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とらえられてからどれくらいの時間が経過したのだろうか。
体感でしか、時間がわからない。気絶していた時間もあるから、余計にだ。
ツードン様は時折やってきて、私の心を折るような言葉を告げていく。無様な姿の私を見て、あざ笑う。
私は、それでも泣かなかった。
怯えた表情さえも見せなかった。
殺されていないことに安堵し、屈辱を受けようとも、恐ろしくても、生きているという事実を受け入れよう。死んでいないということは、まだ前に進める可能性があるということ。
死んだら、そこで終わりなのだから。
まだ、生きている。生きている限り、私の人生は続いていくんだから。心を強く保て。あきらめてはいけない。心を折ってはいけない。
希望はある。
お父様たちが、助けてくれる。
大丈夫。
そう、願おう。それを思おう。
手足をばたばたと動かす。やっぱり動かない。私の手足が自由になってもどうしようもないかもしれないけれど、自由になったなら少しは事態を好転させられるかもしれないと思うのに。
何か出来る事はないかと思考し続ける。だけど、何もないのだ。
「エリザベス・ナザント!」
どうすることもできずにそうこうしているうちに、慌てた様子のツードン様がこの場にやってきた。
こちらをキッと睨みつけて、その手には長剣を持っている。どこから持ってきたのだろうか。
「――――ツードン家が、終わりだというなら、貴方を殺して道連れにするわ」
何を言っているのかわからなかった。だけど、そんなことを言っているという事は、お父様たちが上手くやっていたということだろう。そして、この場にツードン様だけということは―――他はやられてしまったということだろうか。
ツードン様が、冷めた目で私を見つめ、一歩一歩近づいてくる。
恐ろしい。
怖い。
だけど、それでも私は涙をこらえた。
「あら、物騒ですわね。私を殺して道連れにした所でどうにもなりませんわ」
私が死んだら、皆悲しんでくれるだろう。でも、私が死んでも、ナザント家の権力はそのままだろうし、道連れにしたところでツードン家が良い方向に転がることなんてない。
「その態度っ、本当に気に食わないわ」
ツードン様は声を上げた。
声を上げて、私を睨みつける。
「貴方の事、本当に嫌いだわ」
はっきりとツードン様はそういって、じりじりと近づいてくる。
嫌いだといわれたことに、あまりにも冷たい目に、心が震える。紛れもない悪意がそこにはあって、そういう者を向けられる立場に私は居るんだと再確認する。
恐ろしいけれど、妙に冷静だった。
このまま私は死ぬのだろうか。人の命はあっけなくなくなっていくもので、私はこのまま、あっけなく命を失うのだろうか。
お母様は、なくなる時どんな気持ちだったんだろう。私を守って、私を庇ってそして死んだお母様は。
お父様は、私までいなくなったら悲しむだろう。家族を大切にしている人だから。お父様に笑ってほしいのに。
ウッカは、ウッカはどう思うだろうか。私はウッカのために死にたくないのに。ウッカが幸せになるように。ウッカが、危険な目に合わないように。私が死んだらウッカがナザント家を継ぐことになってしまうんだ。
ギルは、ギルとは、最近あえてなかった。ああ、会いたいな。ギルともう離せなくなるかと思うと嫌だな。ギルとずっと一緒に、幼い頃のように笑っていたかった。柵なんかなんもなければ、王族の婚約者って地位とかもなければ、私はもっとギルと一緒に居れたのにな。
ルサーナたちは、主人である私がなくなったらどうなるだろうか。お父様はルサーナたちによくするだろうけれど、不安だな。上手くやってきたつもりだけど、彼女たちは私が死んだら悲しんでくれるかな。
ああ、死にたくないな。
記憶を思えば思うほど、私はそう感じてしまう。
私は死にたくない。私は、私は、
「………て」
だから、声が漏れた。
ツードン様は私を見下ろしている。
「誰か、助けて!」
叫んだ。私は、今までツードン様の前では取り乱さないようにしていたのに。
助けてと叫んで。そして涙があふれた。
私は、死にたくなかった。
そんな私を見てツードン様は笑った。
馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
「馬鹿じゃないの。助けなんてくるわけないわ」
笑う。笑って、告げる。
「貴方は、ここで私に殺されるの」
冷めた目で、私を見下ろしている。
怖い。
苦しい。
涙が、止まらない。
「死ね!」
そうして、振り下ろされる長剣。
目をつむる。
だけど、バタバタとした誰かの足音とキィンという何かをはじくような金属音と共に、声が聞こえた。
「エリー!」
「エリザベス様!!」
私の体に触れる手があった。恐る恐る目を開ける。
目を開ければ、ウェンがツードン様の長剣をはじいていて、そしてギルが居た。
「ギル……、ウェン」
涙があふれる。止まらない。ギルが来てくれた。そのことにどうしようもないほど安心していた。
ツードン様は、「な、なんで」怯えた声を上げていた。そして床にへたり込んでしまった。
「ウェン、そいつとらえて。エリー、行くよ」
ギルはウェンに指示を出しながら私の手足の拘束を解いて、私の事を抱えた。動けないと判断したからだろう。
「ギ、ギル」
「エリー。無事で良かった。もう大丈夫だから」
戸惑う私にギルはそう声をかけた。優しい笑みに安心した。
そして、安心に包まれた私はギルの腕の中でいつの間にか眠ってしまっていた。




