舞踏会最終日 ~庭園にて~
「ちょっと! そんなに離れていては護衛にならなくてよ。」
長い髪を綺麗に結い上げ、真新しいドレスに身を包んだラーラがセルに言った。
急遽参加する事になったため、予備のドレスなどないラーラに、日頃お世話になっている魔術師長からドレスが届き、それに合う靴やアクセサリー類は何故か騎士団長から届いた。
どれもラーラの魅力を引き出すのに十分な品だった。
「いや、その、どうして私までこんな格好しないといけないんですかぁっっ!」
情けなく叫ぶセルは、魔術師の象徴のローブではなく、騎士団の制服に近いかっちりとした服を纏い、コルヌに護衛なのだからと言われて帯剣までしている。
後ろで一つに纏めた髪は、さらりと背を這う。
こんな姿を見られたら騎士団から何を言われるか、不安でしかない。
「仕方がないでしょう? 私のドレスと一緒に贈られたんですもの。一緒に着なくては失礼に当たりますわ。第一、国の護りを担うトップの方々からの贈り物よ。捨て置くことなどできないですもの。」
「それは・・・どうとでもなりますよ。本当、着替えさせてください・・・・。」
がっくりと項垂れるセルに、ラーラは淑女の笑みで答えた。
「駄・目。」
「ラーラ様ぁっ。」
涙目になるセルと、それを見てくすくすと笑うラーラは、傍から見れば仲睦まじい恋人同士にも見える。
それが舞踏会最終日の、参加者たちの興味を引いた。
幻の姫の恋人は王太子殿下ではなかったのか?
人々は、コルヌとラーラを失礼とも思える程に、ちらちらと見ながら様子を窺う。
その視線にうんざりしながらも表にそれを表すことなく、ラーラは周囲の様子をさり気なく探った。
会場にあの男の姿はない。
ゆっくりと見渡せば其処彼処に騎士団員が、不自然にならないように配置されている。
中には制服ではなく、普通の貴族の格好の者たちもいた。
手厚い警護ね
ラーラはそう思い、少し離れた位置のコルヌに目を向けた。
目が合えばいつもの様に柔らかい笑みを贈られた。
周りの好機の目が一斉に向けられる。
息が詰まる様な視線に耐えられず、ラーラは溜息を抑えてセルに言った。
「少し人に酔ったみたい。」
「では・・・風に当たりに行きましょうか。」
ラーラは、セルに促されるまま、あの庭園へと向かった。
「あぁっ、もう、息が詰まるわっ。」
うんざりした顔で、ラーラは内に溜めていた息を盛大に吐き出した。
昼間よりもひんやりとした夜の空気を思いっきり吸い込む。
後ろに控えたセルが微かに笑った。
「お疲れ様です。私もやっぱりああいう場は苦手です。」
「あら、普通の話し方でいいわよ? ここには噂好きの雀たちはいないわ。私はこの姿だから、いつもの様には話せないけど。」
「・・・いえ、私も今は任務中ですのでこのままで。」
「そう? セルは真面目なのね。私が構わないと言ってるのに。」
くすくすと笑う姿は、どう見ても貴族のご令嬢だ。
いや、王族の深窓の姫君の方が正しい。
体を締め付けるコルセットなどしていないのに、折れそうな程細い腰。
優雅な立ち居振る舞いに儚さが漂い、誰もが守ってあげたくなる様な美姫。
「なぁに? そんなに見つめて。」
知らぬうちに凝視していたセルは、少し気まずい顔をしてそれに答えた。
「いえ、本当に美しいなと思いまして。事情を知っている私でも、ついそのことを忘れてしまいそうです。」
「ありがとう。私も今回は驚いてるの。今までで最高の出来だわ。・・・ねぇ、もしかして魔術師長、いらしたんじゃない?」
「いいえ、いらしてませんよ。私が場を離れた時も、そんな報告は受けていません。」
ラーラはセルの言葉に首を傾げた。
今も体の奥から溢れる魔力は、舞踏会初日に比べて遥かに多いと感じるのに。
魔術師長が分け与えてくださったとしか思えない。
そう考えた時、殺気を感じた。
「ラーラ様!」
素早くセルが動き、ラーラを庇う様に剣を構えた。
その姿に既視感を覚える。
が、深く考える間もなく、あの男の声が響いた。
「魔術が駄目なら剣術で、と思ったのだが、そちらも扱えるとは。面白い。」
セルはいつの間にか現れた男に警戒しつつ、その言葉に応えた。
「私は面白くも何ともないですがね。あ、私がいる限り、ラーラ様には指一本触れさせませんから。」
「大した自信だな。」
「幼い頃からこの国一番の剣に鍛えられてますからね。それなりには使えますし、敵に対して容赦はしない様に言われてますので。」
セルの目がすぅっと細められる。
今までの優し気な雰囲気など欠片もない。
戦闘時の魔術師以上の気迫を纏う彼は、騎士の中でも上位の者と並ぶ程に隙がない。
どう見てもただの魔術師には思えない。
「ーーーきさま、何者だ?」
男は、初めて会った時と同じ言葉を発した。