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「エリザベス様、お久しぶりですわ」
「エリザベス様、しばらくお休みでしたが、大丈夫ですか」
カタリ様とオント様がこちらによって来て、心配そうな声を上げた。
私の取り巻きのような位置にいるお二人だが、私は二人に詳しい事情を話せるほど心を許しているわけでは決してない。
「少しだけ体調を崩してしまっていたのです」
だから、ただそれだけ答えた。
そう答えながら周りからいくつかの視線を感じた。ツードン様と親しい令嬢からの視線、そしてガター伯爵家の長男からの相変わらずの視線。
ツードン様の方は、ツードン様から私の様子を見てくるようにとでも言われているのかもしれない。でもやっぱりガター伯爵家の方はどうして私にそんな風に視線を向けてくるのかは正直いまいちわからないものである。ちらりと私の傍に控えているウェンへと視線を向ける。ウェンはガター伯爵家からの視線に気づいているだろうが、特に何の反応も示さない。
第一、奴隷であったウェンに視線を向けるのではなく、その主である私にだけ視線を向けるというのは正直よくわからない。何を考えているのだろうか、と思うけれど正直な話を言えばガター伯爵の長男の事を思考している余裕などあまりない。
それよりも考えなければならないのは、私のお母様が死ななければならなかった元凶であるツードン公爵家だ。私の事も、お父様の事も、ウッカのことも狙っているだろう、そんな家を放っておくわけにはいかない。
ああ、もう本当に私がお姉ちゃんで良かった。
私が学園に通っている時に、こんなきな臭い事が起こってよかった。ウッカが学園生活を送っている時にこんなことが起こらなくてよかった。
ウッカは実家で守られているから、狙われるのは私だもの。私が狙われるのだとなんとなくわかっているというのならば、どうにでもなる。どうにでもしてみせる。
そんなことを考えながらも私はカタリ様とオント様と、穏やかに会話を交わすのであった。心のうちの、緊迫した雰囲気など一切お二人には感じさせずにだ。
それからの日々は、驚くほどに平穏だった。
それが嵐の前の静けさだとなんとなくわかるから、私は不安で仕方がなかった。今までよりもより一層気を抜くことなどできなくなっていて、どうしようもないほどの恐怖心は私の心にはあった。
誰かを失うかもしれない。
それを考えるのが恐ろしい。誰も失いたくないなんて、そんな出来もしない望みを考えてしまう。
私は狙われていて、私の周りも狙われていて。
友人であるミモリに魔の手がいかないようにも、一生懸命気を配った。
そうして過ごす中で、冬の長期休暇がやってくる。その前に、ツードン様がさりげなく傭兵の事を聞いてきた。私は「そんなことはありませんわ」と答えたけれど、やっぱりツードン様は傭兵たちがこちら側にいる事は既に知っていて、それでいてツードン公爵家の情報がこちらにあることはわかっているだろう。
どのタイミングでツードン公爵家が動くかは正直な話わからない。わからないからこそ、警戒しなければならない。このまま何事もなく終わることはない。
王家から探りを入れられているのも既にツードン家はわかっているだろう。
―――ツードン家の出方次第で私は様々なものを失うかもしれない。私だって死ぬかもしれない。
それでも、私は対峙しなければならない。逃げ出してはいられない。恐ろしい問題だろうとも、私はナザント公爵家の次期当主なのだから。
背負わなければならないものが多い。重圧がのしかかってくる。貴族とは、そういうものだ。
何事も起こらず季節は過ぎていく。
冬が過ぎた。『ヘルラータ』には今年は参加しなかった。色々危険だろうと判断されたからだ。ナザント公爵家は今が危険な時期で、だからこそ、町に顔も出せない。
親しい人たちと会話もできない。親しいのをツードン公爵家側に見せつけでもすれば、彼らが人質になることだろう。
ギルとも、最近会っていない。色々向こうも忙しそうで、婚約者がいる私はギルとあまり親しくしているのを見られるわけにはいかない。そういうの、わずらわしいと思う。
もっと子供の頃なら、そんなの気にしなくて済むのに。私たちがそういう年頃に成長したからこそ、二人で会う事はあまりしてはいけない。不貞を疑われてしまうから、というのが理由だ。
ギルに会いたいと思うのは、ただ私が安心したいと望んでいるからだろうか。それでも、私もギルも昔のままではいられなくて、少しずつ大人になっていくのだ。
それをさびしい、と感じる私は子供なのだろうか。もっとギルと会話を交わしたい、とそう願う私は我儘なのかもしれない。
冬の長期休暇中、ナザント家が大変なのもあってギルがこちらにやってくるといったのも断った。油断して、ギルが危険な目に合うのは嫌だから。
警戒していた。この長い休みに何かが起こるのではないかと。だけど、何も起こらなかった。
――――そのまま、決定的な証拠など見つからないままに、春が来た。
そしてそこでようやく、事が動いた。




