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学園には相変わらずほとんど行けていない。時々顔を出した時には、生徒たちがこちらを見てひそひそしていて、少し居心地が悪かった。
お父様が亡くなったことが、私が殺したんじゃないかっていう信じられないような噂も出回っていて、何だか嫌だった。お父様を、大好きなお父様を私が殺すわけなんてないのに。できうる限りなら、お父様に、ずっと一緒に居てほしかった。
「エリザベス!」
ナグナ様はそんな私に声をかけてくる。
「噂は本当か?」
「どちらの噂でしょうか? それがわからないのならば返答のしようがありませんわ」
父親が亡くなり、若くして家を継いだということで私は色々な人たちから注目を浴びている。多くの噂が流れている。良いものも、悪いものも。
こちらを睨みつけてきたナグナ様が、何の事を言っているのか正直いってさっぱりわからなかった。
思えばナグナ様と話すのも久しぶりだ。
ツードン様の件のパーティーからごたごたしていて、お父様が亡くなって、私も忙しくて、こうして顔を合わせるのも本当に久しぶりで。
「……お前が、ガヴィア様を殺したという噂だ」
それを問いかけられた時、私は信じられない思いになった。最近は親しくしていないとはいえ、幼い頃から私を知っているナグナ様が、そんな噂を信じてしまっているらしいことに。
ウッカに私の本心を悟られないように、私はナグナ様への返答をはぐらかしてきた。でも、この質問だけは、そんなことできなかった。
「そのような事は一切ありえませんわ」
ありえない。そんなことありえるわけがない。私がお父様が亡くなった事をどれだけ衝撃に感じていたか、どれだけ悲しかったか、それでも悲しむ暇なんてないぐらいどれだけ忙しかったか。
ふとした瞬間にお父様の事を考えて、今でもどうしようもなく悲しくなるのか。
私がどれだけお父様の事が大好きだったのか。憧れてたのか。
そんな気持ち、ナグナ様は知らないだろうけど、本当にそんな噂はありえない事だった。
断言した私にナグナ様は驚いた顔をして、「そうか」といって去っていった。
ギルと、ミモリとも会えた。
ミモリは私の手伝いをしたいって結構実家に来るけど、ギルと会うのは久しぶりだった。時々しか会えないから、会えた時泣き出しそうなぐらい嬉しかった。
安心できるのだ。ギルがいると。
本当に大切なのだ。ギルの事が。
この気持ちに名なんてつけられない。ただ、ギルがいてくれたら私は頑張れるっていうのが真実で、ギルが支えてくれなかったら私はこんな風に前に進み続けられなかったかもしれないっていうのも事実だっていうそれだけの話なのだ。
ミモリに聞かれた問いの答えはわからないけれど、それだけで、私にとって十分なのだ。その事実があればそれでよいのだ。
「エリー、久しぶり」
「ええ、久しぶり、ギル」
年頃になって、二人で会うこともできなくなった。学園で会うだけで、でもそれでも、ギルは私の事を応援してくれているのを知っている。
こうやって人前で、ただ挨拶を交わすだけでこんなにもほっとするのはギルだからで、ただ他愛もない会話が嬉しかった。
ばたばたしながらお父様の跡を継いで、色々と詰め込んで、疲れていたのかもしれない。本気でなくかと思った。それだけ安心した。
「じゃあ、ギルまた」
「ああ」
ただそれだけ会話をして、空き教室の中へと慌てて入って、ちょっと泣いた。
ギルに会って、安心した涙を少し流した。結局完璧に我慢は出来なかった。
「エリザベス様? 大丈夫ですか?」
「ええ、ちょっと安心して、涙が出ているだけだから」
本当にそれだけで、これは悲しい涙なんかではない。心配そうなムナの言葉に私はそれだけを答えた。
なくって悲しいだけが理由ではない。
嬉しい時も、安心した時も涙が溢れたりもする。
笑って答えれば、ムナはほっとしたように笑みをこぼした。
そんなムナを見ながら、今度大ババ様の元にも顔を出さなければなぁと考える。最近大ババ様の元には会いにいっていないし、色々と学びたいことも沢山あるんだから。
やりたいこと、やらなければならない事は本当に沢山存在していて、それを一つ一つこなしていかなければならない。
本当に少しずつでもいいから、お父様のように近づけていければいいなぁと思っている。
お父様のようにうまくなんて最初は出来ないかもしれないけれども、理想をかなえる努力を。
最大限に、頑張る事を。
頑張れば、どんな形でだって結果は出るはずだから。やってきたことは、なんだかんだで私の糧になるはずなんだからって、そう思うから。
「ムナ」
「なんですか?」
「私、頑張るから」
「はい」
私の言葉にムナは、頷いた。




