舞踏会三日目~五日目
あの『沈黙の魔術師』が護衛の仕事に就いたーーー!
舞踏会三日目から、王宮内ではその噂でもちきりだった。
魔術師たちや騎士団の面々のみならず、舞踏会に集まった貴族たちも驚きと共に噂の真偽を知りたがった。
そのせいで、アルフレッドもセルも最終日まで部屋で過ごすしかなくなってしまった。
混乱の中二人が現れれば、必ず隙が生じる。
あの男はそれを見逃さないだろう。
下手をすれば王宮内にいる人々に被害が広がる。
「顔を出すのは最終日だけで良し。その際はラーラ姫が参加すること。」
そう王に言われては大人しくしているしかない。
アルフレッドとセルは用意された部屋で、どうやって時間を潰すか悩むこととなった。
「そういえば、アイギスとコルヌとは知り合いなの?」
ふと思い出して、アルフレッドはセルに訊いた。
「学生時代の友人ですよ。知りませんでした?」
「全然。」
確かにあの二人は同い年で、学舎も同じだった。
でも、アルフレッドは二人から他の人物の名前を聞いたことがなかったのだ。
王族と親しくなろうとする者が多いのか、もしくは王族だから近付く者がいないのか。
そう思って深く聞くこともなかった。
「ん? あれ? てことは、セルは二人と同い年?」
「はい。・・あ、れ? そう見えませんか?」
「ごめん、僕と同じくらいかと思ってた。」
アルフレッドは驚いた表情のまま、目の前の男を見た。
青年、ではあるものの、まだまだ少年らしさが残っている顔は、意外と整っている。
やはりアイギスやコルヌと比べると、どうしても年若い印象が強い。
まあ、アイギスのように他人の事など気にしないばかりか、場合によっては同等だとも思わない堂々とした態度や、コルヌのように狙った獲物は逃がさず喰らい尽くす獰猛さを、その柔和な顔で上手に隠す芸当に対抗できる人間などそういないが。
「やっぱり成長が緩やかになってたんですね。」
「え?」
セルは少し困ったような顔で、天井を仰ぎ見た。
「魔術師長に言われたんですよ。他の魔術師に嫌われて、自宅に篭るようになって家族ともすれ違っていた頃、久し振りにお会いした時に開口一番に・・・・『なんで変わってないの?!』って叫ばれまして。どうやら内向的になったせいで、私の魔力が体の成長に影響を及ぼしたようです。」
ふうっと一息吐くと、アルフレッドに目を向けた。
「でも、多分もう大丈夫だと思いますよ。『あなたが動いた時に、時間は進むはず』とも仰ってましたから。私は、初めは勢いだったけれど、アルフレッド様を護ると決めました。そして、あなたは私のありのままを認めて下さった。」
アルフレッドの目が揺らぐ。
「私は心から、あなたをお護りしたいと思うのです。」
そう言い切ったセルは、先程よりも大人びて見えた。
確実に時間が動き出したのをアルフレッドは感じた。
「なら、その話し方をやめてくれないかな? 僕はあなたと対等でいたいんだけど。」
軽く肩をすくめてアルフレッドが言うと、少し驚いたセルは右手を軽く口元に持っていき、しばらく考えてから口を開いた。
「わかった。口が悪いだの、苦情は一切受け付けないからな、フレッド。」
飾りのない言葉に、アルフレッドは嬉しそうに笑って答えた。
「そんなの気にしないよ。言ったでしょ、対等でいたいって。」
男の姿なのに可憐な仕草で顔にかかった髪を耳にかける。
ラーラの時よりも少ないものの長さは変わらないまつ毛で瞬き、セルに言う。
「対等だからこそ、セルには言っておくよ。僕の魔力は確かに普通の魔術師より高い。でも、昔より遥かに弱ってる。魔術師長様のおかげで持ってるようなものなんだよ。アイギスにもコルヌにも言ってないけど、本当は性別を変える様な魔術はもう、そんなに簡単には使えないんだ。」
だから、いつもは簡単なまやかしの術で誤魔化してるんだと、寂しそうに微笑んで言うアルフレッドに、セルは言葉も出ない。
昨日のラーラは完璧だった。
たおやかな深窓の姫君そのものの容姿で、他のどんな令嬢も霞んで見える程だった。
あれで昔より魔力が弱っている?
「今回は準備に時間をかけたからね。毎日少しずつ魔力を貯めていってできた業だよ。でも、最終日もラーラで、となるとちょっときついかな。」
「じゃあ何で王に言わなかったんだ? 事情を話せばアルフレッドのままで出られたんじゃ・・・」
「それじゃ意味ないよ。そろそろ決着を着けたいんだ。」
アルフレッドは真剣な目でセルを見る。
その目には現状をどうにかして変えるという意志が見えた。
が。
「ってことで、最終日に備えて魔力を貯めるから、後よろしく。」
そう言うなり、ごろんとベッドに転がった。
「は、はあっ?!」
あまりのことに、セルは間抜けな声を出す。
目を瞑って本気で寝始めるアルフレッドに、空いた口が塞がらない。
しばらくの後、やっと声を上げた。
「よろしくって何だよ!? おい、フレッド! 」
「・・・・・・うるさい。最終日まで寝るから、ちゃんとま・も・っ・て・て!」
おやすみっ、と言い捨てて、そのままアルフレッドは深い眠りに入った。
残されたセルは何が起きているのか分からない。
分かっているのは、今日を入れて三日の間、眠るアルフレッドの護衛をたった一人で熟さなければならないという事だけだ。
一人ということは、食事はともかく、トイレも風呂も簡単に行かれない。
「・・・・嘘だろ・・・・。」
静かな部屋に、セルの深いため息だけが響いたーーーーー。