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ヤーグ目線
俺は、両親が嫌いだった。
兄さんが居なければ、家族なんてものも大嫌いで、人生に絶望でもしていたかもしれない。いや、今でも十分絶望はしていたけれど。絶望というよりも、あんなのが自分の両親であるということが、本当に心の底から嫌だった。
特に母親なんて最悪だ。少年を連れこんで、その心を壊すまでとことんヤっていた。そんなものを散々やっている母親のせいで、俺はまだ11歳だっていうのに知らなくていい事まで沢山知ってしまった。何ともいやだ。
それに気色悪い事に、あの母親……もう母親扱いもしたくもない、あの女は実の息子である俺にまでそういう目を向けていた。俺もあの女の好みの範疇に入っているかと思うと凄く嫌だった。あの女と性的な関係を持つなんてごめんで、兄貴と一緒に必死だった。
本当に本当に嫌だった。そんなのごめんだった。
これで父親がまともな父親であったのならば、俺は父親に助けを求めたかもしれない。でも、俺たちの父親はまともなんかではなくて、それも人としてどうかと思う事までやらかしていたりもするような奴で。
本当に俺と兄貴は、両親と血がつながっていることでどれだけ絶望したかはわからない。
……でだ、そんな中で、あの女は俺と性的な関係を持とうと必死になりはじめた。本当にやめてほしい。それで兄貴は、解決策として一つの事を言った。
「―――エリザベス・ナザント様に頼んでみる」
と、そんなことを。
その名は知っていた。兄貴と同じ年で、俺よりも三つしか上ではないのに、有名な少女だ。
強烈な赤い髪と吊り上った目。典型的な貴族の令嬢のようなそんな少女。
そして最近とりつぶしになったツードン公爵家が潰される原因になったといわれているらしい人。
気に入らないものは潰されると最近ささやかれているらしい人。
俺は一度だけ、エリザベス・ナザント様を昔見たことがある。あの女のお気に入りであった性奴隷をどういう目的でか知らないが、引き取っていった。
まだ小さいというのに意思が強く、あの女と堂々と対峙している姿には関心したし、心をひかれたのを覚えている。
兄貴がいうにはあの時連れて行った少年は、今もエリザベス・ナザント様の隣に居るらしい。主人と奴隷というだけの関係に見えず、信頼関係があるって兄貴が言っていた。
兄貴は少年のこともあってエリザベス・ナザント様をよく見てしまうらしい。
それから兄貴はエリザベス・ナザント様に接触し、両親をつぶしてくれる事を了承してくれた。交換条件は兄貴と俺が、彼女の配下に下ることだった。
それでもいいかと思ったのは、あの女の性奴隷であった獣人の少年が、心を壊されていた少年が、今、心を取り戻しているという話を聞いていたからだ。
あの女にあれだけ壊されたのに、立ち上がれたのはエリザベス・ナザント様が良い主人だからだと思ったし、この現状をどうにか打破したいとは心の底から感じていたからだ。
ナザント公爵家はこちらが驚くほどに、こちらの意思を尊重して、こちらがこれからもやっていけるように計らってくれた。父親の勘当された兄まで探してくれたということからも驚いた。
エリザベス・ナザント様は、とても冷たく、非情だとそんな噂が流れているらしい。でも、そんなことはないと思えた。だってそうならここまでしてくれない。
ツードン公爵家がああなったのは、潰されるだけの理由がツードン公爵家にあったのだろうとそんな風に考える。
それから、秋に、兄貴と共にエリザベス様とナザント家の当主は俺の前に現れた。
その時の、強烈な赤は俺の心に強く焼き付いた。
前に一度見た時よりも、意思が強くなった瞳も、そしてその傍に寄り添うあの獣人の少年にも、上に立つものとしての雰囲気が漂っていることにも、なんだか心が引かれて。
ただ、緊張したまま、その人の前に出てお礼をいった。
そして俺は目の前の人を見て、ただ思ったのだ。俺も、寄り添う獣人の少年のようにこの人の力になりたいなぁって。
一目ぼれのようなそんな感覚なのかもしれない。ただ、力になりたいと本当にそれだけを思って、感じて。
だから何をやってほしいのかすぐに聞いてしまった。
すぐにこの人のために、何かをしたいとそんな風に思ってしまったから。
この人の傍で、この人のために動けたらどれだけ―――。
そんな思いで口にしたのに、彼女の俺にやってほしいことは期待したものではなかった。
――貴方は私の妹と同じ年なの。だからね、私の妹の傍で、妹の事守ってほしいの
彼女はそういった。彼女の傍ではなく、彼女の妹を守ってほしいと。
彼女の傍が良かった。でも俺がそんな意見できなくて、ただ頷いた。
あとから色々聞いてわかったけれど、彼女は妹を守りたくて、妹が大好きで、だからこそ嫌ったふりをしているとかそういうことだった。
だから俺にも彼女を嫌ったふりをして、妹の傍にいてほしいといわれた。彼女を嫌いだなんて口にしたくないけれども俺は彼女のためになりたくてそうすることを決意した。




