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 ルサーナへのご褒美として探し始めた犬の獣人の数は、あれから一人増えて三人になった。探し始めて数ヶ月でそれだけしか見つけられないなんてと思うけれども私はまだ子供で、情報なんて中々集められない。それにおそらくるサーナの知り合いの獣人は、この国以外にも散らばっているように思える。それなら見つけるのは困難だ。それに国内だろうともたったこれだけの期間ではとてもじゃないけれど、全てを探し出すなんて無理だった。

 もっと力が欲しい。もっと、もっと――、私がやりたい事を出来るように。

 そう考えて慌てて首を振る。そうだ、ギルにもっと余裕を持ったほうがいいって言われたんだったと思い出す。具合悪くなっていた時、ギルは何度も言っていた。ギルに嫌われたくない。あんなに心配させたくない。だから、焦ってはダメだ。

 「ふぅ……」

 そんな風に思わず自室で息を吐く。

 息抜きのためにしばらく部屋で休む事にしたけれども、何もしない時間というのは苦痛だ。――だって、何かをしていない間はお母様の最期をどうしても考えてしまうから。一生懸命強がっていないと、どうしようもなく涙が溢れて、泣き喚いてしまいそうになるから。

 ――何もしていない時間は、気を抜いて、泣きたくなる。だから、嫌だ。お父様にもばあやにも、誰にも、心配なんてかけたくないのに。私は大切なモノを二度と失わないために強くなりたいって思ったのに。

 どうしてこんなに泣き出したくてたまらないんだろう。

 心配かけたくないとか、強くなりたいとか、幾ら心から望んでも、そう決意しても――悲しみは失われない。記憶に焼き付いた光景は、決して消えてくれない。

 あの日、私が我儘を言わなければ何か変わったんじゃないか。あの時、お母様じゃなくて私が死ねば良かったんじゃないか。考えても仕方がない事なのに、本当に、何もしていないとそんな思いばかりが溢れる。だってお母様は、私を庇って死んだ。私を庇わなければ、死ななかったはずだった。

 大好きで、憧れなお母様。

 いつも笑顔で、その笑顔が大好きだった。

 何か怖い夢を見た時でも、お母様が笑いかけてくれたら安心出来た。

 もう、あの安心する笑みが見れない。もう、あの優しい声が聞けない。――お母様はいない。

 「……っ」

 ダメだ。ダメだ。お母様が、死んだって。それはもうわかっているのに。受け入れたつもりなのに。悲しいんだ。寂しいんだ。どうしようもなく、苦しいんだ。

 泣きたくなんてないのに溢れ出すのは涙。

 私は強くなりたいのに、悲しい気持ちが気を抜くと溢れ出して、止まらない。

 大丈夫なのに。私は――、強くならなきゃなのに。泣きたくなんてないのに。お母様の事を思い出すと悲しい。お母様がいないという事実を実感して、苦しい。

 止まらない。

 何も考えずに此処にいるから、余計に。



 しばらく、私は声を上げずにないた。



 *


 「――エリザベス様、机上の論理ではいけないのですよ」

 涙を流して少しすっきりした私は、クラウンド先生の授業を受けいていた。クラウンド先生は、一週間の十日間のうち、半数以上こちらに趣いてくれている。

 「というと?」

 「現場を知らずにした提案は、現実的ではないものになるものが多いのですよ。幾ら勉強面で優秀だとしても現場に赴かなければ実際どういうものかは理解出来ないのです。経験してこそ、それをはじめて理解出来るのです」

 クラウンド先生と一対一で向かい合い、授業は進められる。

 クラウンド先生は自分の経験や自身の考えも含めて、様々な事を教えてくれる。教科書だけを叩き込むなんてそんなのは誰にでも出来る事だ。そういうのを私が求めていないのは知っていたから、お父様はクラウンド先生を私の家庭教師にしてくれた。お金はかなりかかってると思う。だってクラウンド先生は、有名な先生だから。

 「現場にいって、ここをこうした方がいいという案を出す。そして現場の人と相談しながら案を具体的なものにしていく。そういうことです。現場の人の意見ほど、何かを起こす際に重要なものはないでしょう」

 「要するに現場を知れって事ですわね?」

 「そうです。屋敷の中に閉じこもったまま、机上の論理をひたすら掲げ続けては駄目なのです。民の支持を得続けていなければ、大変なことになります。適度に民と交流をし、民が心穏やかに暮らせる生活を目指し、それでいて侮られないようにする――それが一番です」

 「難しいわね」

 クラウンド先生の言葉にうーんと考える。

 クラウンド先生のいっている事は正しいのだろう。私も勉強していて、そうするべきだとは思う。だけれども私にそれが出来るのだろうか。学べば学ぶほどそれが難しいことだって実感できて、余計に不安になる。

 「難しい事です。難しい事だからこそ、ナザント公爵様も、他の貴族様も――それに陛下も、苦悩しながらそれを叶えようとしているのです」

 「皆そうなの?」

 「大体の貴族はです。ただし、中には私利私欲に塗れ、民の事など考えない貴族もいます。そういう場合は大抵民の反乱や配下の裏切りにより破滅するものです」

 「そう。私が私の大切なものを守るためには、平穏にこれからも暮らしていくためには大変だろうけれどもそれを務めるべきなのね」

 私の一番の目的は、私の大切なものを失わないようにする事だった。守る事だった。二度と失いたくない。――絶対なんてこの世にはないから、守れないかもしれない。それでもやれる事をやらずに失うなんて嫌だ。

 ――お母様だって何かが違っていたら、今でも傍で笑っていてくれたかもしれないんだ。お父様もウッカも悲しまずに済んだかもしれないんだ。

 民たちが反乱を起こして今の暮らしが失われるなんて嫌なのだ。私は今の生活を失わずに過ごしていきたい。

 「そうですね。そのためには先ほどいったように現場を知る事が大事なのです。公爵様からは許可をもらっていますから、これから授業の時間内に外に出る事にしましょう」

 「外にでていいの?」

 今まで許可なしには外には出させてもらえなかった。私はお母様がなくなるまで、どうして外に出たいのに出させてもらえないのだろうって簡単に考えていた。

 だけれども、今はわかる。

 公爵家の娘として私は狙われるかもしれない立場にある。だからこそ、心配して外には時々しか連れていってもらえなかったのだ。

 「はい。ただし護衛付きです。最も一緒に行動するのは私とルサーナだけです。あとの護衛は私たちに悟られないようについてくれるそうですので。目的は民の暮らしを見る事です」

 「そうなの。楽しみだわ」

 護衛付きだろうとも、ちょくちょく外に出れるというのは私にとって楽しみな事だった。今まで明確な目的があって時々外出するぐらいで、町での民の暮らしなんてあまり触れた事がなかった。

 新しい事を学べる事はわくわくする事だ。知らない事を見れる事は嬉しい事だ。

 ――もちろん、外に出る事は、毎回不安になる。出かけた先で何かが起きてしまうのではないかって。そういう気持ちは全然消えてくれない。きっとずっと私の心に残り続ける。

 でも、だからって恐怖心に閉じこもっていてはどうにもならないって知っている。もしかしたらって可能性に怯えて何もしなくなるのは嫌だった。逃げる事って嫌いなの。強くなりたいと願っている私は、なるべく何からも逃げたくなかった。

 少し感じた不安も、もしかたら何か起こるのかもしれないっていう恐怖心も、全て隠し通して私は笑みを浮かべるのであった。



 それから私はちょくちょく町へと顔を出すことになった。



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