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学園内で殺されかけた。
それは、もうすぐ一学期の授業が終わり、テストが始まろうとしていたそんな時期の事だった。
学園生活一年目、もうすぐ、夏休みがはじまるということで、ツードン様の問題はあるもののなんとか何も起こらずに一学期を終えることができそうなどと思っていたそんな時のことだった。
少なからず嫌がらせや私が不利になる噂が流れたりもしたものの、対処はできていた。
サンティーナ様には時々呼び出されて、会話を交わしていた。イリヤ様とヒロサ様ともだ。お母様をなくして、それからあまり王宮には顔を出していなかったけれども、昔と変わらない態度を見せてくれるサンティーナ様たちにとても安心した。嬉しかった。イサート様とも会話を交わした。
一学期の間、はじめての学園生活なのもあって、色々とやっていたら実家に帰宅する余裕もなかった。別邸で奴隷たちの教育も続けていたし、王都では学ぶことが沢山あった。あと、勉学にも力を入れていた。
私はナザント公爵家の娘として、お父様の恥にならないような成績を取りたかった。
そうしている中で、学園生活にも慣れてきたからと私は少し油断してしまったのだろう。
人の視線に疲弊して、人気のない場所へと行った時、矢が飛んできた。私を狙ったものだった。私の頭を狙っていたそれは、その場にいたウェンによって弾き飛ばされた。その時に、ウェンが私の代わりに怪我をしてしまった。
血が出ていた。
そこまで大けがではなかったけれど、あふれ出る血液を見て、私は柄にもなく正気ではいられなかった。瞠目して、「大丈夫? 本当に?」と何度も何度も取り乱して声をかけてしまった。
その場にいたウェンとルサーナとクラリはそんな私の様子にひどく驚いている様子だった。
でも、私は未だにお母様が亡くなった時の事を鮮明に覚えていて、それもあって誰かが死んでしまうかもしれない、怪我をしてしまったっていう場面を見ると、どうしても貴族としての仮面がはがれてしまった。
それではだめだ。ダメなのに。もっと強固で、崩されることのない、仮面をかぶりたいのに。私はまだまだ未熟だ。
慌てて保健室へと向かった。
保健室の先生は、学園内でそういう狙われる事件が起きた事と、ウェンの怪我に驚いている様子だった。確かにこの学園は貴族の学園で、そういうことが起きないとは断言できない。だけれども、学園内の、警備のきちんとしているこの場所でそういうことはそこまで起こりにくい。
ウェンがいなければ、私は死んでいただろう。ウェンに訓練をさせていなければ――、普通の従者なら弓矢をどうこうするなんていう技術は持ち合わせていない。
私は、ナザント公爵家の娘で、ナザント公爵家はこの国でも有数の権力を持ち合わせている。それに対して敵対しようと考える貴族は少ない。でもお母様が殺された事件の黒幕や先ほど弓矢で私を狙った黒幕は、ナザント公爵家に牙をむいている。
たまたま、今が、そういう時期なのだろうとは思う。丁度、ナザント公爵家が色々な人々に狙われている時期。今だけかもしれない。ここまで狙われるのは。
それでも漠然とした不安がある。
たとえ黒幕たちをどうにかできたとしても、これからが、大丈夫だっていう保証はどこにもないから。
保健室で私はウェンが治療を終わるまで待っていた。不安だった。貴族の中には奴隷を道具のように扱う人もいるみたいだけど、私はそこまで割り切れない。確かに利用出来るだけ利用するつもりだけれども、それでも私の奴隷が傷ついて、捨て置くとかそういう真似はできない。
保健室には、ギルも来てくれた。
ウェンの治療が終わるまでの間、ギルが手を握っていてくれた。それだけで、安心できた。大丈夫だと思えた。冷静になれた。
そこまで重い傷ではないのだから、と思考できるまでには頭を冷ませることができた。ギルにはお世話になってばかりだ。
「ごめんね、ギル、ありがとう」
いつもありがとう。何度言っても言い足りないほどの言葉を口にすれば、ギルは笑っていた。大丈夫だよって安心させるように。
そのあと、怖い顔をした。
「それにしても、エリーを狙うなんて……」
「……びっくりしたわ」
「怪我がなくて、良かった。エリーに」
「……私はなくてもウェンは怪我してしまったから」
私は怪我しなかった。貴族の令嬢が怪我を負ったら色々と大変だから、私が怪我を負わなかったのは良い事なんだけれども、少しの怪我とはいえ、私を守るためにウェンが怪我してしまったのには胸が痛んだ。
治療が終わるまで、ずっとギルと話していた。その傍にルサーナとクラリは控えていた。
治療が終わった時、安心してウェンに「良かった」と声をかけた。大けがをしなくて良かった。そして、私を守ってくれてありがとう。と、そういうことも告げた。
「当たり前です。俺はエリザベス様を守るために強くなったんですから」
って、そんな風にウェンが笑ってくれて、嬉しかった。
その後は、教師たちがやってきて事情聴取された。学園内で起きた事件なのだから、ということでだ。しかしながら教師の中にもどれだけ味方がいて、敵がいるかはわからない。
もしかしたら学園関係者の中にも、お母様を殺害し、私を狙った黒幕の手が伸びているかもしれない。
というより、その可能性の方が高いとさえ思える。
学園内で事を起こすのならば、学園関係者を自身の内側に取り込んでしまうのが一番良い。
事情聴取が終われば、まだ授業があったけれども私は別邸へと帰るのであった。




