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傭兵たちと兵士たちは、私の支配下に下った。
そういう約束であったからだ。でもツードン公爵家をどうにかできたのは、私の力ではない。お父様が動いてくれたからだ。
――そう思うと、お父様って凄いと思う。
お父様は、優しい。私たち家族にとっても優しくて、私はお父様の事が本当に大好きだ。
だけど、お父様は優しいだけではない。
優しいだけの人は、公爵家の当主としてやってなどいけないのだから。
お父様のようになりたい。
私は、お父様のように立派にナザント公爵家の当主としてありたい。そういうエリザベス・ナザントになれるように、私はもっと精一杯頑張らなきゃいけない。
そして、さらわれるなんてことにならないように。もっと注意を払い、もっと―――、あらゆる悪い可能性を考えたうえで対処できるようにしなければならない。
油断何てせずに。
最悪の可能性を考えながら。
二度と、さらわれるなんて真似はしたくない。
あれからしばらくが経過して、髪は少しずつ伸びてきた。
概ね平和に暮らしている。
悪い噂が出回ったりして、距離をおかれたり、ナグナ様に言いがかりをつけられたりはしているけれども、特に変わりはない。
ナグナ様には、サンティーナ様からも私の事で何かしら話は聞いているらしいが(サンティーナ様がいっていた)、詳しい事情は第三王子であるナグナ様には話されていないらしい。最もナグナ様は、ウッカとの文通は続けているみたいだし、私に対して悪い印象ばかり持ってしまっているようだけど。
ウッカにも「お姉様は何をやっているの」ってまたそんな風に言われてしまったしね。結局何も話されていないウッカにとって、私が何かしてツードン公爵家がつぶれたっていうか、そういうことしか知らないみたいだから。
いう必要はないと思った。わざわざ私がさらわれたなんてこと。ウッカも、公爵家の次女として、貴族という立場が危険な状態に陥ることもあるってことは、勉強しているだろう。でも、さらわれるとか、そういう恐ろしい事を知らなくてもいいって。
そんな私は甘いのかもしれないけれど、でも、ウッカを怖がらせたくなかった。ウッカ、私の可愛い妹。大切で、大事で仕方がない妹。
ウッカを危険な目に合わせない事。それが、第一。
大事なものを二度と失わないように。そして、私自身も、死なないようにしなければ。守るためには、生き続ける必要がある。生きていなければ、守りたいものも守れない。
私はだから、より一層警備を固めることにした。警戒をなるべく怠たらないように。もっと気を張るようになって、正直本当疲れる。けれど、仕方がない。
そんな風に過ごしていたら、私の事をずっとちらちら見ていたあのガター伯爵家の長男が、接触をしてきた。
奴隷たちと私以外いない、そんな時にだ。
「……エリザベス・ナザント様」
彼は、私の前に現れた。
意を決したようにこちらを見つめている。ウェンたちが警戒したように彼を見ている。
「何かしら」
私もなんだろうと警戒しながらも、問いかけた。
「………貴方に、頼みがあるんです」
そういった。私たち以外誰もいないその場所に、その声はよく響いた。
「頼み?」
「はい。ツードン公爵家をつぶしたという貴方様にだからこそ、頼みたいんです」
そう告げた言葉。何を私に頼む気なのだろうかと正直よくわからなかった。
だけど、彼の表情はどこまでも真剣だった。真剣に、私に頼みたいことがあるらしい。
「――――俺の家を、潰してほしい」
そう告げられた言葉に、私は流石に驚いた。
「潰して欲しい?」
「……ああ、潰してほしい。そいつの話を知っているならわかるだろ。俺の母さんに性奴隷にされてたっていうそいつ。
俺の両親はどうしようもない。領地の事も、ダメにしている。俺の家をつぶして欲しいっていうか、あの両親をつぶしてほしいんだ。
―――このままじゃ、いけないんだ。あの二人は息子の俺の目から見ても、どうしようもない」
って、そんな風に彼は言った。
自分の家をつぶしてほしい。両親をどうにかしてほしいって。切実に頼み込んでいた。どうしようもないと、息子である彼に見限られるほどに、ガター伯爵家の当主と夫人はどうしようもないのだろうか。
悪いうわさは聞いているけれども、その実態を詳しく知っているわけではないからいまいちわかってはいない。
「―――本気で言っているのですの?」
とりあえず、本気でそれを願っているのか聞くことにした。
自分より身分の高い私にわざわざこうして話しかけてくるぐらいだから、本気だろうとは思っているけれども、一応の確認である。
両親をつぶされる覚悟はあるのかと、私は問う。
「本気です。俺は潰してほしい。俺の両親を」
彼はそう告げた。まっすぐに私の目を見て、迷いなんて一切ないとそんな風に。
「そう…。でも私の一存ではどうしようもないわ。話を聞かなければならないし、お父様にも言わなければならないわ」
そう告げて、私は続けた。
「――今度の休みに、一緒に領地にこれるかしら? 詳しくお父様と一緒に話を聞かせてほしいわ」
そういった私の言葉に、彼は頷くのだった。




