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スラムへと顔を出す当日が来た。一緒に居るのは、ウェン、サリー、ポトフ、そしてツードン様の一見で配下に加わってくれた人々。
あと騎士団の人々。
大部分の人たちは周りで私たちの周囲に気を配ってくれる予定だ。傍にいてくれるのは、ウェンたちばかりだ。
こうして知らない場所に出掛けるというのは、ルサーナと一緒にクラウンド先生に連れられて街にいった時の事を思い出す。楽しかったなと、思い起こす。領民たちとただのエリーとして過ごした日々は、もう随分昔の事のように感じてしまう。
お父様が亡くなって、領主を継いで、そうしてから余計に時が進むのがはやく感じてしまう。
「エリザベス様、お守りします」
「………私はただのエリーとして、スラムを見る予定ですわ。だから、呼び方には気をつけなさいね。ウェン」
スラムに居ても違和感のないような恰好。それをわざわざしてまでこうしてスラムに出向いているのだ。
―――私は、私が立ち向かわなければならない問題だというのならば、現地をしっかり見て、それで色々判断したい。
この国の貴族として、私は様々な問題と直面していかなければならない。問題がない国などなく、私は、この国に仕えている貴族なのだから。
私がしなければならないこと。
スラムの現状を知ること。
少なからずこのスラムで暮らす人も、同じ国民であることには変わりはない。その国民が幸せになるために私がしなければならないこと。
完全に解決することは不可能。そんな夢物語のようなものを言うつもりはない。私が目指さなければならないのは―――、解決ではなく、少しでも改善を。
少しずつ改善していけば、どのくらい時間がかかるかはわからないけれど、私が生きている間にはどうこうなる問題でもないかもしれないけど、いつかは、スラムと街の区別がつかなくなる日も来るかもしれない。
「エリザ……エリーには手を出させません」
サリーは、エリザベス様といいかけてそんな風に言った。
そうそう、ポトフの奴隷の首輪もこれを機に外すことになって外した。奴隷から解放されても、彼らは私の元で働いてくれていて、それが嬉しい。
「ありがとう。サリー」
「僕も頑張ります」
ポトフもそういってくれて、スラムに入る前になんだか和やかな気分になってしまった。
スラムって危険な場所で、ウェンたちが例えば私を裏切っていれば、私は大変なことになるだろう。でも、そんな心配は正直わいてこない。三人が居るならどんな挑戦も出来るんじゃないかってそんな確信もないのに考えてしまう。
スラムへと入った。
みすぼらしい恰好をした人々が沢山いる。食べ物もろくに食べられないのだろう、驚くほどに細い子供もいる。幾ら私がスラムになじめるような恰好をしていたとしても、私は貴族で、それはスラムの人たちにとって本能的にわかることなのかもしれない。
私の事をちらちら見ている。
中には私から何かを奪おうと考えているものもいるだろう。私は彼らに同情する。でもこの場で何かを与えるっていうだけでは、スラムの問題は解決しないだろう。それに何かをくれるとわかれば私は身動きが取れないほどにスラムの人々に囲まれるかもしれない。
スラムは全体的に見て、汚い。整備が行き届いていない。あまりにもそういう生活をし続けると病気にもなると本で見たことがある。食べ物がない、買うお金がないとか、そういう問題もあるだろう。
よく生きていけるものだと思うほどに、その環境は劣悪なように見えた。
家は崩れかけのボロボロで、少しでも何か環境的な要因が襲ったらすぐに崩れてしまうのではないかとさえ思う。
スラムで暮らす人々は、一般国民たちに下に見られがちだ。スラム出身というだけで敬遠されることもよくあると聞く。そういう問題もあって、スラム出身者は、スラムでしか生きられない―――そういう問題もある。あとスラムは割と無法地帯のようになってしまっていて、犯罪者がよく逃げ込む場所にもなってしまっていると、そんな風に知識として知っている。
実際にこうしてやってきてみて、自分自身が如何に恵まれているのかがよくわかる。私は、貴族で、生まれながらに色々与えられてきた。生活に不自由をしたことはない――その事実だけでもこのスラムの人たちにとってみれば、信じられないことだろう。そう、思えるほどの場所。
スラムの中で、子供が何かを盗むのを見た。盗みはダメなことだ。子供に声をかけようとしたら、「そうしないと生きていけない」とウェンから言われて止められた。今やるべきことは、スラムを見てくることであり、下手に首を突っ込むべきではないということだろう。
犯罪をしなくても生きている環境。食べていける環境。それが、一番この場には必要だ。―――貴族たちの中にはスラムを取り潰すべきだという意見もあるが、それは賛成できない。だってそうなったら、今ここで生きている人々はどうなるんだろうって思うから。
色々と、沢山のものをみた。
私にちょっかいを出そうとしてきたものは全員ウェンたちにあしらわれていた。




