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「ガルルゥルウウウ」
唸り声をあげる獣人が目の前に居る。
奴隷に落とされた獣人達を私は少しずつ回収していっていた。獣人の奴隷というものは数がすくない。それは彼らが人と関わらないように暮らしているがためだ。それに獣人は人間よりも数がすくない。
ルサーナの住んでいた獣人の里は犬の獣人の里だったという。ならば、犬耳のついた獣人の奴隷を手当たり次第に探せば良かった。ルサーナの知り合いではないのならばないでもそれはそれで使い甲斐がある。
そしてようやく勉強の合間に数々の奴隷商を渡り歩いて見つけた犬の獣人の少年は、正気ではなかった。彼はある貴族の元で買われていた。伯爵家という私の家よりも格が低い家だが、それなりに権力のあるガター家である。ちなみにそこの家はそれはもうきな臭い噂が沢山ある。この少年は……、口にもしたくもない事だが、ガター伯爵家夫人――歳はもう四十にもなる女性の夜の相手をさせられていたようである。ガター伯爵家当主と夫人の間に愛はない。伯爵は女遊びに耽り、夫人は好みの奴隷や領民を連れ込み食いつぶし(性的な意味で)、捨てるを繰り返しているというのだから呆れる。正直勉強の一貫でそういう貴族もいる事は知っていたけれども、ちょっとショックだった。
この少年は、捨てられる直前のところを私がガター伯爵夫人と交渉して引き取った。しかしこんな私よりもいくつか上ぐらいの子供の少年に手を出すなんて夫人は変態なのだろうか。何か、ガター伯爵家は色々と不味い事をやっていそうだ。情報収集をして調べたい所だけど、私自身が使える情報を集めるための人材はいない。そういうどんな場所にでも忍び込め、情報を集められる人も育てなければ…。
「さて、この子がルサーナと知り合いだった場合、この状態で合わせたらルサーナが倒れちゃうかもしれないわ……」
一生懸命色々と覚えようとしてくれている、頑張っているルサーナへのご褒美としてルサーナの知り合いの奴隷に落ちてしまった子を連れてくる予定なんだもの。こんな状況であわせたらご褒美ではなくなってしまうわ。
というわけで私は勉強やルサーナの知り合いの獣人探しの合間にこの子を正気に戻すために行動する事にした。
まずこういう子に必要なのは安心させることよね。ここには怖い事は何もないんだよって教える事よね。というわけで離れの家の一室に閉じ込めて、ご飯を与え、世話をしてもらった。もちろん信用出来る侍女や執事にね。それに私も毎日何回も会いに行ける時はいったわ。だって私自身の事を安心させなければならなかったから。
獣人の言葉もクラウンド先生に少し習っていたから、拙い喋り方になっていただろうけれども、その子に一生懸命話しかけたの。人間の言葉はわからないみたいだし、獣人の言葉で話しかけるとこの子は反応してくれたの。
「怖い事なんて何もないわ」
「大丈夫よ」
「怯えなくていいの」
そういう事を言いながら頭を撫でたの。最初は手を払われたり、噛み付かれたりしたけれど、途中から撫でさせてくれるようになったのよ。……流石に噛み付かれた時は腕を噛みちぎられるかと思ったけれどリュトエントが傍に居てくれて助かったわ。流石に腕がなくなるのは困るもの。
無用心な事はしないでくださいって凄く怒られてしまったけれど。
その子だけじゃなくて他の子も並行して探すのをやったわ。勉強で忙しい合間に探してたら少し睡眠不足になってしまったわ。でもそうね、獣人って可愛いから配下に何人もいるのいいと思う。それに私に褒められると嬉しそうに尻尾を振っているルサーナが可愛くて仕方がないからもっと喜ばせてあげたくなった。
「エリザベス様……大丈夫ですか?」
「奴隷の貴方に心配されるほど私は軟弱ではないわ。それよりも貴方にご褒美を与えてあげるから楽しみにしておきなさい」
いけないわ。ルサーナにまで心配されるほど勉強と獣人探しで疲れてしまっているだなんて。あまり他人に不調を悟られるのはいけないわね。もっと上手くやらなきゃいけない。
それにしてもルサーナは可愛いわね。私の言葉に「ご褒美ってなんだろう?」って感じで尻尾振ってるもの。撫で回したいわ。今度ルサーナが何か頑張ったときにどさくさにまぎれて撫でていいかしら? なでたら嫌がられるかしら? あと耳と尻尾触りたい。折角私に心を許してくれてるっぽいのに触って嫌われたら嫌なのよね? 今度頼んでみようかしら?
勉強をして、獣人を探す日々が続いた。次に見つけたのは、ルサーナよりも年上の獣人の少女だった。その子は、まだ奴隷としては運が良かったのだろう。商人の家に労働力として買われていた。私はその商人と交渉をして、商人が奴隷商から奴隷を買った額よりも多い金額でその奴隷を買い取った。ついでにその商人と伝手が出来たから一石二鳥ね。
その子は商人の家でそこそこ良い待遇を受けていたからか、商人の家から離れるのを少し嫌がっていたわ。商人の家の子供と仲良くなっていたみたいなの。でも私がルサーナの名を口にして、そしてきちんと働いてくれるなら商人の元にも連れて行ってあげるというとついてくるといってくれたわ。それに人間の言葉を習っていたみたいだから意思疎通も少し楽だったの。最も私の事は警戒しているみたいだけれども……。そんなに私目つき悪いかしら? ちょっと落ち込むわ。人を警戒させる顔っていうのはある意味貴族としては武器になるけれども、もっと穏やかな顔立ちだったらもっとやりやすかった気がするわ。
二人は手のうちに収めたけれど、ご褒美は二人同時に渡すのがいいわよね。しばらくこの子……サリーには「頑張ったらルサーナにあわせるわ」ってことで別の場所で色々学ばせてあげましょう。ふふ、一人より二人同時の方がルサーナも喜んでくれるはずだわ。
奴隷を連れて帰ったところを丁度ウッカに見られて、「お姉様……、どうして」と悲しそうな顔をさせてしまったわ。
「何がどうしてなのかしら?」
悲しまないでよ、私の天使。
「奴隷なんて……。お姉様、どうしてそんな……」
「私に必要なの。必要だから買ってきたのよ?」
うぅ、自分から嫌われるように仕向けてるけれどもやっぱりウッカにそんな目で見られると悲しい。
「そんな、人を買うなんて……。獣人は人ではないって言うの? 開放してあげて!」
「獣人が人ではないのではないわ。奴隷は人ではないの、商品よ。それにわざわざお金で買ったモノを開放するわけないじゃない」
奴隷を全部開放したら大変な事になるって事理解してほしいなーって、気持ちも込めて敢えてそういう事をいった。私もクラウンド先生に教えられるまでそこまで詳しく知らなかったからウッカも奴隷についての知識は可哀想な人って事なんだろうけれども。
「お姉様、酷い!」
ウッカはそういいながら泣き喚いた。
「昔の優しいお姉様に戻ってよぉぉ」
泣いている可愛い天使が泣いている。手を差し伸べたくなって、下げられた手がわきわきと少し動く。
「泣いては駄目よ、ウッカ。そのくらいで泣いていては貴族として不合格よ」
泣き止んでほしくて、だけれども優しくしないように突き放したような言い方をする。実際、人前で感情を晒すのは貴族としてはやるべきことではないわ。幾らウッカが幼いとはいえど、初対面の獣人のサリーがいる前でなくなんて駄目だわ。
私はそう言い捨てて足を動かし始める。その途中でばあやとすれ違う。すれ違いざまに、「ウッカをよろしく、ばあや」と言えば、ばあやは頷いてくれた。
「……エリザベス様、先ほど手が不自然に動いていましたけど」
その後、サリーを連れて歩いていればサリーにそんなことを言われた。どうやら見られていたらしい。
「貴方には関係ないわ」
「妹様にあんな態度でいいのですか? 嫌われますよ?」
「いいのよ。嫌われたほうがこれからやりやすいわ」
そういって、私は続けた。
「それより、貴方とルサーナをあわせるのは貴方の頑張り次第よ。使えないと判断したら私は貴方を売るなり、処分するなりするわ。だから、一生懸命勉強しなさい」
幾らご褒美とはいえ、あまりにも甘くしすぎるのはいけないもの。無条件にルサーナにあわせるのも駄目だもの。厳しさは必要だわ。まぁ、あの少年のほうは正気ではないから、とりあえず保留だけれども。正気に戻ってもらうのが第一よね。少しずつ安心してはくれているけれど。
私の言葉に、サリーは真剣な顔をして頷くのであった。私が本気で使えないと判断したら売るか処分する事を理解したのだろう。これでこの子は一生懸命勉強してくれることだろう。ルサーナに会うために。それにしてもサリーの耳と尻尾はルサーナのと少し色も形も違うのね。ふふ、獣人たちを並べたらきっと天国だわ。可愛いもの。
そうやって私は犬の獣人をどんどん探していくのであった。