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しばらくウッカsideが続きます。
『そう、ならやる?』
お姉様は私にそういった。お父様とお母様が大事にしていたナザント領をダメにしてほしくないといった私に、お姉様は気にした様子もなく。
『物なんて思ってませんわ。お母様とお父様の残した領地ですもの。ただやりたいなら貴方がやっても構いませんわ。大変ですから、ウッカにできるかわかりませんけど』
そして私を挑発して、笑みを張り付けて去って行った。
お姉様がそういう作られた笑みをするようになったのはいつからだっただろうか。私はその笑みを浮かべるお姉様が嫌だった。
昔のお姉様は、私の記憶違いではなければ私に優しくて、いつだって楽しそうに笑っていた。お姉様とギルお兄様と、私で遊んでいた記憶がよく残っている。
―――あの頃の私はお姉様が大好きだった。優しくて、いつだって私を可愛がってくれるお姉様が大好きだった。なのに、お姉様はいつからか優しくなくなって、今みたいに作られた笑みを張り付けるようになって、こそこそと何かをするようになった。
外を出る事を私は許されないのに、お姉様は外に出て。そして奴隷を買って。お姉様が何を考えているのか全然わからなかった。
お姉様は、奴隷を引き連れて去っていって、残された私は正直困った。
だって、お姉様があんな簡単に当主としての座を私に簡単に渡すなんて思わなかった。
「………ナザント公爵としての地位をあんな簡単に渡すなんて何を考えているんだ」
アシュイ様がそんな声を上げる。
「ウッカの姉であるから、もしかしたらと思っていたが、やっぱりあいつはダメですね」
「そうだな、ナグナ様。って、ナグナ様?」
騎士団長の息子であるダンル様と宰相の息子であるロラ様がそんな言葉を口にする。そして彼らはナグナ様へと声をかけたわけだが、ナグナ様は放心していた。
「ナ、ナグナ様」
いつもの自信にあふれた顔ではなく、放心状態で、私は心配になった。
ナグナ様がこんな状況になった原因はわかる。お姉様が簡単に婚約破棄を認めたからだ。
ナグナ様は、お姉様の事が嫌いなわけではない。ただ、私と一緒で、突然変わってしまったお姉様に色々思うことがあって、キツイ態度しかできなくなったってそんな風に言っていた。
お姉様が、ギルお兄様の傍では昔のように笑っていたって――――、そんな風にナグナ様は言っていた。お姉様は私にナグナ様に近づかないようにいっていたから、ナグナ様の事を少なからず思っていると思っていた。だから、もし婚約破棄なんて言われたらお姉様は動揺すると思った。なのに、あんなに平然とした態度をするなんて。お姉様は本当に何を考えているのだろうか。
周りには沢山の生徒たちが居る。私たちを見てささやき合っている。
「エリザベス様、いい気味だわ」
「……あのエリザベス様を追いやるなんて」
「大変なことに……」
笑っているもの、不安そうなもの、呆れているもの、反応はそれぞれだった。
私はただ、お姉様に謝ってほしかった。悪い事から足を洗って、昔みたいに戻ってほしかった。
ただ、それだけだったのに。
それだけだったから、不安だったけれど、証拠を集めてお姉様を糾弾したのに。
お姉様は、どうして―――。
「………騒ぎになっているから、来てみれば」
考え事をしていたら、ギルお兄様が居た。ギルお兄様は私を見ている。昔みたいに優しい目ではなく、冷めた目で見ている。
ギルお兄様の事も私は大好きだった。ギルお兄様は私の初恋だった。でも、ギルお兄様はお姉様が変わってから、変わってしまった。
「………ギルお兄様」
「ギル・サグラ! 貴様もエリザベス・ナザントの悪行に手を貸しているんだろう」
アシュイ様がそんなことを言った。
そうすれば、ギルお兄様は呆れた表情を浮かべた。
「そんなこと俺はしていませんね。そしてエリーもそんなことはしていません」
ギルお兄様はそういって、私に視線を向ける。
「ウッカ」
「は、はい」
久しぶりに名前を呼ばれて驚いた。お姉様もギルお兄様も、私に滅多に話しかけなくなった。昔は”ウッカ”って親しみを込めて笑ってくれたのに。
こういう状況だけど嬉しかった。ただ、大切な人と話せることが。
「エリーは昔から変わっていない」
「え?」
「……こういう事を起こすのならよく調べてからやった方がいい」
ギルお兄様はそれだけ告げて、背を向けた。周りからの視線がギルお兄様に集まっているが、ギルお兄様は気にした様子もない。
変わっていない?
お姉様が?
全然わからない。
だってお姉様は変わってしまった。変わって、ナグナ様たちの耳に入るぐらい悪行をしているといっていた。
調べた方がいいって。ナグナ様たちが調べてくれたことだった。
実際に私もお姉様が奴隷にひどい事をしたり、夜中に男の人に命令したりするのを見てきた。
だから、私は―――。
わからなくて、混乱する。
「……ウッカ様、とりあえずナザント公爵領に向かいませんか?」
そう告げたのは、ルサーナだった。犬の獣人で、お姉様が一番最初に奴隷にした少女。お姉様に捨てられて、私が引き取った少女。
ルサーナは、よくわからない表情を浮かべていた。
喜びでも、悲しみでもない。
どうしてそんな表情を浮かべているのかわからなかった。
だけど私はその言葉に頷いた。




