サーペント家の兄妹
『幻の姫』・・・国中からそう呼ばれる王太子殿下の従妹姫は、殿下の恋人であるという。
体が弱く、滅多に社交界に姿を見せない為、その呼び名がついたほどの秘蔵の姫君。
けれども、彼の姫君の姿を知らないものはいない。
なぜなら・・・・『幻の姫』には、全く同じ顔をした双子の兄がいるのだから。
「フレッド! フレディ! どこだ、アルフレッド!?」
王宮へと詰めていたはずの屋敷の主の声が、屋敷に響き渡る。
「なんですか、兄上? 大きな声を出さなくても聞こえますよ。」
奥の部屋から顔を見せたアルフレッドは、襟元の詰まったシャツを着て、手にはローブを持っている。
これから王宮へ向かう予定だったので、王宮魔術師としての正装姿だ。
「取り澄まして話してる場合じゃない! しばらく王宮へは行かなくていい。準備をしろ。」
「準備?」
「急遽、王宮主催の舞踏会が決まった。二週間後だ。」
「は? 何、そのムチャぶり。」
アルフレッドは城で働く者たちを思って驚いた。
たった二週間で客を迎える支度を整えるのがどんなに大変か、王はご存知なのだろうか。
「祝賀パーティーなんだそうだ。」
「・・・何の?」
ぐっと息をつまらせ、アイギスは目を逸らしながら答えた。
「私の、研究の成果・・らしい・・・」
アルフレッドは目の前の兄を見つめた。
アイギス=ストロワーネ=ネーデル=ルーシャッサ=サーペント博士。
この国、いや、この世界最高の頭脳を持つ男。
また何かとんでもない発明をしたのだろう。
「で? 出仕も取り止めて、何の準備をしろって?」
とりあえず、決まってしまったものは仕方がない。
例えそれが兄の研究の成果を祝うものでも、王宮主催なら仕方がない。
仕方がないのだが・・・・。
「今回は、彼の『幻の姫』の出席要請があってなぁ。しかも王直々に。」
「はぁ? 出るわけないじゃん。ムリでしょ。」
「・・・・・断ることができると思うか? 」
アイギスは眉をひそめつつ、アルフレッドを見やった。
薄紫の柔らかく癖のある髪。
長い睫毛に優しい眼差し。
かなりの美少年だ。
でも、何より目に付くのは、額に輝く濃い紫の宝石だった。
「今回は一週間催される。その内の一日でも姿を見せれば許して下さるだろう。フォローを頼む。」
「・・・・一日ね。それ以上は無理だからね。ラーラは社交界に慣れてないんだから。」
アルフレッドはそう言うと奥の部屋へと戻って行った。
『幻の姫』の名前は、ラーラ=ルーシアン=サーペント。
その双子の兄の名前は、アルフレッド=サーペント。
だが、二人の姿が同時に見られることはない。
社交界担当の兄を休ませる為に、妹は時折姿を現すのだ。
それも自らの意思ではなく、兄たちの頼みを聞く形での参加だ。
正直、ラーラにとって、舞踏会への参加は苦痛でしかなかった。
ここぞとばかりに貴族青年たちが群がってくるのには辟易していた。
ドレスもきついし、いいことなど何もない。
「一日だけでいいのよね? それ以上は耐えられない。」
そうつぶやくと、ラーラはアルフレッドの選んだドレスに靴と装飾品を合わせる。
胸を強調しないドレスはラーラの好みだ。
当日髪をセットするのもアルフレッドに任せる。
ラーラにとって、何事もアルフレッドが一番なのだ。
「あ~あ、めんどくさい。紳士淑女の皆様の相手なんて、アイギス兄様一人でいいじゃない。」
ラーラは鏡を覗き込み、アルフレッドそっくりの顔を眺める。
その額には、全く同じ濃い紫の宝石があった。
「・・・これの為にも、顔出しは必要、か・・・・」
ラーラは心底嫌そうな顔をして、当日の装いの最終チェックに戻った。