはわかっていたが、そこまで強いとは誰も気付いてなかったんだよ。」
「そういう問題じゃありません! 強かろうが弱かろうが魔力を持つ者がいる所に、天敵とも言える危険物を保管するのが間違いなんです! アイギスは肝心なところが抜けてるんですよ!」
アイギスを指差して、セルは怒りをぶつけた。
今更どんなに反省しても落ち込んでも苦悩しても、起きたことは変えられない。
それでも、魔術師として許すことのできない罪を犯した者を責めずにはいられなかった。
魔力と共に生命力をも奪う宝石。
そんなものが敵側に渡って、もし量産などされればどんなことになるか。
「これより先、アルフレッド=サーペントの身体及び精神に至るまで、何人たりとも傷つけることは許さない。この身、魔力すべてを用い、護り通すことを『沈黙の魔術師』としてこのセル=ラ=ユールが宣言する。・・・・・・これで文句ないな?!」
きっぱりとそう言い切ったセルは、断固として断るつもりだった護衛を自ら引き受けたことに、かなりの時間が経って後に気が付いた。
アイギスは宝石をもう造れないと言っていますが、セルは現物があれば製造方法もいずれは見つけ出せると思っています。
なので「量産」という考えが浮かぶのです。