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相変わらずツードン様は私に突っかかってくる。私の事が気に食わないからと私をどうにかするための工作を幾度も繰り返しているように思える。いや、証拠はないけど実際にしていることだろう。
悪意をぶつけられること、それはやっぱり悲しくなってしまう。私が何をしていようとどんな性格だろうと関係なく『ナザント公爵家』であるが故に向けられるそういう感情もあるわけで、この学園において肩書や家柄というのは何よりも重要なものであった。
ギルと同じクラスであったならよかったのにと何度も思う。もちろん、違うクラスだからといって交流がないわけではないけれども、私はナグナ様と婚約している身で、あまりにもギルと一緒に居すぎるというのも体裁に悪い。そういう柵を一切感じなくて、人付き合い一つ一つに思考を巡らせなくて済むならどれだけ楽だろうか。そんなことを思っても私は貴族であり、貴族とはそういうものである事実は変わらないけれども。
「エリザベス様、またあの方こちらに視線を向けておられますわ」
「エリザベス様は綺麗ですから、エリザベス様をきっと思っていらっしゃるのですわ」
にこやかに笑うのは、カタリ様とオント様である。
私の取り巻きの筆頭みたいな位置にいつの間にかいた二人である。そして私に視線を向けているのは、あのガター伯爵家の長男である。
そう、私はある意味ウェンの事を考えると因縁のあるガター伯爵家の子息と同じクラスになってしまったのだ。もちろん、この場にはウェンもいて、彼がこちらに視線をこれだけ向けてくるのは、決してカタリ様とオント様が騒いでいるような恋慕とかそういう感情ではないだろう。
そうではなく、ウェンを私が連れているからこそ、視線を向けているのだろうと考えるのが妥当である。
それにしてもまさかガター伯爵家の子息とまで同じクラスになるとは思ってもいなかった。
ツードン様との強制的な争い、フロンス様の観察するような視線、そして私の奴隷と因縁のある家の子息と同じクラスになったこと。
色々と考えることが多すぎる。
そういえばナグナ様は相変わらずだ。私の可愛いウッカと文通は続いているらしく、それで色々聞いては突っかかってきたりもする。私はウッカの情報をクラリとかから適度にもらってはいるけれども、ウッカの姿を直接見れないこと、声をきけないこと、それがどうしようもなくさびしくて、不安だった。
実家にいて、お父様がウッカを守ってくれているから心配はいらないってわかっているはずなのに、学園で様々な事を経験していると、これがのちにウッカの身にも起きるのかもしれないと改めて実感するからだ。
いけないな、と思う。
私はもっと自分の事を考えなければならない。学園生活一年目から躓いてしまっては困るのだ。だというのに、どうしてもウッカの事を考えてしまう。はぁ、もうどうして心配でたまらないからとウッカの事にばかり思考がいってしまうのか。
そうやってウッカの事ばかり心配して、自分のことがうまくいかなくてもダメなのに。学園に入ったからにはどうあがいてもウッカと離れて暮らさなければならなくて、だから、これからウッカ離れを私は少しずつしていかなければならないのかもしれない。とはいってもウッカを守ることに関しては気を抜く気は欠片もないけれども。
ウッカが学園に入学する時の事も考える必要もある。ナザント公爵家の娘ということで、ウッカも私と同じような目にあうことは予測できることなのだから。
そういう意味では、本当に私が姉でよかった。先に苦労をしれる立場でよかったと思える。先にどういうことが大変なのかよくわかるからこそ、対処の仕様があるのだから。
廊下が騒がしくなったのを感じて、ちらりと視線を向ける。そうすれば、そこにはナグナ様がいる。廊下を歩くナグナ様の周りには二人の生徒がいた。あれは確か騎士団長と宰相様の息子か。二人とも長男ではなかったはず。それに加えて三人の従者たちも付き従っているし、ほかにも身分の低い生徒たちが付き従っていたりもする。
第三王子という王位継承権からは遠く、国王にはなれない地位。第二皇子ならば第一王子に何かあった時のスペアとしての価値があるけれども、第三王子となるとそういう目で見ると価値はほとんどない。国王陛下であるイサート様が私とナグナ様を婚約者としたのはナグナ様の今後を思っての事もあるだろう。
王位継承者でもなく、スペアでもなく、それゆえに教育も上のお二人よりもされていないナグナ様は私とのちに結婚することで公爵家の者としての人生を歩める。先行きに不安がなくなるのだから。
まぁ、最もそういう意味で価値が低かったとしても、ナグナ様は『王子』であることには変わりがなく、その『王子』としての地位を目当てであれだけの人々が近づいてきているのだろう。
その点でいえば私よりも大変なはずだ。
それに私との不仲が噂されているのもあって、ツードン様だけではなく、ほかの貴族の令嬢たちもナグナ様にアプローチするものもいるらしい。
じっと廊下を歩くナグナ様たちへと視線を向けていたら、ナグナ様と目があった。ナグナ様は私を視界にとどめると、不機嫌そうな表情を浮かべて、すぐに視線を逸らした。
正直どうしてここまでナグナ様に嫌われたのか、わからない。わからないけれども、私はナグナ様のことよりも、他にも考えるべきことが沢山あって、やらなければならないことも溢れている。とりあえず、ナグナ様の事はひとまず置いておいて、これから私がどう動くべきなのかと思考を巡らせるのである。




