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「エリザベス・ナザントだ」
「エリザベス様だ―――」
誘拐されていたというのもあって、救出されてからもしばらくは学園を休んだ。
ツードン様に無造作に切られてしまった髪は、綺麗に切りそろえてもらった。短くなった髪を見るたびに悲しくなるけれども、嘆いたからといって髪が伸びてくるわけでもないので我慢する。
ツードン公爵家はとりつぶしになり、ツードン様たち一家は死刑にされた。
そして、私は現在、久しぶりに学園に顔を出していた。
私の方を見て生徒たちはこそこそと会話を交わしている。
ムナたちに調べさせたところ、私がツードン様をつぶしたという噂がたっており、そのため私を恐れているらしい。ある意味間違っていないだろう。ツードン公爵家がとりつぶしにされたのは、ナザント公爵家が原因である。
しかし、悪いうわさが結構出回っているらしかった。まるでナザント公爵家が悪で、ツードン公爵家が善であるようなそんな噂まで中にはあった。
ツードン公爵家をつぶしてしまったナザント公爵家をよく思わない者たちも多くいるのだろう。
「お、おはようございます」
「エリザベス様」
教室に入って声をかけてきたカタリ様とオント様などの取り巻きの目にも怯えが見えたのには何とも言い難い気持ちになった。
私は確かに見た目はきついかもしれないけれど、そんなにちょっとしたことで人をつぶしそうに見えるのだろうか。
それはなんとも悲しかった。取り巻きという関係でも、少なからずともに学園で過ごしてきた人たちだというのに、彼女たちとの間に信頼関係は特にない。彼女たちはナザント公爵家という名に惹かれてやってきたというだけ。
私が学園を休んでいたのは、ツードン公爵家をつぶすために暗躍していたためだとか、潰した理由が気に食わないツードン公爵家を排除したいがためだったとか、そういう噂を流されているのには苦笑してしまった。
私が学園を休んでいたのは誘拐されていたからで、私を気に食わないとしていたのはツードン様なのにと。
ミモリにも久しぶりに会った。
ミモリに、怯えの表情が見られたら嫌だなって思っていた。
ギルと一緒にミモリに会いにいった。
彼女は、そんな目を見せなかった。噂の事なんて真に受けてなかった。
「エリー、無事で良かった」って、そんな風に、泣いていた。
私が学園を休んで、ギルも私を助け出すためにって休んで、それで二人ともいなくなったらどうしようってそんな風に不安に思っていたらしい。
私たちを失うかもしれないと、悲しかったんだって。
誰かを失う悲しさは、私も十分わかっている。お母様が居なくなった時の喪失感は、未だに心に残っていて、消えない。
そんな気持ちを友人であるミモリに味あわせてしまったかと思うと胸が苦しかった。
「……ちょっと誘拐されたけど、私は大丈夫よ」
「って、大丈夫じゃないよ! 誘拐されている時点で……」
「ギルたちが助けてくれたから、ちょっと髪は切られてしまったけどね。ミモリ、一応このことは内密にね」
「……わかってます。でも、大丈夫だったんですか、それ」
「ええ。外傷も特にないわ。髪だけよ」
心配をかけてしまうかもしれないから、私はツードン様に殺されかけた事などミモリには流石に言わなかった。
ギルもそのことはあえてミモリには言わなかった。
「無事で良かった」って安心しているミモリ。ミモリみたいに、私の身を、私自身を心配してくれる友人にこの学園で出会えた事は本当にうれしい事だった。
私のために泣いてくれる人たちがいるってそれだけでも、幸せを感じた。
ほっとした。
「エリー?」
「エリー、泣いているの?」
安心して、優しい二人が傍にいて、お母様の敵をとれたんだって、ツードン様の問題がどうにか片付いたんだって。
だけど、お母様はかえってこない。かえってこないけど、それでも、ほっとした。
「……少し、安心して。問題が一つ片付いたんだって。ダメね、ギルとかの前だと、すぐに気を抜いてしまうわ」
二人が大切だから、二人が大事だから、こうして安心して、ほっとして涙があふれた。
お母様が目の前で殺されて。
私はそれから頑張ろうと思った。
もう二度と失わないために。
お母様を殺した家も証拠がなくて断罪できなくて、ウッカが狙われたり、色々あった。
ツードン公爵家の問題があったから私もウッカもお父様が必要最低限外に出さないようにしていた。私は自主的に外に出ていたけれども。
一息つけたんだ。
ようやく、4年もかかって、ようやく。
安心して、ほっとして、涙が止まらなかった。
そんな私を、ギルとミモリは優しい目で見ていて、泣いていいんだよってそんな態度を示してくれていて。
益々泣いてしまった。
ウェンたちは、そんな私を見ないふりしてくれている。
人をこの場に近づけさせないようにもしてくれている。
「――――ありがとう、ギル、ミモリ」
それから、しばらくして涙をぬぐった私は顔を上げて二人にお礼を告げた。
二人はそんな私に笑ってくれた。




