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「兄貴が頼みがあるってさ」
そんなことを言ったのは、勢いのままに王位継承権を返上し、カートラを追いかけて私の元までやってきたクィアである。……様付は「カートラがここに仕えていうなら俺も仕える」と言い出して私の配下に加わってしまったために却下されている。
正直王位継承権を返上しようが王族相手にと戸惑ったが、最近慣れてきた。
クィアは口調もカートラたちに影響されたのか、大分普通になっている。でも王族として生きていたのだから、その気品は失われていない。
「……兄貴ってどちらの方?」
「王太子の方」
「王太子殿下が、私に何の頼みがあるのかしら?」
全然わからなかった。
クィアの隣にいるカートラも詳しい話は聞いていないみたいだった。それにしても、パーティーが行われた時はこうしてクィア様がカートラに恋愛感情を抱くとは予想外だった。
恋のために地位を捨てるって物語の中では結構あることだろうけれど、現実的に考えればそんな風に出来る人って少ない。
地位や権力はなかなか捨てられるものではない。
私も、ナザント公爵として生きていきたいと思っているから、それを捨てる気はない。
まぁ、クィアが第三王子っていう立場で、王太子ではなかったからそんな簡単に捨てられたのかもしれないけれど。
「ああ。兄貴の婚約者を預かってほしいんだ」
「……え? 王太子殿下の婚約者をって……」
流石に驚いた。
だって王太子殿下の婚約者っていう事は、次期王妃である。そんな存在を預かってほしいだなんて何事なのだろうかと考える。
「王位継承権争いが激化していて色々危ないらしいんだよ」
「……でもなんで私の所に?」
「俺がいるからって。それに俺がエリザベスなら大丈夫っていったから」
そんな風に言われて何とも言えない気分になる。信頼してもらえるのは嬉しいけれども、王太子殿下の婚約者という立場の人間を預かるというのは正直荷が重いと感じてしまう。
上手くできなかったときのリスクは高い。もしこのナザント公爵領で、預かっていた王太子殿下の婚約者様に何かがあれば大変なことになる。でも成功した時のメリットも大きい。
隣国の王太子に恩を売れることになる。
これから色々やりやすくもなる。
そう思ったから私はそれに結果的に頷いた。
そして王太子殿下の婚約者様はやってきた。
「よろしくお願いしたしますわ」
名をアンリユア・サイレーアといった。
美しく、気品にあふれた女性だった。銀色にきらめく髪を持ち、まるで天使か何かのように美しかった。
王太子殿下の婚約者という地位にとどまっているのもあって次期正妃というのに相応しく優秀であるとクィアがいっていた。
「クィア、久しぶりね」
「お久しぶりです。アンリユア様」
「あら、前みたいにアンリ姉でいいわよ?」
「……俺は一応王族ではないんだけど、もう」
「いいわよ、ここでは無礼講で。それに貴方にそんな態度をされると悲しいわ」
どうやらアンリユア様とクィアは親しい仲のような。見た感じ、姉と弟のような関係に見えた。
それを見てウッカを思った。
私の可愛い妹の事を考えた。
ウッカの姿を最近見ていない。話は聞いていてもさびしく感じてしまう。
「エリザベスさん、どうしたの?」
「……なんですもないですわ」
表情が崩れていたらしく、アンリユマ様にそんなことを言われて、否定した。
それからアンリユマ様は、「私の事はアンリと呼びなさい!」といってきた。アンリ様と呼ぶようになった。
アンリ様と過ごす日々は楽しかった。
アンリ様は、姉のような存在になった。
私の事も可愛がってくれた。私にはそれが心地よかった。誰かに可愛がられるというのは久しぶりで。お母様とお父様が生きていた時の事を思い出していた。
アンリ様の事を狙った刺客とかも勿論いた。
アンリ様は王太子殿下の婚約者で、それだけ狙われる要因があった。頼まれて守っているのだけれども、預かっているけれども、個人的に私自身がアンリ様に何かあるのは嫌だと思った。
だから私の全力を用いて守ろうと思った。
「私は末っ子だから妹が出来たみたいで嬉しいわ」
そんな風にアンリ様は笑ってくれた。
「私も長女なので、お姉様が出来たみたいで嬉しいです」
そう告げれば抱きしめられた。
「お姉様って呼んでくれてもいいのよ!」
そんな風に言われたから今度はアンリお姉様と呼ぶようになった。
そんな姉妹のような関係は構築されていく。
だけど、私は妹のウッカとは、全然あっていない。




