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シュマside
俺の住むナザント領の、領主は良心的な貴族であった。
そのため、ナザント領はほかの領地よりも栄えている面が多くみられた。俺はこの領地で生まれ育ったから、この環境が当たり前だったけれども他の領民たちはもっと大変な生活を送っているという話を聞いたことがある。
だから俺たち領民はナザント公爵様に多大なる感謝の気持ちを持っていた。
ナザント公爵様がきちんとした領地経営をしてくれているから、時々困窮しているものはいるものの大勢が救われていた。
そんなナザント公爵様には、二人の娘がいた。
とはいっても俺はその二人のお嬢様をちゃんと見た事はない。ナザント公爵家のお嬢様は、ほとんど屋敷から出てこず、出てきたとしても護衛が沢山いて近づくことが出来なかった。
俺はどうしてそこまでするのだろうか、とわからなかったけれど、大人たちは「奥方様が亡くなられたから」といっていた。大きくなってから、ナザント公爵様の奥さんであった方が亡くなってから、ナザント公爵様が過保護になったらしいということを聞いた。
そんなナザント公爵様が、亡くなったという。馬車に轢かれるという事故により、その命を散らしたのだと。
そしてその後釜にはまだ15歳になったばかりの、ナザント公爵家の長女が継ぐのだと。
正直その事を聞いた時、色々と不安はあった。
だって領主次第で領地はいくらでも変わるってそんな風に大人たちがいっていたから。
でも、新しい領主のお披露目でその領主を見た瞬間、俺の頭からそんな不安は消し飛んだ。
だってそこにいた新しい領主は、俺の友達だったから。
数年前から街に現れた不思議な少女、それがエリーだった。エリーはよくわからない少女だった。時々こちらを訪れて、『ヘルラータ』を手伝ったりしていた。時々しか会えなかったけれど、俺はエリーも、そしてエリーと一緒に居るルサーナたちも大切な友人だと思っていた。
何か秘密があるだろうことはわかっていたけれども、領主の娘だなんて知らなかった。
驚いた。何か声をかけたかった。
だけど、そこにいるエリーは、俺の知っているエリーではなかった。
「はじめまして。私はこの度、ナザント公爵を継ぐことになったエリザベス・ナザントですわ」
俺たちと共に笑い合っていた年相応の笑みはそこにはない。凛として、気品に満ちた笑みを浮かべていた。
「このナザント領を、お父様の残したこの領を、私の持てる全てを使って、全力を持って、繁栄させることをここに誓いますわ」
そう宣言したエリーは、何処までも堂々としていて。手の届かない場所にいるように感じた。
いや、実際そうだったのだろう。
エリーは、『エリザベス・ナザント様』は、ナザント公爵家の当主という立場で俺みたいな平民とは住む場所が違うのだ。
でも無礼だって思われるかもしれないけれど、俺にとってエリーは友達だった。大切な友達。
話したいと思った。エリーと会話をしたいと。エリーが当主でも関係ないから、友達でいたいんだって。
――――――――でも、そう思っていた俺にレンナとカートラというエリーの奴隷(エリーがそんなものを持っていることに驚いたが)が一つだけ言伝を持ってきた。
―――――さようなら。もう、私は貴方たちの前にエリーとしては顔を出しません。
ってそんな決別の言葉だった。
エリーはもう、俺たちの前に『エリー』として顔を出すつもりがないらしい。
俺たちとエリーとして会う気はないんだって。
なんでと思った。どうしてなのかわからなかった。
エリーの使いの者たちはそれだけいって帰って行って。
わけがわからなくて、エリーとかかわりがあった人たちに言いに行った。
そしたらかえってきたのは、「エリーは、私たちを巻き込みたくないと思うんだよ」ってそんな言葉だった。
不満があるのは、俺とか若い存在ばかりで、大人はエリーに理解を示していた。
大人たちは言う、エリーは巻き込みたくないのだと。
大人たちは告げる、俺たちを危険な目に合わせたくないのだと。
貴族の世界は、色々とドロドロしているのだと。ナザント公爵家も貴族間のいざこざで様々な噂が飛び交っていた。
その当事者なのだ、エリーは。
それだけエリーもきっと危険な目にあってきていて、平民である俺たちがかかわれば俺たちが危険な目に合うとそう思ったからなのだと。
当主になったら今まで以上にばたばたするからではないか、危険が伴うからではないかって大人たちはいっていた。
聞かされて、エリーが、『エリー』として俺たちの前に出ない理由はわかったけれど、俺はエリーと友達をやめたくなかった。友達を失いたくなかった。
エリーが、こちらに会いに来ないというならば、俺がエリーに会いにいけなるようになればいいんじゃないか? とそう思ったのは、エリーが孤児や奴隷たちを召し抱えているという話を聞いたからだ。使える存在ならば、誰であろうと雇うというのがエリーならば、エリーの家で働けるように頑張る事は出来ないかとそう思ったのだ。
それはエリーと遊んでいたほかの連中も同じで、俺たちはそれを決意したのだった。




