50
ウッカの傍にルサーナは居る。
それは私が命じたことで、ウッカを守ってほしいとそう願ったからこそ、渋るルサーナをウッカのもとにやった。
自分から望んだことだというのに、ルサーナが私の傍にいないことにはどうしようもない喪失感に襲われる。
私の一番最初の奴隷で、最初の手駒。
三年間ずっと傍にいてくれた子。
思ったよりも私はルサーナに愛着を持っていたらしい。そんなつもり全然なかったのに、自分でなんだかなぁという気持ちになってしまった。
ウッカとは必要最低限会っていない。
食事の時に会ったりする程度だ。クラリから聞いた話だけれど、ウッカは”ルサーナを救えた”と喜んでいるようだった。
食事の最中、ルサーナはこちらに視線を向けていた。もちろん、ウッカに悟られないようにだけれども。
奴隷の首輪は既に外されている。
でも、奴隷でなかったとしてもルサーナが私の手駒であることには変わりがないことだった。
学園に入学する年にもなったわけで、領地経営にも本格的にかかわるようになってきていた。とはいっても少しずつだけれども。
お父様にも褒められた。自慢の跡取りだっていってくれて嬉しかった。ずっと学園で仮面をかぶっていた。
『エリザベス・ナザント』というナザント公爵家の長女の仮面を。家では、お父様の前ではそんな仮面をかぶることなんてなかった。
嬉しくて笑みをこぼせば、お父様が頭をなでてくれた。もう十三歳なんだからって恥ずかしかったけれど、でも嬉しかった。
こういう時間がずっと続けばいいと願っていた。
夏休み中に新たに奴隷を増やそうと思った。ルサーナの住んでいた村の人たちももっと探してあげたい。学園生活に必死で、そういうことあまりできなかったから。
奴隷や孤児たちへの教育も思ったよりはかどらなかった。
はじめての学園生活に戸惑って、もっとしっかりしなきゃなのに、なんとか学園生活をうまくこなすことぐらいしか私には出来なかったのだ。
ギルは夏休み中でもあっている。時々ナザント領にまでやってくる。
それが嬉しい。本当にうれしかった。ギルは変わらないから。昔から、私の傍にいてくれて、変わらずにいてくれるから。伯爵家を継ぐためにってギルも沢山勉強をしていて、忙しそうだ。
領地に戻っている長期休暇は、夢のように平和で、平穏な日々だった。
アサギ兄様も一度だけやってきた。クラウンド先生とも会った。
ナザント領の、自分の生まれ育会った地に居れることで自分の心がこれだけ安心するだなんて知らなかった。
町にも顔を出した。
久しぶりに会ったナザント領の人たちは、笑顔で私を迎えてくれた。どうしようもなく嬉しかった。
私はここが大好きだって再確認した。
ウッカを守りたい。誰も失いたくない。そしてナザント領の人たちの事も守りたい。大好きなこの領地を、私が継げること、そして私がこのナザント領のために行動できること。それだけでも心が温かくなった。
平穏に過ごしている中で、ナグナ様が領地にやってきた。
一応仮にも婚約者であるのだから、ナグナ様がナザント領にやってくるのは別におかしなことでもなんでもなかった。
「エリザベス」
「なんでしょうか?」
ナグナ様は私が返事を返すとますます不機嫌そうな顔になった。何が気に食わないのだろうか、と考えるのももう面倒になっていた。
お母様とばあやが亡くなって、その後の誕生日以来ナグナ様はずっとこうだ。
私の事が気に食わないとそんな態度をしている。ナグナ様が何をしにここまでやってきたのか、正直言ってよくわからなかった。
私自身もやることの予定を沢山立てていて、突然こられたナグナ様に予定が狂ってしまったことに困っていた。
ナグナ様に「お前はいつも何をしているんだ」などと問いかけられた。
「奴隷や孤児を抱えて何を企んでいる」とも言われた。
ナグナ様の目には、私が悪い事をするために奴隷や孤児を抱えているようにしか見えないらしい。ウッカは領地からほとんど出たことがなく、そして私が誤解させたままにしようとしているからともかくとして、ナグナ様は少しでもサンティーナたちの言葉に耳を傾ければ、それが真実かどうかなんてわかるはずだ。学園にも通っているのだから色々と情報を集められるだろうに、ナグナ様は私の事を決めつけている。
そういうところは、上に立つものとしてどうかと正直考えてしまう。私も至らない点はかなりあるけれども、仮にも王族が感情を表に出したり、一つの意見に振り回されてしまうのはどうかと最近は考えてしまう。
「ナグナ様、私は何も企んでいませんわ。それよりも殿下は、もう少し様々な意見に耳を傾けるべきだとは思いますわ」
そう告げたのは、ナグナ様の今後を思っての事だ。私はナグナ様に嫌われているし、婚約者といえど本当に結婚するのかわからないけれども、私と結婚するにしても、ほかの方と結婚するにしてもこのままでは問題だ。
しかし、私のナグナ様を思っての言葉は、ナグナ様には気に食わなかったらしい。
「お前は、そうやってはぐらかして」
などと妙な勘違いをして、そのまま、怒りをあらわにしたまま去ってしまった。




