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「スラムの問題は深刻です。彼らに対してどのように改善案を出していくかは重要なことです」
今、私は貴族の当主たちによる話し合いの場にやってきている。王宮で時々行われる会議では、国の問題について話される。
この国にはというか、どんな国にでもいえる事だが貧富の差というものがやっぱりあって、その問題でスラムと呼ばれる場所が存在する。私の領土は、祖父の代まではその日の食事も食べられないほどの火とも居たようだが、お父様がその辺は改善していったらしくそういう問題はない。
しかしナザント領だけの話ではなく、外まで目を向けてみたらこの国にも少なからずそういう問題はある。というより、その問題を完璧になくすことはまず無理だろう。
そもそも貧富の差が激しいのは、仕方がない事といえば仕方がない事なのだ。貧富の差がない世界はありえない。私もナザント公爵家に生まれたからこうして生きていけているが、違う可能性もあったわけである。生まれる場所を人は選べない。そしてその位から上に上がる事はまず難しい。
何かを成し遂げて勲章として貴族になる平民もいない事はない。でもなれるものは一握りである。
生まれた身分を変えることは、本当に難しい事なのだ。
スラムの問題についての議論がなされる。この場に集まっている貴族たちの中には、スラムを使って利益を得たいと考えているものも多くいる。それはそうだろう。貴族は慈善事情というわけではない。大体お金がなければ、領地を上手く回すことも出来ない。
この場で学生であるのは当たり前だが、私だけである。私の後見人になっているアサギ兄様も後ろに控えてくれているけれども、これからのためを思えば、私は自分一人の力でここを乗り切るべきだろう。
「エリザベス様はどう思われますか?」
私に話が降られた。
この場にいる貴族たちの中には、私が上手く答えられないだろうと思っているからか嫌な笑みを浮かべている者も多くいる。そういう笑みを向けられるのは、何とも嫌な気分になる。でも、そこで怯えててはいけない。
私は、エリザベス・ナザント。
もう子供のままではいられない。守られているだけではいられない。私は、ナザント家の当主なのだから。
「私は、スラムの現状をどうにかするためには実際にこの目で見てからしか判断は出来ないと思いますわ。私は問題のスラムにいった事はございません。この場にいる皆様も、ほとんどがスラムを知らないと思います。でも知らない状況で語っても良い改善案は出てこないのではないかと思うのです」
貴族がスラムになんていったらいい鴨である。だから基本的に貴族はスラムとかにはいかない。私もいった事はない。
でもこういう場に来て、話し合いをしてみて思うのはそれだった。見ていないものについて幾ら語っても机上の論理にしかならないだろうし。
この話し合いの場に居るなかにはスラムを実際に知っている貴族も居るだろう。でも人に行かせて知っているとかも多いはずだ。だけど思うのは自分で見るのと、人から聞いたスラムでは色々違うだろうという事。
私の言葉に、誰かが言った。
「そのようにいうのならば、エリザベス様が行かれては?」
と。そんな風に告げたのは、私をニヤニヤ見ていた貴族のうちの一人だった。
どうせ、私が行くのを躊躇うと思っているのだろう。正直スラムを見に行くのは怖いけど、でも行くのは良い経験になるとは思っている。
「ええ、行かせていただきますわ」
言い切った。
それに驚いた顔をするものも多くいた。
私はお父様の跡を継いで、ナザント領をよくしたいって思っている。でも、ナザント公爵としてはそれだけではダメだ。自分の領地だけではなく、国に仕える貴族として、国のために動く必要ももちろんあるのだ。
私はそうしてスラムへと向かうことになった。
そういう決定事項をサンティーナ様たちにいったら、騎士団長(ナグナ様と親しい生徒の父親)と騎士数名をつけてくれるということであった。
「エリーをあまり危険にさらしたくないもの」ってそんな風に言われた。
お父様もお母様も、イサート様とサンティーナ様とは仲が良かった。娘だからこそ、お二人は私にそんな風によくしてくれているのだろう。
それには助かる。ナザント領を継いだ今、お二人の力添えがなかったら、私がクラウンド先生とつながりがなかったら、色々と大変な状況に陥っていたかもしれない。
「……スラムに行くとなると用心しなければな」
「ええ、アサギ兄様」
それからアサギ兄様とスラムを見に行く際の話をした。
貴族に見えないような服装をしていくこと、護衛をどんな人選で連れていくかとか、そういうことだ。




