86
「助かった。感謝する」
私がクィア様にそう言われたのは、全てが終わった後だった。私には戦う術などなく、クィア様を追いかけていったとしても巻き込まれて不利な事になるのがオチだった。
私は強くはない。私は自分の手で直接的に誰かを守る事は難しい。
そう、可愛い妹のウッカの事だって人を使って守ってはいるけれども人を使ってだ。私は私自身の手では可愛い妹さえも守る事が出来ない。
だから、私は命令を下しただけだった。
この場に潜ませている私の配下たちに、ウェンとサリーとカートラに、できうる限り不幸なことが起こらないようにしてほしいって。
「お礼は結構ですわ。私はやりたいようにやっただけですもの」
カートラが、クィア様を狙った刺客を捕まえたらしいのだ。それで、親しい従者は人質を取られて裏切ったということで、その人質の救出も終わったらしい。
人質か、と私は思う。
私は例えば、可愛いウッカが人質なんてものになってしまったとき、どう動くだろうか。当主としては、ウッカ一人ではなく、その他大勢を取るべきだ。でも、そういう選択が私には出来るだろうか。
考えても今は、仕方がないことだ。でもそう考えてしまう。可愛い妹、たった一人の家族。
その、妹が人質に取られる事などないようにまずは全力を尽くそう。人質に取られることが問題だというのならば、ウッカが人質に取られる事などないようにすればよい。
目の前に居るクィア様を見つめながらも、難しいだろうけれどもそれを決意する。
「そうはいってもな、何かお礼をしたいのだが」
「でしたら、我が家に何かあった時、助けていただけないでしょうか?」
そういった私の言葉にクィア様は頷いてくれた。
それから私は、クィア様と恐れ多い事に友人になった。
クィア様と文通をするようになった。それはクィア様が隣国の王子で、中々会えないから情報交換もかねてである。カートラに隣国まで手紙を出す役目を与えていた。
まぁ、そうしているうちにカートラとクィア様の間に色々芽生えて、クィア様が王位継承権返上して「カートラと結婚したい」とかいって、平民になって私の下に来たのには驚いたけど!
元々腹違いとはいえ、王太子殿下と仲が良かったらしいクィアは王位継承権を返上する事は決めていたらしい。しかし恋したからと同盟国とはいえ隣国に飛び出していくとは王太子殿下にも予想外だったという話を本人から聞いた。
で、クィア様がこちらにやってくる前にね、私がクィア様の暗殺を止めたってことで私を排除しようっていう動きがあったみたいで、あるときこちらに暗殺者がやってきた。
ウッカも中等部に通っていて王都の別邸の方に居るから、ナザント公爵家の本邸の方に居たのは私だけだったから本当によかった。
「……」
そして、今、私の目の前には無表情なままとらえられている暗殺者の少女がいる。
そう、驚いたことに私を狙ってきたのは私と同じ年ぐらいの少女だった。
この世界は、生まれた環境によって将来が決まっている者が多くいる。というか、大抵そうだ。貴族に生まれたものは貴族として生き、農民として生まれたものは農家を継ぎ――時々成り上がれるものももちろん居るが、そういう存在は極めて少ない。
この少女もそういう決められたモノなのだと思う。
暗殺の一族に生まれ、暗殺者になった。
ただ、それだけの事なのだろう。この世界に暗殺なんてものがあるのは仕方がないことなのだ。裏の、そういう世界がなければ表は成り立たない。綺麗なだけの世界はありえないのだから、彼らの存在もまた、この世界を構築するのに必要なもの。
でもとらえられても無表情で、とらえられたのなら殺されて当然なんて顔をして私を見つめている少女を、そういう当たり前しか知らない少女を、私はそのまま殺そうと思えなかった。ただの、私の我儘だ。
目の前の少女がこのまま終わるのは嫌だという我がまま。
「貴方の命は私のモノ。私の命令次第で、貴方は死ぬ。私はあなたが欲しいわ。手駒として」
そう告げた。少女は相変わらず無感情にこちらを見ている。そんな少女に、奴隷としての首輪をつけた時も少女は顔色を変えなかった。
これから少女がどうなっていくかはわからないけれども、とりあえず無表情な彼女が笑ってくれたらいいなと思った。
あ、もちろん、雇ったものの情報とかも聞き出したわ。
それに上手く使えたら私にとって彼女は使える手駒になる。それも含めて生かした。
使えるか使えないか、それを考えて私はいつも動くようになっていた。
先を見据えて、ただ目の前の事だけを考えてはいけない。それだと、大変なことになるかもしれないから。
将来を思う。どうなるかわからない未来の事を。
ウッカはどんな大人になるだろうか。ウッカはどんな相手と結婚したら幸せだろうか。ずっと、ずっとウッカの事ばかり考えてしまう。
可愛い妹に私は、幸せになってほしい。
そんな、私の我儘。私の願望。
でもウッカにとっての幸せがどういうものなのか、私にはわからない。
幸せの押し付けはしたくないけれども、ウッカ本人ではないとそれはわからないだろう。




